第93話王都の噂
ナーニ・イッテンダーと、そしてその手下である間者のグレイスを追っている王の補佐官の下に、ある情報が入って来た。
それは王都の街に 「お忍び王子が来た!」 と言うものだった。
先ずは王都の入門を守る兵士からの報告書だ。
冷たい目をした冷酷王子が、歴戦を勝ち抜いてきた様子の、瞳をギラリと燃やす騎士を従え、自分の弟や妹達を連れて、王都の街に観光にやって来たと書いてあるのだ。
通行証には商人だと書かれていたらしい。
だがどこからどう見ても、お忍びの王子にしか見えなかったようだ。
自国の王子では無い事は勘の鋭い補佐官にはすぐに分かった。
補佐官は自分の推理能力の高さに自負がある。
そして報告書に記載されているその冷酷王子の推定年齢や、容姿の特徴を見て、やはり補佐官は自分の推理が正しかったとピンッときた。
自国の王子はまだ10歳。
どう考えても商人のフリは無理だろう。
それに我が国の可愛い王子が、冷酷王子などと呼ばれることはあり得ない。
もしやこの冷酷王子こそがナーニ・イッテンダーの主人?
悪の親玉?
呪いの名手ナーニ・イッテンダーと、変装が得意な間者のグレイスを使い、この国の重要人物四人を連れ去った……
そう考え至れば、補佐官は (俺って名探偵じゃんっ?!) と自分の推理に納得できた。
「やはり……敵国の陰謀だったのか……」
と自己満足の推理を呟き、補佐官は次の報告書に目を通す。
そこには冷酷王子と弟王子が立ち寄った店が書いてあり、そこにはクラリッサやアルホンヌが一緒だったとも書かれていた。
そして別の報告書には妹姫と、大聖女であるシェリルが一緒だったと書かれていた。
それも報告書の日付はみな同じ日時。
やはりこの冷酷王子こそが敵の親玉だ! と補佐官は素晴らしい推理能力を発揮していた。
「すぐに街へ偵察へ行く! 準備をしろっ!」
「ハッ!」
補佐官は自分で敵の親玉である冷酷王子の情報を集める為、街へ行く事にした。
城内で情報を集めるにももう限界がある。
特にあの呪い課の課長は役に立たなかった……
と、そう思っていたからだ。
城内に忍び込んでいた間者グレイスの事を、知る人間達皆に聴取をしてみれば、皆グレイスに騙されているのか褒めてばかりだった。
それも城の掃除の婦人達などは、仲間なのでは? と疑いたくなるほどの褒めちぎりようだった。
「素直で可愛い」
「笑顔に癒される」
「仕事を支え、褒めてくれる」
「ただ好き」
などなど……
出てくる言葉は賛辞ばかり。
補佐官が「君達はグレイスに騙されている!」と本当の事を伝えれば、何故か皆が箒やチリトリを掲げ、補佐官を殺さんばかりに睨んできた。
それからというもの、誰一人グレイスの話を補佐官にしてくれる者はいなくなった。
人身掌握が得意な間者グレイスの、恐ろしさを補佐官が垣間見た瞬間だった。
それに、あの役立たずの呪い課の課長だ!
グレイスが城に顔を出したのならば、自分にすぐさま報告するべきだったのだ!
なのに「えー、そんな事はお願いされてないしー」とか、「グーちゃんは良い子だもんねー」とか、「ベランジェ様は自分から望んで出て行ったんだもーん」とか……
呪いで頭が可笑しくなったのか、訳の分からない事を言っていた。
そこで補佐官はハッとする!
そうだ、忘れてはいけない! ナーニ・イッテンダーは呪いが得意だ! 呪い課の課長もまた、呪われ、操られているのだろう……
そう、呪いの名手ナーニ・イッテンダーは、誰も知らない呪いの葉書を使い、ベランジェ、クラリッサ、アルホンヌ、シェリルを騙したらしい。
その葉書に触れた人間は皆、ナーニ・イッテンダーに、そして間者グレイスに心酔している。
敵ながら、なんて凶悪で恐ろしい技を使うのか……
呪いの名手、ナーニ・イッテンダー。
きっと敵国では有名な魔法使いなのだろう。
呪いの魔法の本当の怖さを、初めて感じた補佐官だった。
先ず補佐官は、情報が上がっていた武器屋へと向かった。
そこは金の騎士、アルホンヌお気に入りの武器屋。
王都でもかなりの有名な店だ。
頑固親父が店主をしていて、なんでも気に入った者にしか剣を販売しないらしい。
王城の騎士達が、いずれはここで自分の剣を作れたら……と、憧れる武器屋でもあるようだ。
その店に補佐官は意気揚々と乗り込んだ。
「すまん、店主はいるか?」
補佐官が自分の補佐官と、そして護衛をぞろぞろと連れて店に入ると、店員はポカンとした表情になった。
武器屋に相応しく無い、高貴な人間が来て驚いているのか? と補佐官はフッと笑みを浮かべたが、店員はピンクのフリフリレースの補佐官の洋服に(この人オッサンだよね?)と只々その服のセンスの凄さに驚いていただけだった。
「えーっと、お客様? 申し訳ありません、今日は店長は不在ですが……」
「不在? いつ帰ってくる?」
「さあ? 剣の素材探しの旅にでたので、早ければ一週間? 良い物がなければいつ戻るか分かりません……」
いつ戻るか分からない?! と聞いて補佐官は頭を抱えた。
もしや知らず知らずのうちに、この店の店主にも、そしてここのところ運のない自分にも、ナーニ・イッテンダーの呪いがかかっているのだろうか? と不安になった。
補佐官の背中に冷たい汗が流れる。
だが!
王の補佐官として、このまま黙って引き下がる訳にはいかない!
敵の作戦に負けてなるものかっ!
補佐官は呪いの恐怖から逃れる様に深く深呼吸をすると、勇気を出し店員にまた話しかけた。
「あー、君はアルホンヌ様が、最後にこちらにいらした日を覚えているかな?」
補佐官の言葉に店員の顔が急に花開いたかの様にぱああっと明るくなる。
先程まで眉間に皺を寄せて補佐官を見ていたのに、今はそれも無い。
嬉しくって嬉しくってしょうがない、店員はそんな表情だった。
「覚えてますよ! 弟子でお兄様のミニ王子様を連れて来られた日ですね!」
「はっ? 弟子でお兄様で? ミ、ミニ王子?」
補佐官は店員の言っている意味が分からなかったが、店員は夢見る様な様子で「マジで可愛かったなー」と、何故か天井の方へと視線を送り、赤い顔のままジッと見つめていた。
話が聞こえていた他の店員達も、ニヤニヤと気持ち悪い顔をしながら「プリ、プリリ」とよく分からない言葉を呟いている。
まさかここも既に敵国の王子の手に落ちている?!
店主も実は旅では無く、誘拐なのかっ?!
名推理が得意な補佐官は、また良からぬ方向へと考えが進んでいた。
「あー、君、悪いが店主が戻ったら、城へと連絡が欲しいと店主に伝えて貰えるか?」
「あ、はい、畏まりました。えーと、それで、お客様のお名前は?」
「フッ、私は王専属補佐官、バーソロミュー・クロウだ! 気軽にミューと呼んでいいぞ、店主にそう伝えてくれ」
補佐官のミューはそうカッコつけて名乗りを上げると、マントを翻し店を後にした。
店員が(王城の補佐官って、あんなヒラヒラブリブリした服着なきゃいけないだなんて、大変なんだなー)なーんて思っている事は気付きもしていない。
そんな名探偵な補佐官であるミューの、勘違い捜査はまだまだ続くのだった。
☆☆☆
こんばんは、白猫なおです。(=^・^=)
いつも応援ありがとうございます。久しぶりの二話投稿です。一日おきに二話投稿出来たらと思っております。宜しくお願いします。
補佐官、やっと名前出ましたー。(笑)
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