第101話その頃のグレイス②

「ふんふんふーん、ふんふんふーん、ふんふふふんふんふふふふん」


 グレイスはご機嫌だった。


 何故ならあの 「神になった」 と言われる程のセラニーナ様が、グレイスの為にグレイスをイメージしたお茶を作ってくれたからだ。


 それも尊敬するベランジェの意見まで取り入れてくれた素晴らしいお茶。


 そしていずれはこの茶を、ベンダー男爵領の商品として売りに出すようだ。


 その時はスッキリ茶では無く ”グレイス茶” として売りに出すとも言っていた。


 その上売り上げの一部をグレイスにくれるとまでニーナ様は言って下さった。


 勿論グレイスは断ったが、ニーナは 「結婚にはお金が掛かるのだから」 と、彼女さえいないグレイスの、まだまだ先になりそうな結婚のことまで心配してくださった。


(ニーナ様ってなんて優しいんだろう……)


 素敵な上司、素敵な仲間、素敵な家族、グレイスは今人生の絶頂期にいるといえるぐらいに幸せだった。


「あ、あの赤い花、クラリッサ様みたいだなぁー」


 グレイスは最近クラリッサの赤い髪と同じ色合いの物を見ると、ついついクラリッサの事を思い出してしまう。


 いつもグレイスを気にかけてくれるクラリッサ。


 クラリッサは確かに騎士として強く逞しいが、何より可愛らしく、そして美しい女性だ。


 誰かが高嶺の花とクラリッサの事を言っていた。


 見た目は勿論そうかもしれない。


 けれど一緒に過ごすうちにクラリッサの少女らしさが残る可愛さに、グレイスはお世話したいなぁと、世話焼き癖が湧き湧きしていた。


(でも流石に髪を洗いたいとか言ったら引かれるよなー)


 騎士としての稽古をするクラリッサは日焼けもするし、髪も荒れる。


 それにニーナと稽古? (死ごき?)をした後は、クタクタに疲れている様だ。


 男性であるアルホンヌには遠慮なくマッサージも出来るが、流石に年頃のクラリッサの体をベタベタと触る訳にもいかない。


 肩揉みぐらいなら許される?  


 そんな事を考え百面相していると、グレイスは無事に自宅へと着いた。


「ただいま〜」


 グレイスはいつも通り元気よく屋敷に入る。


 今日はグレイスに会う為、両親は仕事を休んでくれたらしい。


 グレイスがそのまま屋敷の廊下を進み居間へと顔を出すと、帰ると伝えてあったのに何故かグレイスを見て驚く両親がいた。


「えーと……父さん、母さん、ただいまー……?」

「「グ、グレイス!!」」


 二人はグレイスに駆け寄って来ると、顔や体をベタベタと触りだした。


 まるで戦場から戻った息子を出迎えたかの様だ。

 

 グレイスが困惑していると、母親が涙を流し始めた。


「グレイス! 心配したのよ! 貴方が敵国の間者になったって城の補佐官様から聞いて……」

「えっ? えええっ?! か、間者?!」

「そうだ、ベランジェ様やアルホンヌ様、それにクラリッサ様や大聖女のシェリル様までも、お前が葉書を使って誘拐したと、補佐官様がやって来てそう言ったんだ!」

「えっ? ゆ、誘拐?!」


 頷く両親を見てグレイスは何が何だか分からなかった。


 いや、なんとなくは分かった。


 呪いの葉書の件があったので、ベランジェ様達はその葉書が原因で城を出て行ったと思われたのだろう。


 そう、あの葉書を最初に受け取ったのはグレイスだ。


 だから勘違いされたのではないか? となんとなーく分かった。


 でもベランジェ様は国王陛下に直接仕事を辞めることを伝えたと言っていた。


 あのベランジェ様だけだとグレイスも流石に不安だが、アルホンヌ、クラリッサ、それにしっかりしているシェリル様まで同じ事を言っていたのだ、陛下に伝わっているのは間違いない。


 なのに何故か誘拐となっている。


 その上平々凡々のグレイスにはどう考えても無理がある、間者だと思われているらしい……


 一般ピーポーのグレイスが間者。


 ちょっとだけ嬉しい、カッコイイかも! と喜んだことは秘密だ。


 グレイスは安心させるように両親に笑顔を向けた。


「あー……じゃあちょっと城へ行って誤解を解いて来るよ」

「「えっ? だ、大丈夫なの?!」」

「あはは、大丈夫、大丈夫。ベランジェ様達は別に国外に行ったわけじゃないし、今日は王都にも来てるんだよ」

「「えっ? そ、そうなの?!」」

「うん。呪いの課の……あー、力のある部署の課長と仲も良いし、話をして誤解を解いてくるよ」


 グレイスはまだ不安気な両親に、自慢のスッキリ茶とリンゲルガのお肉を渡すと、自宅の屋敷を出た。


 今のグレイスならば10分も有れば王城へと着くだろう。


 それにグレイスはニーナと出会い、すっかり度胸が座っていた。


 以前のグレイスならば間者と疑われようものならば、今の両親と同じように狼狽えていた事だろう。


 けれど場数を……いや、この世の不思議が全て詰まった様なニーナと長時間過ごした事で、多少の事では驚かなくなっていた。


 話せば何とかなるさ。


 グレイスは誰に似たのか、いつの間にかそんなお気楽思考になっていたのだった。






「呪い課長、こんにちはー」

「おー! グーちゃんいらっしゃい、よく来たねー」


 グレイスがやって来ると呪い課長はニコニコだ。


 グレイスの事が美味しい物にでも見えているかの様な素晴らしい笑顔だ。


 他の研究員達も前回のお弁当が美味しかったのだろう、グレイスを見るとソワソワと動きだした。


 その様子は研究中なのに手元は大丈夫か? と心配になるぐらいだ。


 まー、そこはグレイスが手元を見なくても包丁が使えるのと同じことなのだろう。


 研究員たちにとって研究はご飯を食べるのと同じことだった。


「グーちゃん今日はどうしたの?」

「はい、美味しいお茶と……実は……リンガルガのお肉があるんですよ」

「リ、リンガルガー!!」


 せっかく小さな声でグレイスが伝えたのに、呪い課長は叫びだしてしまった。


 それだけリンガルガのお肉が珍しいと言う事だ。


 グレイスはすっかり慣れてしまった呪い課で、自慢のグレイス茶を入れ、そして呪い課の皆にリンガルガのお肉と一緒に振る舞った。


 皆のホクホク顔を見て世話好きグレイスは大満足しながら、お茶を飲み飲み考えた。


 グレイスが間者だと言われていたけど、城の入口で止められる事は無かった。


 呪い課までも何度か入城のチェックはあったが、普通に通された。


 やっぱり間者は間違え? 患者と勘違いした?


 そんな事を考えていると、急に両腕をガシッと掴まれた。


「間者グレイス! やっと捕まえたぞ! このミュー様がお前の悪事を暴いてやるー!」

「ふぇー? あ、悪事ー??」


 グレイスは先日会った王の補佐官に、何故か捕まってしまった。


 補佐官はピンク色のフリフリシャツを着ているため余り怖くは無いが、グレイスを睨んでいる。


 誤解を解かなくちゃ。


 だってこの人が危険だよね?


 ニーナ様達が私を助けようとしたら……この国どうなっちゃうの?


 と、グレイスはここでも落ち着き、相手を気遣う冷静な判断が出来ていたのだった。


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