第100話カルロからの忠告

「カルロ兄、久しぶりー」

「おう、アルホンヌ、クラリッサ、急だなぁー、どうした?」


 街一番の肉屋に小物系の魔獣の肉を卸した腹ペコ御一行は、便利屋という名で通っている闇ギルドへとやって来た。


 アルホンヌとクラリッサがカルロと仲が良い事は、闇ギルドでは周知の事実。


 補佐官がやって来た時はピリピリ態度だった受付の男性も、今日は爽やかな笑顔で腹ペコ御一行を招き入れる。


 カルロもギルド長としての仕事があるはずだが、それよりも弟、妹分であるアルホンヌとクラリッサの方が大事。


 それに何よりニーナの今の情報も手に入る。


 そして何より可愛いベンダー男爵家兄妹に会える。


 どう考えたって最優先事項。


 それに皆に会えることが何よりも嬉しかった。



「カルロ兄、良い魔獣を持ってきたんだ」

「良い魔獣?」


 クラリッサとアルホンヌはまるで双子の様に同じ表情を浮かべニヤニヤとする。


 幼い頃から二人の事を知っているカルロは、こういう顔をしている時のクラリッサとアルホンヌが危険である事を良く知っている。


 狂暴な魔獣をペットにしようとした時も、魔法が使える様になり屋敷を壊しかけた時も、二人はこんな表情をしていた。


 これはろくな事ではないだろうなと思っていたが、二人の言葉を聞いてカルロは驚いた。


「フッフッフ、実はリンゲルガが手に入ったんだ!」

「うぇええー! リ、リンゲルガ?! あの、リンゲルガかっ?!」

「そう! あのリンゲルガだ!」


 闇ギルド長であり、ニーナに鍛えあげられた鋼のハートの持ち主でもあるカルロでも、リンゲルガの名を聞き固まった。


 そう、リンゲルガは滅多にお目にかかれない希少な魔獣だ。


 その上味は最高級!


 闇ギルドのギルド長であるカルロだって、一度しか食べた事がない上物。


 そして今もその味が忘れられないほどの代物。


 リンゲルガと聞いた瞬間、カルロは涎が垂れそうで垂れそうで仕方なかった。


「カルロのおじ様ー、リンゲルガって、すっごく美味しかったんだよー」

「えっ?! シェリーってばもう食べたのか?!」


 こくんと頷き満面の笑みを浮かべるシェリーを見て、カルロはショックを受ける。


 やっぱり闇ギルドなんか誰かに任せて、自分もニーナに付いて行くべきだったと、リンゲルガを食べられなかったことで、かなり深ーく後悔していた。


「ニーナが捌くのカッコ良かったよなー」

「グッ……」


 ディオンの言葉がカルロに追い討ちを掛ける。


 捌くのだって見たかった……


 だってそんな事出来るのこの世界でニーナぐらいでしょう?! とそんな様子だ。


 勿論ニーナの他にもリンゲルガを捌ける者はいる。


 ただし出来上がりがまったく違うのだ。


 その辺の肉屋にでも任せたら肉がボロボロになることは容易に想像が付く。


 それに鱗だって、何枚無駄になることか……


 ああ……ニーナが捌いたリンゲルガが欲しかった……


 ニーナが作った料理が食べたかった……


 意気消沈し、がっくりと肩を落とすカルロの前に、アランが魔法袋を差し出した。


「もう、皆さん、カルロさんを揶揄うのはそれぐらいにして下さい。可愛そうですよ。カルロさん、こちらはニーナ様が捌いたリンゲルガが入っています。勿論調理済みのものも」

「えっ?!」

「ニーナ様が「色を付けて下さいませね」と言ってらっしゃいました。リンゲルガの肉は色が付くものなのですねー、知らなかったので勉強になりました」


 カルロは自分の席から立ち上がり、頓珍漢な事を言っているアランに抱きついた。


 アランが王子様だとか、そんな細かいことは今はどうでも良かった。


 ニーナが自分の為に、リンゲルガ本体だけで無く、捌いたリンゲルガや調理したリンゲルガまで準備してくれた。


 それが何よりも嬉しかったし、あの味がまた味わえると感動していた。


 まあでもカルロは結局それを貰うのではなく買い取るのだが、リンゲルガを食べられないと思っていたカルロには、そんな事より嬉しさの方が勝っていたのだった。


 ニーナはここまで読んでの行動だったのだろう……


 恐るべし6歳児。


 流石金の亡者。


 仲間相手でも手加減は無い様だ。



「あー、そう言えばお前たち、バーソロミュー・クロウって奴知ってるか?」

「バーソロミュー・クロウ? 誰だそれ? 敵国の間者か? クラリッサ知ってるか?」

「いや、今まで戦った相手にそんな名の者はいなかった筈だ……」


 アルホンヌとクラリッサは首を傾げているがカルロは苦笑いだ。


 一言も敵だとか、犯罪者だとも言っていないのに、カルロが名を出した時点で要注意人物だと判断した様だ。


 今バーソロミュー・クロウが目の前に現れたなら、問答無用で切り捨ててしまいそうで面白い。


 カルロは心の中で笑い、まあそんな訳にはいかないだろうなぁと残念がりながら、話を続けた。


「そのバーソロミュー・クロウってやつが、どうやら街でのアランの行動を探っていたらしい」

「「えっ?」」


 皆の視線が一斉にアランに集まる。


 アランとベルナールはゴクリと喉を鳴らした。


 バーソロミュー・クロウが自国からの追手……もしくは暗殺者……その可能性が高いからだ。


「本当かどうかはまだ調べていないが、そのバーソロミュー・クロウは城の補佐官だと名乗っていた……だがアルホンヌとクラリッサの記憶に無いとなると……アランの国の補佐官なのか、全てが嘘の可能性もあるな……」


 アランはジッと考える、バーソロミュー・クロウなどという名の補佐官に覚えはない。


 ベルナールに視線を送れば、ベルナールも覚えが無かったのだろう、首を横に振っていた。


「アラン、心配するな、そのなんとか苦労するって奴が現れたら、その瞬間に俺が真っ二つにしてやる」

「ああ、アラン、何も心配はいらない、師匠の私に任せておけ、そのなんでも苦労って者が来たら、私が炎で骨も残らぬ程に消し去って見せよう」


 アランはクラリッサとアルホンヌにガシッと力強く肩を抱かれ、笑顔が戻った。


 味方として、護衛として、これ程心強い人物はいないだろう。


 この二人ならばアランの国をも一瞬で制圧してしまいそうだ。


 その上アランには最強6歳児のニーナがいるし、闇ギルド長のカルロもいてくれる。


 何も不安になる事はない、そう思えた。


 可哀想なのは王専属補佐官のバーソロミュー・クロウだろう。


 ただ王の下へ、アルホンヌ、クラリッサ、ベランジェ、シェリルを取り戻したいと奮闘した事で、今や恐ろしい人物に目をつけられてしまった。


 アルホンヌとクラリッサに問答無用で退治されない事を祈るばかり。


 これ以上の詮索はやめる様に、誰かバーソロミュー・クロウに注意をしてあげて欲しい……


 まあ自分の推理に酔いしれているバーソロミュー・クロウが、他人の意見を聞き入れるかは分からないが……


 とにかく健闘を祈るばかりだ。


 何せこの後必ずニーナに追い詰められることは確実だ。


 その上アルホンヌとクラリッサまで敵に回した。


 バーソロミュー・クロウの命はいくつあっても足りないだろう。


 カルロは闘志を燃やす弟、妹分を見て、少しだけバーソロミュー・クロウに同情したのだった。

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