第114話貴方のお名前は?

「それで貴方のお名前は?」


 王の補佐官であるバーソロミュー・クロウは、今絶体絶命の危機を迎えていた。


 いや、傍から見ればただ6歳の美少女に名前を聞かれているだけだ。


 ちょっとロリコン属性のおじ様から見れば羨ましい限りのイベントだが、やっと名推理家になれたバーソロミュー・クロウには分かった。


 ここで間違えたことを言えば、自分だけでなくこの国が亡びると……


 バーソロミュー・クロウは今、得意な第六感が危険を察知し、爆発的危機能力を発揮していた。


 そう、補佐官の髪の毛は、ニーナの子供だとは思えない……いや、人とは思えない魔力を前に、ピーンと立ち上っている状態だ。


 強い妖気ではなく魔力。


 息が出来ないぐらいの恐ろしさ。


 発言を間違えれば、自分は形が残らない状態で吹き飛ぶことだろう……


 それぐらいの恐怖を補佐官は、この小さく美しい少女から感じていたのだった。


(これがナーニ・イッテンダーの魔法……呪いの名手どころか、恐怖の魔法使いでは無いか! 私の名もきっと分かっていて聞いているのだ! 絶対に私を虐めたいからだー!)


 補佐官は覚悟を決めた。


 だって逃げようが無いんだもん!


 扉の前にはアルホンヌとクラリッサが、ぜってー逃がしはしないと迫力ある表情を浮かべ補佐官を睨んでいる。


 そして補佐官の右横にはシェリルが相変わらずの淑女の笑みを浮かべ、パシンパシンとパンチを自分の手のひらに打ち、補佐官を見つめている。


 そして左横ではベランジェがソファーに腰かけ、怪しいものを巾着から出し、「ねえ、カルロ、あの人にこのお団子食べさせてみよっかなー?」と何やら恐ろしい事を強面の男に相談している。


 そして目の前の6歳児、ナーニ・イッテンダー。(ニーナ・ベンダーです)


 王はその後ろで相変わらず凄い速さで首を横に振っている。


 早く答えろ、素直に答えろ、間違っても嘘など吐くなよ!


 と王の目を見れば、神経が研ぎ澄まされている補佐官にはそう言っているのが分かった。


 そして補佐官は震える体を鼓舞し、どうにか声を絞り出した。


「わ、私の名は……バ、バーソロミュー・クロウでございます……ナーニ・イッテンダー様、よ、宜しくお願い致します。てへっ」


 その瞬間、バリバリバリッ! と雷でも落ちたかのような大きな音が響いた。


 その音に驚き、頭を守ろうと抱えていた補佐官が顔をゆっくり上げてみれば、王の執務室の窓ガラスがすべて割れていた。


 王の執務室のガラスは、守護の魔法が込められている超強力なガラスだ。


 普通に攻撃しただけでは割れることは絶対に無い。


 普通の魔法攻撃だって絶対に弾くはず。


 普通の人間にこの窓を壊すことは絶対に不可能。


 だが目の前の少女は普通ではない……


 少女はふわりと空中に浮くと、優しい笑みを浮かべ補佐官と視線を合わせた。


 だが、その笑みがとても怖い。


 まるで氷の上に立たされ、炎で焼かれ、磔になって、崖から落とされる直前のようだ。


 そして気が付けば、この国一の騎士であるアルホンヌとクラリッサが、めっちゃ恐ろしい表情を浮かべ補佐官の近くへ来ていた。


 シェリルもいつの間にか、ぎゅっと補佐官の腕を折れそうなほどに掴んでいる。


 ベランジェに至っては、さっきまで疲れ切っていたはずなのに、ソファーの上に立ち、補佐官をどう実験してやろうかと値踏みしているかのようだった。


 そしてそれを見て嬉しそうな顔をする強面の男……


 補佐官はただ名前を名乗っただけ。


 なのにどうやらその言葉が死刑宣告になったようだ。


 何が悪かったのか分からない。


 ただ敵国からの攻撃を防ごうと頑張っただけなのに……


 地雷を踏んでしまったらしい。


 ナーニ・イッテンダーは呪いの名手でも高名な魔法使いでもなかった。


 悪魔……


 そう、笑顔で人を殺せる悪魔……


 その悪魔を前に補佐官がどうしようかと震えていると、ニーナが口を開いた。


「フフフ……探さなくって済みましたわ……バーソロミュー・クロウさん、私たち貴方を探していましたのよ……」

「えっ? わ、私を?」


 そんなに自分は有名人だったのか? とちょっとだけ嬉しくなった補佐官だったが、聞こえてきた次の言葉で恐怖を取り戻す。


「バーソロミュー・クロウ、お前をぶっ殺す!」

「えっ?」

「貴様! よくも私のグレイスを誘拐したなっ!」

「えっ? えええっ?」

「私の可愛いグレイスを痛めつけるだなんて、許せませんわ!」

「ふぇえーーー?」

「私の可愛い補佐官を虐めるだなんて許せない! 絶対に口の中に爆弾を詰め込んでやるーー!」

「キャー――!」


 恐ろしすぎて思わず悲鳴を上げた補佐官を助けてくれたのは、王のアレクだった。


 補佐官を囲む皆の間に割ってはいり、その場に座り込むと頭を下げた。


 土下座だ。


 自分のせいで王に頭を下げさせしまった……


 補佐官がショックのあまり放心状態になっている横で、この国の王であり、補佐官の上司でもあるアレクが謝った。


「ママン! いえ、セラニーナ様! 申し訳ございませんでしたーーー!」


 補佐官の目からはハラハラと涙が溢れる。


 敵にこの国は乗っ取られたのか?


 自分のせいで国が乗っ取られたのか?


 推理大好き、名推理が得意なはずの補佐官でさえ、今の展開についてはいけない。


 一体何故こうなってしまったのか、意味が分からない。


 大聖女神殿に指示を出した事がいけなかったのだろうか?


 それともナーニ・イッテンダーの呪いを探ったことだろうか?


 いやいや間者グレイスを捕まえてしまったからかも知れない……


 と何となくそこに行き着いた。


 そんな思考回路がプスプスと音を立て、壊れ始めた補佐官を尻目に、ニーナはアレクに笑顔を向けた。


「フフフ、アレク、一国の王が頭を簡単に下げてはなりませんよ。グレイスを誘拐したのは貴方の指示だったのかしら?」

「い、いいえ、違います……」

「フフフ、では、大聖女神殿に私達を閉じ込めようとした事は? 貴方の指示でしたの?」

「えっ? 大聖女神殿に閉じ込める?!」


 頭を下げ、補佐官の代わりに謝ってくれていたアレクが、驚き補佐官へと視線を送る。


 勘違いからグレイスを捕まえてしまった事は、100歩いや、一万歩譲って分かる。


 だが何故大聖女神殿に皆を閉じ込めようとしたのかは理解出来ない。


 ベランジェ、シェリルを含め、皆何かをして城を出て行った訳ではない。

 

 犯罪者でも捕まえようかとするような補佐官の指示に、アレクは納得出来なかった。


「クロウ……何故皆を閉じ込め様などとしたのだ……私はただベランジェ兄やシェリル姉に会いたいと言っただけだが?」

「ひっ……あ、あの……ち、違います……私は……ただ、ま、守ろうと……」

「守る? お前は守ろうとする相手を閉じ込めるのかっ?! だったら私がお前を拷問部屋に閉じ込めても文句は言えないなぁー」

「ひっ、ひいいいー」


 遂に唯一の味方であったアレクまでもが補佐官を睨みつけた。


 そう、そもそも皆をここまで怒らせたのは補佐官のせいだ。


 アレクは先程までは自分の説明不足が悪かったと反省していたが、今やニーナたちを怒らせたのは補佐官のせいだと怒りを爆発させた。


 遂に味方が誰一人いなくなった王の補佐官バーソロミュー・クロウは、今度こそ本当の絶対絶命の危機を迎えているのだった。

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