第199話乗り移られた男

 ラベリティ王国第七部隊騎士団長であるジム・アドインは、度重なる魔獣討伐遠征に辟易していた。


「何故この私が魔獣などを相手にしなければならないのだ! クソッ!」


 遠征先の騎士団長のテント内で、ジム・アドインは安物だと思える支給品のワインの入ったグラスを床に投げつけた。


 ここの所、いや、この一年の間、騎士団だというのに戦う相手は魔獣ばかり。


 ジム・アドインはアドイン伯爵家の三男坊。


 少しロバに似た顔つきで、体は中肉中背。


 特別秀でた才能があるわけではないのだが、伯爵家の中でも高位に位置するアドイン家の息子という事で、騎士団長の地位を手に入れた男でもある。


 剣の腕前も中々という程度で、魔力もそれなりにある……と他の騎士団長と比べれば見劣りする。


 実力は普通でも家格的には第一騎士団長や、総長も目指せるだけの人物でもあるのだが……


 ジム・アドインはとにもかくにも、超絶的に性格が悪かった。


 自分の部下を奴隷のように扱い、痛めつける所業は朝飯前。


 捕虜が手に入れば率先して拷問をする。


 街中で犯罪者を見つければ、生かして捕まえることは出来るだけしない。


 他人の苦しむ姿こそ、ジムにとっては何よりのご馳走でしかない。


 だが、今は森の中。


 相手にするのは魔獣ばかり。


 つまらないからと言って部下に手を出そうものならば、人員が減り魔獣退治に困ってしまう。


 村の女性でも慰めて気を晴らそうと思っても、辺りは森ばかりで村どころか、女性など見えもしない。


 数ヶ月ならば多少は我慢できただろうが、かれこれもう一年だ。


 流石のジムも我慢の限界、不満は募るばかりだった。


「おい! グラスを片付けろ!」

「は、は、はい!」


 テント外で待機していた騎士団長の補佐官カーターに、ジムは高圧的な態度でそう告げる。


 カーターは恐る恐るテント内に足を踏み入れ、ジムが踏んづけ粉々になったガラスを、恐怖からおぼつかない状態の魔法でどうにか集めていく。


 少しでも上司のジムの機嫌を損ねれば、直ぐに ”愛の鞭” という名の過剰な暴力が飛んでくる。


 運悪く第七騎士団長の補佐官となってしまったカーターの体には、いたるところに傷があり、それは魔獣の攻撃で出来たものでは無く、全てジムからの指導(暴力)で付いたものだった。


 部隊移動願いを出してはいるが、この国の危機的状況の今、カーターのその願いは叶いそうにない。


 だからと言って気軽に部隊を抜けることも出来はしない。


 そんな事をすれば、ジムに逃亡だと判断され、死ぬギリギリまで拷問される事だろう。


 王都に戻ってから他の団長に自分の受けた虐待を報告出来たらいいのだが、ジムがそれを許すはずもなく、カーターはジムの取り巻き達に可愛がられ(脅され)てもいた。


「逃げたらお前の家ごと潰す」


 そうジムに脅されたカーターは、奴隷のような扱いを受け、心休まれない日々を過ごしていた。


「このクズがッ! さっさと片付けろ!」

「は、はい! 申し訳ございません!」

「おい、クズ、片付けたらすぐに新しいワインを持ってこい! 次はもっとマシなワインにしろよ!」

「は、はい! 直ぐにお持ち致します!」


 逃げるようにテントを飛び出したカーターは、大急ぎで食料担当部隊がいるテントへと駆けていった。


 可愛そうに走り去ったカーターの背中にはジムが付けた蹴り痕が付いていた。


「まったく、ここが王都ならアイツは極刑手前だな」


 極刑ではつまらないため、ジムはいつも死ぬ手前、そう、お気に入りの極刑手前の刑を実行する。


 ジムにとっては自分を見て怯える相手の姿が何よりもご馳走でたまらない。


 それと共に、決意ある騎士が、拷問によって生気を失っていく姿もジムのお気に入りでもあった。


 だが、森の中で物足りなさの続く生活。


 せっかく人間を相手にする仕事を得るために、犯罪者の管理を任される第七部隊の団長になったはずなのに、気が付けば魔獣ばかりを始末している現状。


「クソッ! せめて人型の魔獣でも現れればな……」


 と、憎々しい笑みを浮かべそう呟いたジムは、突然背後に ”何か” の存在を感じゾクリとした。


「だ、誰だ!」


 剣を持ち、振り向いたジムの後ろには勿論誰もいない。


 だが、確かにジムのテント内には ”何か” がいる、という存在を感じる。


 そして足元から冷気のような物が漂い、部屋の中が黒い霧に包まれ、息苦しいと感じる ”何か” の魔力が漂い始める。


 カーターを呼ぼうにも、何故か助けを求める声が出ない。


 すると、男と思われる、ねっとりとした声がジムの耳に聞こえて来た。


『オマエハ オレ オレハ オマエ』


 男性による片言の言葉が聞こえたと思うと、剣を持つジムの体は金縛りにあったかのように自由が利かなくなった。


「やめろ! 何をする! 俺は第七騎士団長ジム・アドインだぞ! アドイン伯爵家の子息なのだ!」


 声を出し、暴れようとしても体が動かない。


 その上ビリビリと電気でも走るような痛みまで感じだした。


『ジム アドイン ジギスムント ナンデス……』


 ジムが名前を名乗ったせか、今度は呪文のような言葉が聞こえて来た。


 すると部屋に広がっていた黒い霧は、無理矢理ジムの口から体内へと入っていく。


 苦しくて、意識が遠のく中。


『カラダ ヲ テニイレタ オレト ニタ タマシイ』


 と ”何か” の喜びとも感じられる言葉がジムの脳裏を走った。


 まさか特別な人間であるはずの自分が……この高貴な私が……怨霊に取りつかれてしまったのか……?


 悪霊に憑依されたてしまったのか……?


 と、そうジムが気が付いた時、ジムの意識は消え失せていた。





「た、隊長! 大丈夫ですか? しっかりして下さい!」


 元ジムだったジム・アドインが目を覚ますと、青い顔をしたカーターがジムの横で青くなって震えていた。


 どうやらテント内でジムが倒れていた事で、カーターは補佐官である自分の責任になってしまうと怯えていた様だ。


 だが、目を覚ましたジムは、そんなカーターを尚更驚かせる言葉を口にした。


「……ああ、カーター、済まない、少し飲み過ぎた様だ……心配をかけてしまった様だね……」

「……えっ……?」


 普段のジムならば、絶対に口にしないであろう言葉を、目を開けたジム・アドインは見慣れない優しい笑顔を浮かべカーターに伝える。


 そして 「カーター、悪いが肩を貸してくれるだろうか?」 と続いたジムの言葉にも驚き、ただただ頷くしか出来ないカーターは、本来ならば体に触れでもしたら蹴飛ばされるであろうジムの体を恐る恐る支え、どうにか起き上がらせた。


 ただ、謝られたり、名前を呼ばれたり、お願いをされたりとあり得ないことが続いたカーターは、ショックが大き過ぎたため、ジムの体が人体にしては冷たすぎる事には気が付かなかった。


 そしてまた「有難う、カーター」とお礼を言われたため、ジムの瞳の中に蠢く ”何か” がいる事に、カーターはまったく気が付くことが出来なかったのだ。


 ラベリティ王国第七部隊騎士団長、ジム・カーター。


 彼の魂は消滅し、その身体には ”何か” が宿ったようだった。





☆☆☆





こんばんは、白猫なおです。(=^・^=)

ジム・アドインはロバに似た顔をしています。そしてジギスムント・ナンデスは馬に似た顔つきです。二人共面長なんでしょうね。ジギスムント・ナンデスは良い子のフリをしています。早くニーナと会わせてあげたいな。ウフフフ……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る