第197話落ちぶれた王国
国家の危機に直面しているラベリティ王国は今荒れに荒れていた。
リチュオル国に聖女の支援を願い出るため、一団が出発したのはつい先日の事。
セラの森を通り、ニーナにちょいと王都迄転送してもらえば、あっと言う間にリチュオル国に着くのだが、勿論そんな訳にはいかない。
普段でも一ヶ月はかかるであろう旅路を、国を救うため使命を受けた一団は、魔獣や災害と向かい合い、リチュオル国に向けて命を懸けて進んでいた。
そんな中、ラベリティ王国の王、イアンディカスはというと……
兵士や民の前に立ち、彼らの不安を取り除くため力強い演説をし
そして国王自ら前線に立ち、戦いの指揮を執り、拍手喝さい、英雄扱いされる……夢を、今日も今日とて執務室の机に突っ伏し、お昼寝しながら見ている所だった。
「陛下! 大変でございます! 遂にルンバの森にまで大型魔獣が出現したとの報告です。すぐに采配願います!!」
「ふぇええ?」
ラベリティ王国の現国王であるイアンディカスは、昼寝から強制的に起こされると、報告に来た補佐官の言葉に頭を痛めだした。
ここ数ヶ月ラベリティ王国では魔獣の出現が頻繁にあり、今はうとうとと昼寝をしていたが実際の所イアンディカス自身、心も体も休めていない状態なのだ。
覚醒したイアンディカスは、王らしい振る舞いを見せ補佐官に問いかける。
こんな時に昼寝をしていたなど、周りに知られるわけにはいかない。
それは、イアンディカスの迫真の演技の見せ場であった。
「騎士団長はどうした?! ルンバの森にすぐに騎士団長を向かわせろ!」
イアンディカスが補佐官にそう伝えると、イアンディカスの昼寝姿をバッチリと見ていた周りの事務官や側近達が静まり返る。
それは王が持つ独特の威圧を感じたとか、英雄のような姿のイアンディカスを崇拝し過ぎたため返事が遅れた……とかではなく、「何を言っているんだこいつは?!」という驚きの間があったからだ。
「へ、陛下……騎士団長様はまだクイックの森に出た魔獣の討伐から戻っておりません……宰相様もまた、先日大きな洪水があった領地の視察から戻っておりません……ご存じですよね?」
「な、何?! 二人共まだ戻っていないのか?! たかだか魔獣相手に騎士団長は何をやっている! それに宰相も、洪水など前もって予測出来ただろうに!」
イアンディカスの余りにも頓珍漢な返答に、補佐官含め側近達はまた押し黙る。
王であるイアンディカスが城に引きこもり、魔獣の出現や国内の災害に何も対処出来ない為、騎士団長や宰相が最前に立ち対応しているのだが、イアンディカスにはそれがまったく通じていない。
それどころか頑張っている二人に対し「前もって対処しておけ」と、有り得ない暴言を部下の前で吐いている。
平和な時にはそれ程思う事もなかったが……
イアンディカスは正に ”無能な王” そのものだ。
勿論不敬になる為この場に居る誰も口には出さないが、椅子にもたれ掛かり文句しか言わないイアンディカスを見て、誰もがそう思い始めていた。
「貴方、国王がそんな情け無い姿を周りに見せてはなりませんわ」
「エリザベーラ!」
王妃であるエリザベーラが、何の前触れもなくイアンの執務室へとやって来た。
華やか美人とも言えるエリザベーラには、王妃だから……というだけでなく、王であるイアンディカスでさえ口答えし辛い圧がある。
この国の王でありながらもイアンディカスは妻のエリザベーラに頭が上がらない。
鬼嫁に尻に敷かれている、とも言える。
だからこそ息子であるアランデュールを、妻の言いなりになり追放する事を許してしまった……
面倒事には蓋をする。
妻のやる事には口を出さず、見て見ぬふりをする。
幼いころから楽しい事、嬉しい事のみ与えられ甘やかされて育ったイアンディカスは、妻と揉める事こそ面倒なのだ。
その為エリザベーラとエリザベーラの実家であるションシップ侯爵家は、ラベリティ王国の貴族社会の中で増長していた。
エリザベーラが前触れもなく、我が物顔で王の執務室へやって来るのも、イアンディカスのこの甘やかしが原因だった。
「しっかりなさいませ、貴方は仮にもこの国の王ですのよ」
「だってさー」
「だって、ではありません! まったく、可愛いディランが国王になる前に国が荒れてしまうだなんて! 貴方にはきちんと魔獣も災害も制圧して頂かないと!」
「エリザベーラ、そうは言ってもさ、宰相も騎士団長もまったく役に立たないんだよ。それに国内の貴族や馬鹿な平民だって、私に文句ばかりだ。私に魔獣の出現や災害を予知出来る訳がないだろう。まったく無能な者ばかりで情け無いよ……」
イアンディカスの言葉に、補佐官と側近達はギョッとする。
まさかこれ程愚かな王だったとは……と驚きしかない。
回りが無能だと思う事自体はイアンの勝手だが、それを自分を支える部下達の目の前で口にする事自体あり得ない。
それに先程「予測できただろう」と声を荒げていたのはイアンディカス自身だ。
自分が出来ないことを部下に求める。
第一秘書官が慌てて人払いを始めたが、今更イアンディカスの言葉を取り消す事など出来はしないだろう。
前線で命をかけて戦っている騎士団長や宰相を思えば、とても無能などと口が裂けても言えないはずだ。
人心が自然と国王であるイアンディカスや、王族達から離れて行く事も、当然のことだと言える。
民の心に沿う。
王族として一番大事な指針を、国王自身が忘れているのだから……
「ウフフ……貴方、私、お父様から素晴らしい情報を手に入れて参りましたのよ」
人払いされた執務室で、エリザベーラが自信たっぷりな様子でイアンディカスに実家でのとある情報を自慢する。
それに食いつくのは勿論イアンディカスだ。
補佐官への指示などとうに忘れている。
まあ、飛び込んできた補佐官自体「この王ではダメだ」と、人払いされたことを幸いにと、諦め信頼できる大臣の下へ向かったが……
そんな様子にもまったく気が付かない王と王妃であった。
「エリザベーラ、ションシップ侯爵直々の情報か?!」
「はい……これで我が国も元通りですわ」
まだ何も聞いていないのに、頼りになるションシップ侯爵の名を聞きイアンディカスはホッとする。
リチュオル国の聖女支援の話もションシップ侯爵からの物だった。
ウキウキ顔のイアンディカスを前にし、エリザベーラは実家であるションシップ侯爵家からの素晴らしい情報を伝えた。
「実は……父上から聞いた話なのですが……」
「前侯爵から?!」
「ええ、実は我がラベリティ王国の王家には、以前から大切にされている ”聖女の指輪” なる災いを跳ね除ける力を持った指輪があるらしいのです。父上は幼い頃、リチュオル国の聖女がアランデュカス国王に友情の証として指輪を贈った式典を見たそうですわ。ですから現王である貴方がその指輪をはめれば……」
「この国から魔物が消える?!」
「ええ、そうですわ。それにこの国の危機を抑えた貴方は、歴代の王の中で一番の人気を誇る王となることでしょう。もしかしたら自然と英雄王と呼ばれるかもしれませんわね、ウフフ……」
「なんと! なんと! エリザベーラ、それは素晴らしい情報だ!」
イアンディカスはエリザベーラの手を取り、素晴らしい情報を手に入れたことを共に喜んだ。
似たもの夫婦とは正に二人の事かも知れない。
これまでイアンディカスの祖父や父の功績が素晴らし過ぎて、影で ”平凡な国王” だと笑われてきたイアンディカス。
もしかしたら今は ”昼寝王” と呼ばれているかもしれない。
だがそんなイアンディカスも、元々は素晴らしい素質を持っていた王子だった。
だが周りに甘やかされて育ったせいか、とにかく努力が嫌いだった。
天才も育ってみればただの人。
平凡以下に育ってしまったイアンディカスは、残念ながら権力だけは持ってしまった。
欲深い家臣からみれば、煽ててしまえば扱い易い王であろうイアンディカス。
だが、この国の危機的状況の今、イアンディカスが王である事で、尚更悪い状況を作り上げていた。
「よし! すぐに聖女の指輪を探させよう!」
イアンディカスはこれでこの国も以前のように落ち着きを取り戻すだろうと、人払いを解除し、第一秘書を呼び出すと、祖父と父の遺品の中から ”聖女の指輪”を探すようにと指示をだした。
もうこれで安心だ。
イアンディカスはこの後届く騎士団長からの支援要請の願いも、そして同じく宰相からの応援要請も、届いても無視し、返事もしなかった。
イアンディカスもエリザベーラも、残念ながら指輪はすぐに見つかるだろうと、勘違いをしている。
そう、探している聖女の指輪を、自分達が森へと捨てた王子アランデュール・ラベリティが手にしている事を彼らは知らない。
そしてそんなアランデュールの側には、怒らせるとドラゴンの怒りよりも、悪魔の微笑みよりも恐ろしい少女が、ついているとは思ってもいない。
聖女の指輪を探す彼らがそんなニーナに会う事になるのは、もう間も無くの事。
ニーナが家族と同様に大切にしている王子アランデュール。
そしてセラニーナが、友人であるアランデュカスに贈った大切な指輪。
その両方をぞんざいに扱った彼らが、これから迎える未来は、はたしてどうなるのか……
今は誰にも分からない事なのだった。
☆☆☆
こんばんは、白猫なおです。(=^・^=)
今日も分かり辛い名前ばかりで申し訳ないです。アランデュカスはアランの曽祖父、イアンディカスは父ちゃん、そしてアランのフルネームはアランデュール・ラベリティです。よろしくお願いいたします。
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