第99話新しい大聖女

 新しい大聖女になったセーラの部屋へと着いた。


 寝ているセーラは顔色が悪く、呼吸も弱々しい。


 その様子で魔力の使いすぎである事は、ニーナにはすぐに分かった。


 セーラの手を握り、そっとニーナの魔力を流す。


 するとセーラの頬には赤みがさし、すぐに目を開けた。


 ニーナは意識を取り戻したセーラの姿を見てホッとはしたが、怒りは収まらなかった。



「シェリル、新しい大聖女やそれを助ける司祭、それに聖女、聖女見習い達への引き継ぎは、キチンとしていたのですか?」

「はい、勿論でございます。何度も説明し、書面にも残しました」


 シェリルの言葉にニーナは頷く。


 これがもしベランジェだったならばちょっとだけ疑いもするが、しっかり者のシェリルに至っては確実に引き継ぎをしているはずだ。


 それがどうしてこの様な危険な事態になったのか……


 今日セーラに会わなければ命を落としていたかもしれない……


 ニーナはここは司祭にジックリ、しっかり、みっちり、話を聞こうと笑顔を向けた。



「シェリル、貴女はセーラに滋養のある食事を用意して頂戴。それから暫くは安静にする様にと皆に指示を出して下さる?」


 シェリルは頷くとすぐにセーラの下へ行き、大聖女つきの使用人たちに指示を出した。


 ニーナはその様子を確認し、素敵な笑顔のまま司祭と向き合った。


 けれど司祭はその笑顔を見て何故か震えている。


 そう、6歳児の浮かべる可愛らしい笑顔が、何よりも恐ろしいと感じる司祭だった。



「では、貴方から詳しいお話しをお聞きしましょうか、先ずはそちらにお座りなさい」

「ひゃっ、ひゃっ、ひゃい!」


 ニーナはソファに座る様にと指示をしたつもりだったのだが、司祭は何故か床に正座をした。


 その上優しい笑顔を心がけているニーナを見て、極寒にいるかのように震えている。


(もしかして……寒いのかしら?)


 ニーナはそう思い、司祭の周りだけ春の日差しの中にいる様に温めてあげた。


 けれどニーナの優しさは、時に人に恐怖を与える様だ。


 急に自分の周りだけが暖かくなった事で、司祭は益々恐ろしくなってしまった。


 ちょびっと何かを下からお漏らししたのは、彼の一生の秘密になるだろう。


 ニーナはパンッと手を叩くと、その音にビクリとした司祭に話しかけた。


「では、本題に入りましょう。シェリルから新しい大聖女に力が付くまでは、皆で祈りを捧げるようにと言われていたのでは無くって?」


 ニーナに優しく(ニーナ的に)そう問いかけられた司祭は「ひっぃ」と息を呑む。


 ニーナの浮かべる優しい笑顔には、「嘘を吐いたらどうなるか、分かっていますわよね?」 とそんな圧を感じる。


 本当の事を言わなければ……


 怯える司祭は周りの空気が暑過ぎて酷い汗をかき喉が渇いていたが、どうにか声を絞り出した。


 そう、気が付けば春の日差しは、いつの間にか夏の日差しの暖かさに変わっていた様だ。


 それだけでニーナの怒りがどれ程のものか分かると言えるだろう。



「わ、私達はシェリル様に言われた通り、し、しっかりと祈りを捧げました!」

「しっかりと……ではセーラは何故この様な状態に?」

「そ、それはセーラの……セーラ様の力が弱かったからで……」

「だまらっしゃい!」


 司祭の言い訳で、ニーナの怒りが頂点に達した。


 シェリルが中途半端な者を後継者に選ぶはずなど無い。


 司祭のセーラを馬鹿にしたような物言いにも腹が立つ。


 その怒りから、室内にある花瓶やガラス製品にピシシッとヒビが入る。


 勿論窓ガラスにもピシピシと割れ目が入っていく。


(悪魔だ、悪魔がいる!)


 司祭は目の前にいるニーナ・ベンダー6歳が、とにかく恐ろしかった。


 もうお漏らしの事なんか気にもならない。


 この場から逃げ出したい。


 そう思う程、目の前の少女が怖い。


 それもそうだろう、司祭の目の前にいるニーナは、今やこの世の子供とは思えない程の状態だ。


 そう、怒りからドラゴン以上の魔力が溢れている。


 普段抑え込んでいる魔力が溢れ放題だ。


 なのに淑女の笑みだけは忘れてはいない。


 そこはレディとしての嗜みだ。


 だからこそ、その可愛らしい笑みを見て、司祭が悪魔だと勘違いするのも仕方ない事だった。



「セーラが祈りを捧げるたびに、貴方達は一緒に祈ったのですか?!」

「い、いえ……あ、あの、朝の祈りの時だけで……」

「では、昼と夜はセーラとそして聖女と、聖女見習いたちに祈らせていたのですか?」

「い、いえ、あ、あの、皆他にも仕事がありまして……」

「この、大馬鹿者!!」

「ひゃっ、ひゃー!」


 大聖女神殿の祈りは国の守り。


 大聖女神殿にとってこの国を守る為の祈りが一番大切な仕事。


 それを疎かにして他の仕事などもっての外!


 どうせ仕事と言っても、貴族との打ち合わせと言う名の夜会や茶会だろう。


 ニーナがメスを入れ聖女が過ごしやすい環境になったはずの大聖女神殿は、ニーナ、シェリルと続いた大聖女が立派過ぎた為に、甘えた司祭達によってまた悪い方向へと進んでいた。


 大切にしていた大聖女神殿を汚された。


 ニーナはそう感じていた。


「一週間はセーラは絶対安静です!」

「そ、そんな! それでは大聖女神殿が、国の守りが……」

「お黙りなさい! これは貴方達が招いた結果ですわ! 自分達のミスを、シェリルに帰って来てもらう事で免れようとしたようですが、そうは参りませんわ! 朝、昼、晩、貴方達司祭だけで祈りを捧げ国を守りなさい! セーラがどれ程辛かったかそれで分かるはず、この事はアレク……いえ、この国の王アレクサンドルにも伝えます。追って沙汰を待ちなさい!」


 ニーナはそう言い残すと、セーラのいる寝室へともう一度向かった。


 食事を摂ったセーラは随分と元気を取り戻したようで、その様子を見てニーナはホッとした。


 セーラを守る使用人達に指示を出し、一週間は司祭が何を言おうともセーラに無理をさせないようにと伝えた。


 幼い姿に見えるニーナは、今この部屋にいる女性たちには天使の様に写っていた。


 天使が苦しい状況を救って下さった。


 神に祈りが届いた。


 誰もがそう思った瞬間だった。



「シェリル参りましょう。この様子では元の部屋に残してきたベランジェ達も、それに街へ行ったアルホンヌやクラリッサ達も心配だわ。一度屋敷にも戻って見なければ……」


 そんな事を話しながらニーナとシェリルが最初の部屋へ向かうと、扉の外にいたはずの騎士や司祭達が、皆部屋で横たわり、青い顔でグッタリとしていた。


 何があったのかと、ニーナがファブリスに視線を送れば、ニッコリと良い笑顔で答えてくれた。


「ニーナ様、何でも有りません。ただチャオが美味しいお茶を淹れ、皆を落ち着かせただけでございます」

「あらあら、まあまあ、それはそれは……チャオも特技が披露出来て良かったですわねー」

「はい、ニーナ様の指導のお陰っす! 皆俺のお茶が美味し過ぎて言葉も出ないみたいっすね」


 チャオは自分で淹れたお茶を飲み飲み、自慢げにそう答えた。


 決して毒物ではないのだが、チャオの淹れるお茶は毒薬並みの刺激がある様だ。


 ニーナ達は聖女名簿を借りる事を青い顔の司祭達に伝えると、そのまま大聖女神殿を後にした。


 そう、城の補佐官。


 その者が何故かシェリルやベランジェを閉じ込めようとした。


 他の者たちにも何か有ったかもしれない。


 私の家族に何かしたら、絶対に許しませんよっ!


 姿が見えない敵、城の補佐官。


 その存在がニーナの不安を煽いでいたのだった。


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