第144話ユージン・ナンデス宰相

 ある一人の優男風の男性が、眉根に皺をよせ王城の廊下を闊歩していた。


 その男の名は、ユージン・ナンデス。


 ナンデス侯爵家の当主であり、この国の宰相でもある。


 ナンデス侯爵家は数年前までは伯爵家だったが、このユージンの活躍で陞爵し、今の地位を築いた、新進気鋭の侯爵家でもある。


 ユージンの年歳はベランジェやシェリル、そして王であるアレクと変わらない程で、その優し気な見た目と優秀さで、これまで沢山の見合いを申し込まれてきたが、一度も受けた事がないという中身は頑固な難攻不落な男でもある。


 その少年の様な可愛らしさが残る姿に騙され、揶揄う男たちもこれまでいたりもしたが、皆ユージンに言葉で論破され、心を木端微塵に砕かれていた。


 鬼のユージン……


 見た目は未だに少年の様な優しさが残るが、ユージンを怒らせた相手は精神崩壊する……とまで言われている。


 額に出来た二つの傷のせいでそう恐れられ、風貌に似合わないあだ名で呼ばれてはいるが、実はその傷は戦いで出来たものではなく、自室で転んでテーブルの角にぶつけて出来た物でもある。


 実は天然ドジっ子のユージン。


 本日もカッコ良く決めてはいるが、実は家を出る際慌てていたため、靴下は色違いを履き間違えていた。


 メイドがきちんと身支度の準備をしてくれていても、何故かそれを避けるかのように間違いを犯すユージン。


 今日も靴下を片足だけ履いた瞬間、急に気になることが出来、そちらに意識が飛んだのだ。


 その後自分でクローゼットから靴下を引っ張り出し、間違いを犯した。


 誰にも気付かれないドジを、毎日何かしら起こすユージン。


 そんな彼が今向かうは王の自室。


 詳しい話も聞かされず、急に王城に呼び出されたユージン。


 慌てるのも当然だ。


 そう、ユージンの学生時代からの友人でもある国王のアレクからは、ただ話たい事がある……とだけ告げられただけなのだ。


(朝早いのは苦手なんだよなー……下着後ろ前に履いてないかなー……)


 自分がドジっ子だと、この歳にもなればいい加減気が付いたユージンは、朝の身支度に時間を掛けれられない事を嫌う。


 今朝も朝食時にコーヒーを飲もうとして失敗し、やらかしてきた。


 テーブルクロスだけでなく、カーペットも汚したため、メイド長に朝からたっぷりお小言を頂いた。


 その為ユージンは今は機嫌が悪く、眉間に皺が寄っている。


 そう、ユージンはゆっくりと行動しなければ自分が危険だと知っているのだ。


 普段通りなら怒られなかったのに……


 と、そんな事でちょっとだけ機嫌が悪いのだ。


 そんな厳しい顔つきの宰相とすれ違う事務官達は、そのこわばった表情のユージンを見て、何か大事件では無いか? と息をのんでいた。


 国王陛下と宰相の密談……


 国を揺るがす大事件では? 


 と、ここ数日で色々な出来事が有り過ぎた城内では、そんな噂が独り歩きし始めているのだった。




「陛下、ユージンでございます。入っても宜しいでしょうか?」


 ユージンはアレクの部屋の扉を無事にノックし、声を掛けた。


 先日はノックしようとして失敗し、突き指してしまった。


 なので今日はちゃんと手がグーになっているのを確認してからユージンはノックが出来た。


 今日は完璧だと安心したユージンは「どうぞ」の声を聞き、扉が開き切る前に部屋に入ろうとしてしまった。


 ゴンッ! とユージンが扉にぶつかったいい音が響くが、この場には誰も驚く者はいない。


 そう、今は人払いがされているため、アレクの部屋にはユージンの行動になれているアレク本人しかいない……


 と思ったら……


 見知らぬ小さな少女と、国の有名人であるベランジェ、シェリル、アルホンヌ、クラリッサまでがいた。


 それとついでにだが、数日前まで王の補佐官だったバーソロミュー・クロウも、何故か青い顔でこの場に居た。


(一体何事だ? もしかしてこの少女は王の隠し子か?)


 と、ユージンはそんな事を考えながらぶつけた額を摩り、指定された席へと着き、アレクと向かい合った。


 黒と紺という分かりづらい靴下の色間違いが、ズボンの裾からちょっとだけ顔を出しているが、そんな事は誰も気づきはしない。


 自分の失敗を面に出さないことも、ユージンはなれている。


 アレクとユージンが真面目顔で向かい合う中、中央の席に座る少女が喋り出した。


「ユージン殿、お久しぶりね。今日は急に呼び出してごめんなさいね、貴方はお忙しい身だからこんな時間しか都合がつかないと思ったのよ……」

「……あ、いいえ、その、全然……問題ございません?」

「フフフ……いいえ、問題だらけだったでしょう? 貴方が朝が苦手な事は知っていたのに、フフフ……その靴下……それに袖のコーヒーも、フフフ……慌てさせてしまったようね。ごめんなさいね」


 ユージンは宰相になる程の研ぎ澄まされた頭脳で、この小さな少女との会話を脳内で噛み砕いた。


 初めて会う少女だが、ユージンの事をまるで知っているかの口ぶり。


 その上幼い少女とは思えないほどの落ち着いた佇まい。


 隠しきれているはずのユージンの靴下とコーヒーの凡ミス。


 それらを一瞬で見抜く洞察力。


 幼い見た目に騙されてはいけない。


 ユージンはそんな不思議な少女をジッと見つめた。


 人間とは思えないほど美しい顔。


 人間とは思えないほどの魔力量。


 人間とは思えないほどの心確。


 そう、この少女こそが、今王城や王都で騒がれている天使に違いないと思った。


 そうでなければ隠しきれているユージンのおっちょこちょいな所に、会って早々気が付くはずはないのだから……


 そしてこれまでユージンの天然ドジっ子に、初日で気が付いた人物はたった一人だった。


 そうそれは女神に、そして神になったと言われるセラニーナ様。


 もしやセラニーナ様が天使をこの国に使わされた?


 もしかしてセラニーナ様は最後に私に会いたかったのか?


 もしかしてセラニーナ様の代わりに天使様が私に会いに来た?


 実はこのユージン。


 母親以上年上のセラニーナに、ずっと憧れを持っていた男でもある。


 ユージンのドジな所を、いつも気に掛け優しく声を掛けて下さったセラニーナ様。


 少女の笑みにはセラニーナ様の懐かしさを感じる。


 この少女はもしやセラニーナ様の使いの天使?


 ユージンの思考は、惜しい所まで手が届いていた。



「もしや……貴女様はセラニーナ・ディフォルト様にょ、イ"ッ!」


 ドジっ子ユージンは大事なところで舌を噛んでしまった。


 ジワリと口の中に血の味が広がる。


 すると少女がその美しい顔でニッコリと笑い、ユージンに何かの魔法をかけた。


 舌の痛みも、それからおでこの痛みも一瞬で癒された。


 少女の魔法を浴びた事で、ユージンにはハッキリと分かった。


 そう、この少女こそがセラニーナ・ディフォルト様だと!


 聡明なユージンが憧れの人の魔法を間違えるはずが無い!


 ユージンの憧れの人が生まれ変わり、今目の前に現れた。


 ユージンが感動のあまり、涙したのはいうまでも無いだろう。



「ユージン、良い子だから泣かないで頂戴、ね、私はここにいるわよ……」

「やっぱり……グスッ、貴女様はグスッ、セラニーナ様なのですねーグスグスッ」

「ええ、そうですわ、その通りですわ。流石ユージンですわ。ねえ、アレク、貴方もそう思うでしょう?」

「えっ? はっ? ええ、はい。あの……その通りでございます」

「さあ、ユージン、泣き止んでお話し致しましょう」


 6歳児のニーナに慰められたユージンは、ハンカチの代わりに間違って持って来た、高級品のポケットチーフで鼻をかんだ。


 憧れの人にまた会えた。


 ユージンは今何よりも幸福を感じていたのだった。




☆☆☆



おはようございます。遅くなりましたー。

宰相登場です。小鹿顔の設定です。可愛い顔しています。(=^・^=)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る