第112話アレクとの再会
四人の弟子たちと別れ、アレクこと、この国の王であるアレクサンドル・リチュオルの執務室へと向かっていたニーナは、地下にある呪い課の部屋から転移し、人気のない庭へ出ると、宙に浮き、セラニーナ時代に何度も足を運んでいたアレクの執務室へと、外から飛んで行った。
飛び立つときは確かに誰もおらず、ニーナの姿を見るものはいなかった。
けれど飛び上がってからは別だ。
城の訓練場からも、各事務課の窓からも、天使のように美しい少女がふわふわと浮いている姿が目に入った。
「天使だ……天使がいる……」
最初に呟いたのは誰かは分からない。
けれど天使はふわりふわりと城の周りを飛び、迷いなく王の部屋へと向かっていた。
「王の下へ神の使いが現れた」
その噂は目撃者の数が多かったため、あっと言う間にこの城の中を駆け巡っていく。
神になったセラニーナ様。
そして今度は天使が舞い降りた。
その噂は国を出ていずれアランの国ラベリティ国にまで届くことになるのだが、今のニーナは静かな怒りが込み上げているため、周りの様子など気付きもしない。
順調にアレクの執務室へ着くと、ニーナはそこで初めて考えた。
(鍵を開けて(壊して)入るのは簡単ですけど……それでは驚かせてしまうわよね……? 窓をノックして知らせた方が良いかしら?)
もう今更です。
もうたくさんの人が驚いています。
もう噂の的です。
もう窓とか関係ないです。
などとニーナに突っ込む者はこの場にはいない。
いや居たとしてもここまで来たら今更だろう。
ニーナは少しだけグレイスを誘拐された怒りを抑え、窓ガラスを壊さない程度にコツコツとノックをした。
ニーナの優しさだ。
すると丁度部屋の中にいたアレクと視線が合う。
可愛らしさを意識し、ニッコリと微笑んで見せれば、何故か「ギャー」と悲鳴を上げられてしまった。
まあ、ノックの音が大きすぎたかしら?
とニーナはそんな風に思っているが、アレクが驚いたのはそこではない。
宙に浮く美少女。
もしかして彼女はセラニーナ様の関係者?
いや、セラニーナ様自身かもしれない。
セラニーナの仲間であるグレイスを捕まえてしまったと報告を受けていたアレクは、既に怯えきっていた。
なのに今目の前でもっと信じられない事が起きている。
セラニーナ様を怒らせた!
遂に城へと乗り込んできた!
もうこの国は滅亡だ! 壊滅だ。
グレイス殿に謝って許して貰おうなど、手遅れだったーーー!
と、少しパニック気味のアレクの脳内はそんな恐れで一杯だった。
それもその筈、アレクはセラニーナの傍に長年いた。
だからこそその実力が十分に分かっている。
そう……勿論その恐ろしさもだ……
「こんこんこん、アレク、ママンですよー。見た目は違いますけれど、ママンが話が合ってきましたよー。開けて下さいませ」
驚かせてしまったと気が付いたニーナは、優しい声と、笑顔で問いかける。
だが、アレクの周りには騎士や事務官など大勢の者がいて、ニーナの姿を見て動揺しざわついている。
その五月蠅さでニーナの問いかけがアレクには聞こえないのだろうと気付いたニーナは、施錠されている窓を簡単に魔法で開けると、窓から侵入……いや、入室した。
護衛騎士達は王であるアレクが「いや、ダメダメダメー」と止めるのも聞かず、宙を浮く少女ニーナに剣を向ける。
けれどニーナは戦いに来た訳ではなく、話し合いをしてグレイスを返してもらうために来ただけ、なので危ない刃物は魔法でぐにゃりと丸め使えないようにする。
そしてついでに「襲撃だー」「化け物だー」「敵襲だー」と一番五月蠅く騒いでいるピンクのフリフリシャツを着た男性のお口を魔法でチャックする。
そしてアレクを何故か囲んでいる者達は、話をするのに邪魔なので魔法で壁際に移動してもらう。
決して磔の刑ではない。
中には「うっ……」と勢い良く壁にぶつかってしまった騎士もいたが、それはニーナの魔法に負けないと反発したからだ。
事務官のように恐怖から力が抜けて居る者達は、痛みもなく素直に壁の花になっていた。
別にニーナは皆の首を絞めているわけではないのだが、息をしているのかしら? と心配になる程顔色が悪い。
ニーナがちょっとアレクと話をしようと思っただけで、大事件になっていた。
けれどニーナはそんな事は気にもしない。
何故なら可愛い息子同然のアレクが、ニーナを見て涙を流していたからだ。
「……ママン……? 本当にママンなの……?」
「まあ、まあ、アレク、貴方はこの国の王様でしょう? 人前でそんなに泣いてはダメではないですか……さあさあ、ママンが涙を拭いて上げますから立ち上がりなさい。私はお話がしたかっただけなのですよ」
「ママン、会いたかったよー! グズッ、怒ってない? 怒ってないの?」
「フフフ……今の所貴方には怒ってなどいないわ。私が連絡をしなかったこともいけなかったものね……でもね、お話次第ではちょーっとだけ……お仕置きが必要になるかも知れませんわね……」
「ママン! ご、ごめんなさい! 僕チンこんな事になるだなんて思わなくってー!」
「フフフ……さあさあ、席へ着いて、それから人払いもして頂戴。ああ、もうすぐベランジェ達もこの部屋に来ますわ。お茶でも入れましょうね……」
「ママーン! 大好きー!」
6歳児のニーナにこの国の王が「ママン」と言って抱き着く。
その姿を見て壁に追い込まれた事務官や騎士たちは呆然とした。
そしてそんな中王の補佐官であるバーソロミュー・クロウは、壁に貼り付けられながら気が付いた。
あの少女こそが呪いの名手ナーニ・イッテンダーだと!
遂にこの国を乗っ取りに来て、今目の前で王に呪いを掛けた。
この国の危機。
何とかしなければ!
バーソロミュー・クロウは動かぬ体をどうにかしようと、頑張りもがいていた。
だがニーナの鉄壁魔法だ動くはずが無い。
そして補佐官が四苦八苦していると、バンッと大きな音を立てて扉が開き、ベランジェ、シェリル、アルホンヌ、クラリッサがアレクの執務室に飛び込んできた。
バーソロミュー・クロウは、呪いが解けた四人が王を助けに来たのだとまたここでも得意の勘違いをしていた。
危険な推理をしながら、必ず王を助けようと補佐官は様子をうかがう。
「アレク兄!」
アレクを怒鳴り最初に飛び掛かろうとしたのは、勿論一番怒りが込み上げているクラリッサだ。
だけどニーナに涙ながらに縋り付くアレクを見て、言葉を飲み込む。
アレクを残し自分たちだけニーナの下へ向かった後ろめたさもあり、何となく文句が言えなくなってしまった。
アルホンヌとシェリルもそうだ。
国王であるアレクだって一人の人間、セラニーナであるニーナに会いたかっただろう。
ただしベランジェだけはここ迄の階段登りダッシュの走りで、息が苦しく黙っているだけだ。
カルロに支えられ、何も発することなくソファーへと座らされる。
ベランジェには周りを見る余裕はない。
そしてそんな様子などに目もくれず、アレクはただニーナに縋り泣いていた。
アレクもやっとセラニーナに会えた。
その喜びは他の弟子たちには良く分かるものだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます