第143話シェリナとミラ・シェアード

「ニーナ様……有難うございました。お陰様でとても元気になりました」


 死を何度も覚悟した司祭と聖騎士たちと別れたニーナは、少しだけ機嫌も良くなり、今シェリルの跡を継ぎ、大聖女となったセーラの自室に来ていた。


 応接室へと通されたニーナは、セーラの顔色がすっかり良くなっていることにホッとした。


 あの時は体内の魔力も減っていて、とても危険な状態だった。


 きっと大聖女を担った責任を強く感じ、無理に無理を重ねていたのだろう。


 そう思うと、怠けていた司祭たちにまたほんの少し怒りが湧いた。


 そう、ニーナはセーラのあの時の姿を思い出し、先程集まった司祭や聖騎士達にもっと厳しく注意をすれば良かったと後悔していた。


 ニーナはあの図書室での出来事で、ショックのあまり落ち込んでいたため言葉が出なかったので、自分のこの怒りは正確には伝わらなかっただろうと思っていた。


 だが、ニーナが黙っていた事で、司祭にも聖騎士にも死を覚悟する程の恐怖を与えた事にニーナは気づいていない。


 後で呼び出してもう一度注意をした方が良いかしら? とニーナは考えているが、それは彼らにとっては死刑宣告となるだろう、許して上げて欲しいものだ。




「ニーナ様、こちらが大聖女用の資料室の鍵でございます。どうぞごゆっくりご覧下さい」


 セーラの計らいでニーナとシェリルのみが、大聖女用の資料室(図書室でもある)へと入る。


 ここは男子禁制の上、聖女しか入れない為、国王であるアレクでも入ることは出来ない。


 その事にがっくり来たのは、勿論研究大好きなベランジェ達研究組と、ニーナを愛してやまないファブリスだ。


 ニーナと調べ物がまた出来ない。


 ニーナの側に居られない。


 彼らにとってそれは拷問と同じぐらいの意味を持っていた。



 そんな彼らを残し、ニーナとシェリルは早速資料室へ入る。


 この大聖女神殿の資料室も、魔法で拡張されていて、とても広い造りとなっている。


 ほんの数か月前まで大聖女だったシェリルは慣れた様子で資料室へ入る。


 可愛いニーナの手を引きご機嫌だ。


「ニーナ様、シェリナ様とミラと言う聖女は、丁度百年前ぐらいの聖女でしょうか?」

「ええ、レオナルド様と同じ時代を過ごした二人ですもの、それぐらいでしょうね……」


 シェリルは頷くと、年代別に分かれている資料室を迷う事なく進んでいく。


 ほんの少し前まで大聖女だったシェリルは、ニーナよりもそして今の大聖女のセーラよりもこの資料室に詳しい。


 ニーナはフヨフヨと宙に浮きながら、シェリルと手を繋ぎ進んで行く。


 まるでシェリルが人型の風船を持っているようだが、6歳児のニーナが可愛くて仕方ないシェリルは大満足だ。


 涙目だったニーナも可愛かったけれど、宙に浮き新しい発見を探そうと期待に胸膨らむニーナも可愛い。


 シェリルは二人きりの資料室でこの上無い幸せを感じていた。


「ニーナ様、この辺りが百年前ぐらいの前の聖女達の資料でございます。Sから始まる聖女はこちらに、Mから始まる聖女はこちらにございます。各自の日記なども残されておりますので、ニーナ様も楽しめ……いえ、きっと呪いを解く鍵になるものが見つかるはずですわ」

「ええ、シェリル、有難うございます」


 ニーナはSの名前の棚から、シェリナの聖女記録簿を直ぐに見つけた。


 シェリルは学園に入ってから聖女になったようで、学園卒業後はレオナルド王子と結婚した為、聖女でいた期間はとても短かった。

 

 ただその力は凄まじく、一人でこの国を守れる程の結界を張る事も出来たようだ。


 何度か嫌がらせなのか、食事に毒を盛られた事もあったらしい。


 それを全て弾く事が出来た聖女、それがシェリナだったらしい。


 司祭が付けたシェリナの聖女簿には、素晴らしい聖女だとべた褒めで書いてあった。

 

 ニーナはきっとシェリナは、ニーナが愛する姉である可愛いシェリーに似ていたのだろうと、思わず笑みが溢れた。


 シェリーがもし聖女になったとしたら……


 その見た目と力から、この国で騒がれる事は確実だと思ったからだ。


 だが、司祭達を骨の髄……いや魂から教育しなおさない限り、姉ばかのニーナは、大切なシェリーを大聖女神殿に預けるつもりはない。


 シェリーがもし、万が一、聖女になりたいと言ったなら、ニーナは司祭達を徹底的に鍛え上げる事だろう。


 死ごき部の事を知っているだけに……


 その教育を受ける司祭達は命懸けになりそうだ。


 司祭達の試練は、まだこれからが本番なのかもしれない。


 シェリーの夢が ”ご飯食べる屋さん” のまま変わらないことを祈るばかりだ。


 


 そしてニーナは、今度は呪いを掛けたであろうミラの聖女簿を探した。


 Mの棚に一つだけ禍々しい雰囲気を出す、見た目はそれに反するように可愛らしいピンクの手帳があった。


 ニーナがそれをクスリと笑いながら手に取る。


 その手帳にも呪いがかけられていたのだろう。


 ニーナが手帳に触れた瞬間、手帳からは黒い触手の様なものが飛び出し、ニーナの細く小さな腕に絡み付いた。


 ニーナはそこでお金になりそうな魔獣を前にした時と同じ笑顔を浮かべる。


 嬉しくて楽しくて仕方がない、年相応に見える笑顔だ。


 ウヨウヨと伸びる黒い触手さえ見えなければ、美少女の何とも言えない程に可愛い笑顔だ。


 だがそれが呪いを前にしているため、見るものには恐怖しか与えない。


 この場にいるのがシェリルだけだった事が幸いだった。


 なんせシェリルは、どんなニーナだって可愛くて仕方がないのだから……


「ウフフ……呪いとは、こうでなくては楽しくは有りませんわ! ですがこの程度の呪いで私を黙らせようとするだなんて、ミラもまだまだですわね、ウフフ……」


 今は亡きミラにダメ出しをしながら、可愛らしい笑顔のニーナが魔法を使うと、手帳は「ギャー」と悲鳴を上げた。

 

 ミラの手帳には触った人間の魂を奪う呪いがかけられていた様だが、なんと言っても相手が悪すぎた。


 呪ってはいけない相手に手を出してしまったのだ。


 そんな残念な手帳からは、血のような黒い液体が滴り落ちる。


 どうやらこの手帳に呪いを掛けた人間は(多分ミラ本人だろう)何者かの血を使い……いや、命を使い、ニーナに触られたことで無駄になってしまった呪いを掛けたらしい。


 ニーナだけでなく、シェリルもまた、ミラの手帳に冷ややかな視線を送る。


 この手帳の持ち主だったミラは、どうやら多くの人間を使い、試すかのように様々な呪いを使用していたようだ。


 ニーナも実験好きではあるが、呪いは違う。


 ミラは力を手に入れるため。


 自分の地位を守るため。


 自分勝手に呪いを試していたのだろう。


「こんな事をして良く聖女の名を名乗れた事……」


 ニーナは聖女として生きたはずのミラ・シェアードに、酷く失望していた。


 ミラの呪いを必ず解いてみせる。


 人の心を持った人間とは思えない所業を行ったミラに、ニーナは強い怒りを覚えていたのだった。




☆☆☆



おはようございます。白猫なおです。ミラの日記の内容はもう少し後のお話で出します。レオナルド王子が集めた内容で変わりはないですが。ミラ側の気持ちが書いてあります。次の章かな?多分……(=^・^=)

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