第92話リンゲルガパーティー

「あ、そうだ!」


 グレイスが急に何かに気が付いたように大きな声を出したため、ベンダー男爵家の皆がグレイスに注目した。


 グレイスは片付けようと抱えていた皿を置き、自分の魔法袋をゴソゴソと探る。


 そして小さな包みを取り出すと、食後のお茶を飲んでくつろいでいたクラリッサに、可愛い笑顔を浮かべその包みを差し出した。


「クラリッサ様、宜しければこちらをどうぞ」

「えっ……わ、私に?」

「はい」


 クラリッサは急に差し出された包みに驚きながらも、そっと手に取りその包みを開ける。


 グレイスはニコニコと良い笑顔だ。


 美人の恥じらう姿って絵になるなー、なーんてグレイスは気軽に考えている。


 屋敷中の皆の注目が今二人に集まっている事に、グレイスはちっとも気付いていない。


 グレイスはただただ目の前の美しい女性の、少女の様に恥らう可愛い姿に目を奪われていた。


「これは……ブレスレット?」

「はい、今日街で見かけて、クラリッサ様に似合いそうだと思って、思わず買ってしまいました。なんでも怪我から守ってくれるお守りだそうです。赤い宝石がクラリッサ様の髪色にピッタリだと思って……あ、その……安物なのですけど……良かったら貰って頂けますか?」


 グレイスはクラリッサが小さく頷くのを見ると、安心から「ほー」と息を吐き、クラリッサの手からブレスレットを取り、手首に付けてあげた。


 うん、良かった。


 とっても似合う。


 クラリッサ様はいつも私が皆に馴染めるようにって、気を使ってくれているからね。


 ほんの気持ちだけど喜んでもらえて良かった。


 それに怪我のお守りだし、騎士のクラリッサ様にはぴったりだもんね。


 なーんてグレイスはそんな気軽な感じでいた。


 それもそうだろう。


 先ず皆の前で堂々とプレゼントが出来ること自体、グレイスに下心がない事が丸わかりだ。


 それに平凡な自分と、一流騎士のクラリッサ様では釣り合いようが無い。


 グレイスはそう思っているため、クラリッサへの恋愛感情など何もなかった。


 だけどクラリッサは違った。


 国一番の魔法騎士。


 男にも負けないほどの強い騎士。

 

 伝説の炎の騎士。


 そうやって恐れられていた自分が、年下の男の子に心配され、身を守るお守りを貰った。


 それも女性らしい、可愛いブレスレット。


 それもクラリッサの髪色を、グレイスはわざわざ選んでくれた。


 クラリッサが胸キュンするのは当然の事だった。


「あー……良かった。とっても似合っています。クラリッサ様の美しさの邪魔にならなくってホッとしました」

「うっ……」

「クラリッサ様、今度一緒に街へ出かけませんか? 普段のお礼に、次は安物ではなくってもっと良い物をプレゼントさせて下さいね」

「はうっ……」


 クラリッサはこの後どうにか声を絞り出し、「ありがとう」とグレイスにお礼を言えた。


 胸が苦しくて堪らないクラリッサの、とてつもない頑張りによる一言だった。


 ニーナとシェリルはそんな二人の様子を見ながら「まあまあまあ」とニヤニヤ顔だ。


 他の男どもは恋愛にあまり興味がないため、我関せずだ。


 それにグレイスの顔を見ていれば、下心がない事は男どもには良く分かっていた。


 意外と罪作りな男。


 天然タラシ……それがグレイスの二つ名となった。


 グレイスは一体どこまでハイスペックなのか。


 城でも掃除のおばちゃんたちの様な、年上に人気だったグレイス。


 年上キラー、グレイス恐るべし。





 そして次の日、シェリーとディオンお待ちかねの、リンゲルガパーティーが庭で開かれた。


 ニーナが魔法を使い、リンゲルガをサクサク捌いて行く。


 リンゲルガの体は美しい鏡の様なキラキラした鱗で出来ていて、それも勿論貴重なものだ。


 ニーナは一枚も無駄にしないように、気を付けながら捌く。


 リンゲルガの鱗は研究組も興味を持ったようで、ニーナにお願いして一枚ずつ貰っていた。


 何に使えるかな?


 呪い返しに使えないかな?


 とチュルリとチャオはホクホク顔だ。




「ハー、良いにおーい。早く食べたーい」


 とは、勿論シェリーの言葉。


 まだ庭には血生臭い香りしか漂っていないのだが、シェリーの脳内では既にいい香りに変換できていた。


 ニーナの手際は素晴らしく、あっと言う間にリンゲルガは捌かれ、庭に出来た仮設竈で焼かれていく。


 ジュウジュウと良い音を立て、ニーナとベクトルの、渾身のリンゲルガ料理が出来上がっていく。


 ニーナからの「さあどうぞ召し上がれ」の合図に、皆がリンゲルガにガブリつく。


 食いしん坊のシェリーやディオンは、もうその美味しさに夢中だ。


 研究組もこれまで味わったことの無い美味しい食べ物に、舌鼓を打っている。


 ベランジェが口から溢れるソースや肉汁を、服の袖で拭こうとするので、勿論それは補佐官のグレイスが止めに入る。


 布巾でベランジェの口周りや、手などを甲斐甲斐しく拭いて上げる。


 そして気が利くグレイスは、チュルリやチャオまで口の周りを汚しているので、こちらも同じお世話をする。


 そしてついでにクラリッサにもお世話を始めた。


「フフッ、クラリッサ様、ほっぺにソースが付いていますよ」

「えっ? そ、そうか? すまない」

「あ、ダメですよ、手で拭おうとしたら、ちょっとだけ失礼しますね」


 グレイスは研究組にやったとお同じように、クラリッサの頬に付いたソースを優しく拭いて上げた。


 クラリッサはベランジェと同じ扱いを受けたと分かっていても、何か矢のような鋭い物が胸に突き刺さったことがわかった。


 堪らんほど可愛いグレイスに、クラリッサは昨日からキュンキュンしてばかりだ。


 このままではキュン死してしまう。


 瀕死のクラリッサに、グレイスは手加減などしなかった。


「はい、綺麗になりました。うん。とっても可愛い」


 そう言い残すと、グレイスは「フフッ」と可愛く笑い、今度はシェリーやディオンの下へ行ってしまった。


 だがしかし、グレイスがクラリッサに落とした爆弾は、とてつもなく大きなものだったらしい。


 折角のリンゲルガパーティーだったのだが、クラリッサはその後肉の味が分からなかったようだ。


 スーパー世話好きグレイスは、無意識に被害者を作る様だ。


 クラリッサの今後の健闘を祈ろう。


 

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