第198話我儘な王子

「食事がこれだけなのか?!」


 ラベリティ王国の王子であるディランジュールは、自室での食事に不満気だった。


 見た目はエリザベーラ王妃そっくりで、金髪碧眼と絵本の中から出て来たような王子様らしい姿をしているが、ふんぞり返りカトラリーを乱暴に扱うその態度は全く王子らしくはない。


 今国がどういう状況なのかディランジュールは分かっていないのだろう。


 今日の食事にはパンも肉もサラダもあるのだが、それでも以前の様に残すことができるほどは準備されていないため、不満が爆発したのだ。


 庶民の中には何日も食事にありつけないものもいる。


 王城の使用人たちでさえ今は質素な食事が続いている。


 サーブする側付きがディランジュールの食べ切る分量を理解し、適度な量でディランの前にセッティングし、ロスが出ないように心掛けているのだが、ディランジュールはそれが気に入らないのだ。


「もう良い」


 と、カッコ良く食事を止める事も出来ないし。


「余は満足じゃ」


 と、カッコ良くシェフ達を褒める言葉も伝えられない。


 それにディランジュールが大好きな、デザートもないし、スープもない。


 パンに付けるバターも、チーズも、何もかもが足りない。


 我が儘なディランジュールはこんな時でさえも、自分の王子としての価値を見た目で分からせる贅沢な食事を望んでいた。


「殿下、申し訳ございません……ただ今国内は魔獣の出現で物流が滞っておりまして……」

「何それ、トド氷? 今日のデザート? とにかくみーんな職務タイマンだよ? 僕が偉いってわかってる? こんな見た目の食事じゃ満足出来ないよ! 料理人をクビにして、こうやって食事の量が少ないって事は、王子である僕を馬鹿にしてるってことなんだからさー!」


 我が儘な王であるイアンディカスの息子ディランジュールは、イアンディカスに輪を掛けて布団をかぶせたぐらい我が儘だった。


 父のイアンディカスは息子の良い? 見本となり、勉強は気が向いたらやれば良い、剣も取りあえず持てさえすれば良い、国の事も国名だけ知ってればいいと、子育てを放棄した。


 そして王妃であるエリザベーラは、時期王として生まれた可愛い息子を、とにかく甘やかして育て上げた。


 ディランジュールが望めば何でも買い与え。


 貴族の子供同士喧嘩をしようものならば、不敬罪で罪を問うた。


 その為ディランジュールの側には忠臣はおらず。


 時期王のおこぼれに預かろうとする、腹に一物ある野心家ばかりが側近となっている。


 そんな側近たちは、ディランジュールが何をしようとも諌める事はせず。


 次期王に自分こそが一番気に入られようと、褒め称えるばかりだ。


 だから尚更ディランジュールは増長した。


 世界一の王子は自分だと、そう思いこんでいる。


 そして側妃の子でありながら勉強ができ、ラベリティ王国の特徴を色濃く持っていた、兄のアランデュールが居なくなった事で、ディランジュールの我儘はもう止められなくなってしまった。


 アホな我が儘王子。


 と、そう影で呼ばれていることなど、ディランジュールが気付くはずもないのだった。





「殿下、明日はペネロペリア様との面談の日でございます。何をお召しになりますか?」

「えー、ペネロペリアがまた来るの〜? 会わなきゃダメ? 面倒くさいなー。僕、他の女の子達と遊ぶ方が楽しいんだけどー」

「殿下、ペネロペリア様は殿下の婚約者様です。他の女性とは比べ物にならない程稀有な存在なのですよ」

「だってさー、あの子つまんない話ばっかりするんだもーん、面倒なんだよねー」


 肉にグサッグサッとフォークをぶっ刺し、テーブルに片肘をついたままそう言ってため息を吐くディランを見て、側付き達はもう何も言わなくなった。


 我儘なディランジュールには、何を言っても無駄だと皆諦めているからだ。


 ディランジュールの婚約者であるペネロペリアは、貴族家の令嬢としてきちんと育てられている為、気位も高く、品も持ち合わせている。


 つまり王子の婚約者として気が付いた事を口にする為、ディランジュールを注意することも度々なのだ。


 それが面白くないディランジュールはペネロペリアに会いたくないのも当然だった。


 いくらディランジュールがこの国の王子だと言っても、高位令嬢であるペネロペリアには流石に多少は気を遣わなければならない。


 見た目だけは美しく、王子の自分の隣に立つに相応しい令嬢だとディランジュールは思っているが


 国の現状を話されたり、未来の国作りの話をされることは鬱陶しくてしかたなかった。


「ペネロペリアってちょっと兄上に似てるんだよなー」


 今は亡き(と思っている)ディランジュールの兄、アランデュールもペネロペリアよりは優しい言葉ではあるが、ディランジュールを嗜める言葉を良く口にした。


 王になるのだから政治をもっとしっかり学ぶように、とか


 婚約者がいるのだから女性とはあまり馴れ馴れしくするな、とか


 城のメイドに手を出すな、とか


 とにかく色々だ。


「はー……仕方がない、取りあえず明日の服はこれにしようかなー」


 襟巻きトカゲ並みにピラピラと襟が大きな服を選び、ディランジュールは満足気に頷く。


 実はディランジュールはある情報を掴んでいた。


 それは父親であるイアンディカスが、隣国リチュオル国に聖女の派遣を願い出た……という物だ。


 その上その聖女をディランジュールの妻にと、父親が企んでいる事もディランジュールは知っていた。


「フフフ……聖女かー、可愛い子だといいなー」


 聖女がこの国に来たら生意気なペネロペリアとは婚約解消となるだろう。


 国の平和を考えれば、ペネロペリアだとて婚約解消に文句の付けようがない。


 結局この国は王子である自分中心に回っている。


 うるさい兄アランデュールは死に、面倒な婚約者ペネロペリアとは別れられる。


 やっぱり自分は、王子の中の王子様なのだー。


 ディランジュールのそんな思い上がりと我が儘は、国王イアンディカスが聖女派遣申請をした事で、益々過剰な物へとなりつつあるのだった。






 そしてディランジュールが眠れないからとメイドを呼び寄せ甘え出した頃、リチュオル国にある一団が到着していた。


 魔獣がたっぷりと出現する森を抜け、命からがら国を抜けリチュオル国との国境へとやって来た使者達は、リチュオル国が見えた事で心からホッとしていた。


 本来ならばラベリティ王国からベンダー領へと迎えば、ここまで大変では無かった道のり。

 

 ただし、今まで地図上に現れていなかったセラの森の存在を、使者達は知らなかった。


 その為魔獣と戦い、仲間が一人減り二人減りと、苦しく辛い道を進むしかなかった使者達。


 まさか王宮にて王子が食事に我が儘を言ったり、メイドに手を出しているなど思いもしない事だろう。


 国を憂う使者達。


 王族にその思いが爪の垢程度でも有れば良いのだが、今の王族たちには求められない物のようだった。





☆☆☆





こんばんは、白猫なおです。(=^・^=)

アランデュールはニーナたちのアランのことです。ディランジュールはアランの弟、イアンディカスはアランの父です。

ディランジュールはアランの事を嫌っていますが、アランはお馬鹿なディランジュールの事をずっと助けていました。同じ年頃の子供たちに馬鹿にされないように、他貴族に侮られないように……陰でささえていたのですがディランジュールには全く伝わっていませんでした。残念。

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