天使か悪魔か
第113話お話をしましょう
「では今から魔法を解きますわね」
この国の王であるアレクサンドル・リチュオルことアレクとの、感動的な? 再会を無事に果たしたニーナは、壁に貼り付けた(磔の刑ではありません)騎士や護衛たちの魔法を解くことにした。
アレクからも騎士や使用人に向けて声がかかる。
「私は今からこの方と話がある、皆ここから退出し、外で指示を待つように」
要は人払いだ。
今更かもしれないが、ニーナは普通の子供として生活している。
こちらも今更も知れないが、大騒ぎになっては困る。
いや、困りはしない、面倒くさいのだ。
ニーナの存在を知れば 「セラニーナ様の生まれ変わりだ!」 などと余計な事を言いだす者が出かねない。
本物のニーナから預かったこのニーナ・ベンダーの人生は、聖女になることに縛られず、自由に好きな人生を選べるようにしてあげたい。
それはディオンやシェリーに対しても同じだ。
呪いや家の縛りに左右されず、ベンダー男爵家の兄姉には自由な未来を掴んで欲しい。
ニーナはそう強く願っていた。
そして国王と、空から飛んできた不思議な少女が、涙ながらに抱き合う姿を見ていた騎士や事務官たちは、二人の再会に感動し、王の指示に従い、素直に部屋から退出して行った。
国一番の騎士のクラリッサとアルホンヌがいるから何も問題など起きないだろう、という安心感も大きい。
だがしかし一人だけ、魔法から解放された途端「アーハッハッハ」と場を凍らすような大きな笑い声を出した者がいた。
そう、ピンクのフリフリシャツを着た人物が、ニーナを指さし大げさに笑う。
遂に敵を見つけた喜びからか、ピンクフリフリシャツの男性は興奮状態だ。
この日を予測して、騎士や兵士たちには迎え撃つ為の戦力強化の指示も出してある。
その上今王を助けるために、呪いが解けた国一番の騎士であるアルホンヌとクラリッサが駆けつけて来た。
自分には怖いものなど何もない。
子供のフリをした呪いの名手、ナーニ・イッテンダーを捕まえる!
間者グレイスも捕まえた今、残るは冷酷王子のみ!
そうすれば戦争にならずとも、この国を守り切れることだろう。
事件解決後は自分は国の英雄だ。
そんな恐ろしく誤った推理に酔いしれる、ピンクフリフリシャツの男こと王の補佐官バーソロミュー・クロウは、残念ながら一人だけこの場の空気を全く読めずにいたのだった……
「ナーニ・イッテンダー! お前が敵国の者だという事は分かっている! 王に呪いをかけても私は騙されない! 早く本来の悪女の姿を現せ! この私が成敗してくれるー!」
アーハッハッハとまた笑う補佐官を見て、アレクがギョッとする。
折角ママンの怒りがちょっとだけ収まったのに、こいつ何言ってんのー? と窓から放り投げたい気持ちになった。
補佐官の言葉を聞き、アレクとの再会で温かな物になっていたニーナの笑顔が絶対零度。
そう、滅茶苦茶冷たい物になる。
いや、確実に部屋の温度が下がっている。
それはセラニーナに慣れているはずのアレクがぶるぶると震えるぐらいの寒さだ。
そして弟子たち四人も……いや、カルロに介護されているベランジェ以外の三人も、補佐官に怒気を向ける。
そしてニーナは一歩一歩ゆっくりと補佐官に近づくと、6歳児の可愛らしい笑顔を向けた。
「貴方こそ何を言ってらっしゃるの? 私が敵国の者? フフフ……では、その証拠を見せて頂けますか?」
補佐官は6歳の小さな女の子がただ近づいて来ただけだというのに、何故か自分が震えていることに気が付いた。
味方であるアルホンヌとクラリッサに「助けて、なんか怖いよー」と視線を送れば、二人も何故か補佐官の事を殺さんばかりに睨んでいた。
これは聖女であるシェリル様に助けを求めよう。
と、そう視線を送れば、淑女の鏡であるシェリル様はボキボキと指を鳴らし、お得意の淑女スマイルを浮かべていた。
ベランジェ様!
最後の砦ベランジェへ視線を送れば、ぐったりとソファーに座り強面の男に背中を摩られていた。
どうやらベランジェは王の部屋に来るまでに力を使い切ったようだ。
その事に気が付いた補佐官はゾッとした。
そう、残念ながら今補佐官を助けてくれる人間は、この場にはいないようだ。
これも全て呪いのせい……
ナーニ・イッテンダーの呪いの力。
だったら全員の呪いを解くまでだ!
補佐官としての仕事を全うしようと、バーソロミュー・クロウは恐怖で震えながらも勇気を振り絞った。
「えーと……僕チンの調べではー……あのー、そのー、ナーニ・イッテンダー様からの手紙には呪いが掛かっておりましてー……」
勇気を出した! 勇気を出してのこの物言いだ。
そこはドラゴン並みの迫力のあるニーナの前だ、許して欲しい。
これが一般人の精一杯の力だ。
けれどニーナは冷たい笑顔のまま、また補佐官へと一歩近づく。
その6歳児のあまりの迫力に、補佐官から「ひっ……」と自然に声が漏れる。
王へ視線を送れば、フルフルと首を横に振っていた。
その首振りはどういう意味でしょう? 補佐官は王の補佐官でありながら、その指示が読み取れなかった。
だけどこのまま引き下がるわけにはいかない。
国の平和は補佐官である自分の肩に掛かっている。
英雄になる為に、補佐官はまた勇気を絞り出した。
「えーと……そのー、えー、呪いの葉書で皆さまがですねー……そのー誘拐されまして……ぼ、僕チンはそれを助けていなーって、ちょーっと頑張ってみただけなんですよねー……えへへー……」
「呪いの葉書……? もしかしてそれは、私が皆に送った葉書の事かしら?」
「そ、そうです! その葉書には呪いが……」
「もー! 呪いなんてないって私は報告したでしょうー……ゲホッゲホッ、あー、呪い課長だってそう言ってたはずでしょう? ゲホッゲホッ」
ベランジェがこのタイミングで復活してしまった。
これでは補佐官が噓つきのようだ。
皆の冷たい視線が痛い。
マジで物理的に痛い。
体がピリピリとする。
どうにかしなければと、命の危機と向きあい補佐官は話を続けた。
「えーと……あの、冷酷王子が……その、街に来たって噂が上がりまして……」
「冷酷王子? それで? そのものが何かこの国に攻撃を?」
「いえいえいえ、あの……ぶ、武器を手に入れたと……」
「そう……それで貴方が勘違いをしたと?」
「か、勘違い?」
これは勘違いなのか?
いや、だって今まさに襲撃を受けているじゃないかー?
でも王が少女の後ろで「そうだと言え、そうだと言ってひれ伏して謝れ! 死ぬぞ、一瞬で終わるぞ、良いのか? つむぞ!」と恐ろしいアイコンタクトを送ってくる。
補佐官は自分の命欲しさではなく、国の安全の為、未来を守るため、自分の勘違いを認める事にした。
そう、補佐官は決して敵に屈したわけではない、この国の為、そして王を守るための勇気ある決断だ。
「えーと……そ、そうですねー、私が勘違いしたのかもしれません、アハハハハー」
補佐官が自分のミスを認めた事で、少しだけ部屋の空気が和んだように思えた。
危険を回避出来た!
国を救った!
自分の命を守り切った!
補佐官が心の中でガッツポーズを上げていると、目の前の美しい少女から次の質問が飛んできた。
「それで、貴方のお名前は?」
補佐官は少女のその笑顔を見て、何故か自分の名を名乗るのが怖いと感じた。
そう、散々迷惑推理を行ってきた補佐官も、命の危機を目の前に、名前を名乗るのは危険! と言う名推理をやっと発揮することが出来たのだった。
まあ、今更遅いかもしれないが
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