第200話聖女救援要請一団の旅

 時間は少し遡る。


 王名を受け、リチュオル国へと向て出発した使者たちの旅路は、それはそれは困難なものだった。


 ラベリティ王国を出発した聖女支援要請一団の一行は、荒れる道を進む中、どうにかまだ生きてはいたが、度重なる魔獣の出現と、崩れまくる天候や気温差、それによる影響で平坦ではなくなった、道ではない道を進む旅路にほとほと疲れ切っていた。


 そう、旅の中、宿屋に泊まれていたのは王都に近い領までだった。


 これまで街道沿いにあった宿屋は、殆どが店をたたんでいたからだ。


 野宿が ”普通” に出来ればまだいい方だ。


 一晩中魔獣に怯え、夜の見張りだけでなく、一行全員が眠れぬ夜がどれほどあった事だろうか。


 だが、国の為、民の為、自分たちの家族、そして自分自身の為、苦難続きのリチュオル王国への道を、聖女支援要請一団はただただ進んで行くしかないのだった。



「よし、今日はこの辺りで野営にしよう」


 聖女支援要請一団の隊長を務めるのは、ラベリティ王国第二騎士団長のアーサー・ストレージ。


 落ち着いた色合いが多いラベリティ王国の中で、金色の髪をライオンの鬣のように伸ばした屈強な男、その人だ。


 アルホンヌやクラリッサと歳は変わらぬ若さながら、家格を重視されるラベリティ王国内で、その剣の実力だけで第二騎士団長の地位を手に入れた実力者でもある。


 いずれ騎士総長になるであろうと言われているアーサーがいたからこそ、この聖女支援要請一団はここまで無事だったと言える。


 出現する魔獣の殆どを、アーサーが前線に出て食い止め、倒したともいえるだろう。


 けれどそんなアーサーも、流石に神経を使うこの旅に疲れが見え始めていた。


 今夜も眠ることは出来ないだろう……


 と、見張りをしながらアーサーがぼんやりと星空を見上げていると、どこからか少女の声が聞こえて来た。


「こんばんは~」


 アーサーだけでなく、その少女の声が聞こえた見張りの面々が、自身の剣に手を伸ばし構え警戒する。


 辺りを見回し、気配を探ってみるがどこにも人間らしきものは見当たらない。


 もしや、疲れからくる幻聴か?


 それとも空耳だったのだろうか?


 夜番の全員がそう思いかけた瞬間、「こんばんは~、ここだよー」とまた可愛い声がした。


「上上上、上にいるよー」


 アーサーと夜番の騎士達が一斉に上を向く、すると空中に絨毯らしきものが浮いているのが見て取れた。


 これは、物の怪の類か? はたまた幽霊か?


 ゾクリッと悪寒を感じ始めた一行は、絨毯からひょこっと顔を出した少女を見て、皆同じ意見となった。


 天使、きた、これー―――――!! と。



 可愛らしい天使は絨毯を上手く使い、ふわりとアーサー達の前に降り立つ。


 珊瑚色の髪とひまわり色の瞳を持つ可愛い天使は、くるくると絨毯をまとめると、当たり前のように小さな鞄の中へとしまい込んだ。


 そして疲れ切っている聖女支援要請一団に、元気百倍になるような可愛らしい笑顔を向けると、怖がるでも警戒するでもなく、近づいて来た。



「こんばんはー、お兄さんたち何しているの? もしかしてピクニック?」


 天使は魔獣除けの焚火を見ると、そんな可愛らしいことを言ってきた。


 さっきまで殺気をビンビンに飛ばしていたはずの騎士達は、天使のその可愛さに自然と目尻が下がる。


 中には胸を押さえ「うっ……」と呻き、膝をつく騎士もいた。


 ただそこは第二騎士団長のアーサーだ。


 天使の前でもどうにか正気を保つことが出来た。


 ただし、超絶的に可愛いとは思ってしまったが……


「あ、貴女様は……もしかして……天の使いでいらっしゃいますか……?」


 アーサーに問いかけられ、天使はきょとんとした、これまた可愛い顔を浮かべてこちらを見つめる。


 また数人の騎士が「グハッ」と胸を押さえ倒れ込んだ。


 どうやら天使の顔を直視すると、とても危険らしい。


 アーサーは出来るだけ天使の顔ではなく、おでこあたりを見る事を意識した。


 ただし、天使が可愛すぎるので、どうしても顔を見たくなってしまう欲だけは抑えられなかった……


「ううん、今日はお使いじゃなくって、夜のお散歩に出てきたの、でもね、ちょっとラグを飛ばし過ぎて遠くまで来ちゃったみたい、内緒だよ。ねえ、ねえ、それよりお兄さんはもしかしてライオンさんが変身してるの? すっごく強そうだよ? カッコイイ」

「ふぐうっ……」


 どうやらこの可愛い天使は、天界をこっそりと抜け出してきたようだ。


 キラキラした瞳をアーサーに向けてくるため、アーサーでさえ酷く胸が痛む気がした。


 もしかしたらカッコイイと言われたので、胸に矢が刺さったのかもしれない。


 アーサーが痛みをこらえるため胸を摩っていると、天使がまた可愛い声を出した。



「ねえ、ねえ、この辺でドラゴンさんを見なかった?」


 天使はどうも度々天界を抜け出しては、恐ろしいと言われている伝説の竜を探しに出ているようだ。


 きっと下界の民の為、竜による災いに備えて下さっているのだろう。


 天使の話を聞き、「ありがたやありがたや」と遠くで祈りだす騎士も数名いた。


 そう、それほどこの天使は、摩訶不思議で神秘的な魅力を醸し出していた。



「あ、ねえ、お兄さんは人間になれるドラゴンさんを知ってる?」

「人間になるドラゴン……? そうですね……物語の中で、古代竜が美しい王子になるという物がございましたが……天使様はそれをお探しで?」

「古代竜? 竜が王子様なの? うわー! きっとカッコいいよねー! それにお肉は美味しいかもだよねー」


 今日一番の笑顔を振りかざし、天使は自分の周りを囲む殆どの騎士たちに強力な攻撃を仕掛けた。


 一番近くにいたアーサーは、今度は胸に槍が刺さったような感覚を覚えた。


 痛い、痛すぎる。でも可愛くって見てしまう。


 そしてアーサーの部下ともいえる騎士達は、目つきが可笑しくなり、まるでハート型になっているように見える。


 天使という伝説の生き物が、まさかこれ程威力のある姿をしているとは……


 天使を目にした自分たちは、もしかしたら今日ここで死ぬのかもしれない……


 そんな覚悟をこの場に居る全員が決めたのだが、この可愛い天使に魂を抜かれるのならばそれも悪くはない……と何だか嬉しくなってしまう。


 疲れ切っていた聖女救援要請一団全員が、天使の笑顔を見て癒された瞬間だった。


「お兄さん、良い情報を有難う。ドラゴンさんに会うのが楽しみになったよ。あ、私そろそろ帰らないと、ニーナが心配するからねー」

「ニ、ニーナ……?」

「そう、ニーナだよ! あ、そうだ。お兄さんたち疲れているみたいだからいい物上げる、美味しいドラゴン王子様の情報を教えてくれたお礼だよ」


 天使はそう言って、小さな自身の鞄から、いくつものポーションを取り出した。


 そして「どうぞ」と笑顔で皆に差し出す。


 恐縮し、涙ながらに受け取っているものも多くいた。


 天使は皆にポーションを渡し終えると、「じゃあ、またね」と言って絨毯に乗り、一瞬で夜空へと消えていった。


「天使様が救ってくれた……」


「神はまだ我々を見捨ててはいない」


「きっとこの作戦は上手くいく」


 だれが言い出したかは分からないが、死にかけていた聖女救援要請一団の一行は、可愛い天使の出現で一気に活力を取り戻し始めた。


「天使様のポーション……」


 アーサーはそう呟くと、そっとポーションのふたを開け、大事に一口口をつけた。


 するとその瞬間、疲れが一瞬で吹き飛び、魔獣によって出来た複数の傷も治ってしまった。


「これは普通のポーションではない! 天界のポーションだ!」


 ポーションを持つ手が震え、天使に救われた奇跡に感動する。


 アーサーだけでなく、天使に矢を刺された皆が涙するなか、アーサーは天使が残した「ニーナ」という名が心に残った。


 もしかしたら神のお告げなのかもしれないと……



 こうして聖女救援要請一団は、思わぬ天使との出会いによってどうにかリチュオル国への旅を続けられることとなった。


 また可愛い天使に会いたい。


 その時は必ずポーションのお礼をしよう。


 アーサー達のそんな願いは、きっと近いうちに叶う事だろう。


 可愛い天使こと、シェリーの夜のお散歩は、いつしか旅人たちから「天使の助け」と噂されるようになるのだった。


 


 ☆☆☆



こんばんは、白猫なおです。(=^・^=)

200話です。皆様に感謝です!SS投稿したかったのですが、ちょっと時間がなく、後日となりそうです。シェリルが主役の予定です。よろしくお願いいたします。(=^・^=)

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