第121話国王陛下との話合い②

 ニーナは気軽に話しているが、この国の、いや、この世界のトップシークレットと言えるべき話は続いて行く。


 国の重要人物であるニーナの弟子たちにとって、ニーナの突拍子もない行動は今に始まった事ではないので、アランの詳しい話を聞いても、(次は隣国を攻めるのか楽しみ(倒しみ)だなぁ)で終わるが、グレイスと補佐官はそうでは無かった。


 ただグレイスはこれまでの免疫がかなりある。


 それにクラリッサに手を握られたままなので、そちらに気がいっている。


 なのでこの場で一番恐怖を感じているのは、やっぱり王の補佐官バーソロミュー・クロウのみ。


 何故誰もニーナに「危険です。止めましょう! (隣国が可哀想です)」と忠言しないのか意味が分からない。


 お気に入りのピンクのフリフリシャツが既に汗まみれの補佐官は、益々汗を掻き、それでもどうにか勇気をだしてニーナに疑問をぶつけてみる事にした。


「あ、あの……セラニーナ様……いえ、ニーナ・ベンダ-様……」

「はい、クロウ殿、何でしょうか?」


 ニーナは優しく補佐官に微笑んだ。


 けれどこれまでの事がある為、怒気を含まないその笑顔であっても補佐官は震えが起きる。


 それにベランジェ様や、アルホンヌ様の視線が痛い。


 何故か分からないが補佐官がニーナに愛の告白でもすると思っていて、それを許さないニーナの父親のような顔だ。


 二人のキッツイ目力攻撃を受けながら、補佐官はどうにか口を開いた。


「あ、あの……アランデュール・ラベリティ殿下は追放されたとの事ですが……その……そのような王子を隣国へ連れて行って……この国との友好関係は大丈夫なのでしょうか……?」


 勇気を出した補佐官に威圧が掛かる。


 グレイスに夢中だったはずなのだが、流石に弟子の事で何か言われたことに気が付いたクラリッサが、グレイスには可愛らしく見える表情をしながらも補佐官を殺してやろうか? という目で睨んでくる。


 アルホンヌとベランジェの視線にも益々力が入る。


 怖い、怖い、この人達怖いよ。


 もう、このメンバーは一人でも十分に危険人物だよ。


 と補佐官が半泣きになっていると、ニーナがクスクス笑いながら答えた。


「クロウ殿、補佐官として心配するお気持ちは良く分かりますわ。フフフ……ですがあちらは困り果ててこの国に頼って来ることでしょう……ですから誰を連れてラベリティ王国に乗り込んだとしても、あちらは文句も言えないはずですわ」

「は、はい……」

「それにね、アランを追放した場所は私たちベンダー男爵家の領土ですの……勝手なことをしているのですもの、文句を言ってきたならばやり返すまでですわ。アランは私の弟子でもありますからね……弟子を守るのは師の役目ですわ」


 フフフ……と微笑むニーナの可愛らしい笑顔を見て、補佐官は悪魔とはこういった美しい顔をしているのではないか? とちょっとだけ思ってしまった。


 仲間想いのセラニーナ様が、懐に入れたアラン王子を大切にすることは当然だ。


 自分の質問が浅はかだったと、補佐官は恥じ入る。


 そう、神になった、女神になったと言われる程の存在であるセラニーナ様にとって、国家間の問題など些細な事なのだ。


 セラニーナ様が本気を出せばリチュオル王国だって、ラベリティ王国だって簡単に手に入れられる事だろう。


 補佐官は「申し訳ございませんでした……」と言うと押し黙ったが、ニーナは補佐官に声を掛けてきた。


「クロウ殿、いえ、バーソロミュー殿とお呼びしても?」

「は、はい! 勿論です、家族にはミューと呼ばれております、どうぞそうお呼び下さい!」

「フフフ……では、ミュー、貴方はこの国の事をとても大切に思って下さっているのね。アレクの母親代わりとして礼を言いますわ」

「いえ、そ、そんな……」

「これからも思った事は抱え込まず、何でも相談してくださいね。そうすれば間違った方向へ考えが行くことも無いでしょう……ねえ、皆はどう思うかしら?」


 ニーナの弟子たちが急に「ゲッ」という顔になった。


 王であるアレクからは、何故か羨ましそうな視線が補佐官に向けられる。


 何故急に部屋の空気が変わったのか意味が分からず補佐官が首を傾げる中、ベランジェが先ずは口を開いた。


「ニーナ様、私は嫌です! だってこの人、私の大切なグレイスに怪我をさせたんですよー!」

「俺も嫌だなー、こいつは大聖女神殿にベランジェ兄やシェリル姉を閉じ込めようとしたんだろう? そんな卑怯な奴は許せねーぜ」

「へっ?」


 補佐官はまだ意味が分からず間抜けな声が漏れる。


 ここでピンッとこない時点で、推理家としては劣等生だ。


 笑顔の怒りモードという器用な表情をしているクラリッサも言葉を発する。


「私も納得できません……ベンダー男爵家は私の愛の巣であり、愛の楽園です。そこにこの者を連れて行くだなんて……寒気がします」

「えっ……ええっ?」


 クラリッサの言葉を聞き、何となく補佐官にも空気が読めてきた。


 重大な秘密を知ってしまった今、口封じの為自分は連れて行かれる……


 下手したらどこかに埋められてしまう可能性もある。


 補佐官は折角引いてきた汗が、また体中に泉のように湧き上がった。


 皆の怒りは収まってはいなかった。


 許されたわけでは無かった。


 補佐官は恐怖からまたぶるぶると震えだしていた。



「でも……このままここに置いておく訳には参りませんでしょう……」


 シェリルが淑女の笑みを浮かべながら優し気にそう言った。


 だがその目には相変わらずの闘志が浮かんでいるように見える。


 優しい言葉の裏で、ベンダー男爵家に戻ったらサンドバックにしてやる。


 と、そう言われている気がした。


「グレイス」

「はい、ニーナ様、何でしょう?」

「貴方はこの補佐官の事をどう思いますか? 誘拐されたのは貴方です。グレイスの意見を聞かせて頂戴」


 ニーナの言葉を聞くと、グレイスは補佐官をジッと見つめた。


 その横でクラリッサの表情が般若のようになったのは補佐官にしか見えていない。


 誘拐と言われても別に酷い扱いは受けていない。


 話を聞いては貰えなかったけれど、勘違いしていただけだからしょうがない気がする。


 それに……


 この人……


 服装から、髪型まで、お世話しがいがありそうだよね?


 先ずは似合わない服装を止めさせることから始めたいな。


 とグレイスは考えていたが、そんな事に気が付くはずのない鈍感な補佐官は、極刑を覚悟していた。


 だって蹴っちゃったし、怪我させちゃったし、話聞かなかったもんね。


 目をつぶり死を覚悟した補佐官の耳に、救世主の優しい声が聞こえた。


「ニーナ様、私は補佐官様は面白くって好きですよ。ベンダー男爵家でもきっと仲良く出来ると思います」


 そう言って笑顔を浮かべたグレイスを見て、補佐官はグレイスこそ天使だと思った。


 こうして王の補佐官ことバーソロミュー・クロウは、グレイスの一言でベンダー男爵家へ引き取られる事となった。


 はてさて彼の未来はどうなるか……


 ベンダー男爵家では迷惑推理をしないことを祈るばかりだ。


 新たにニーナの補佐官となった、彼の今後の活躍を期待しよう……

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