大聖女神殿

第91話帰宅後のお話

 ベンダー男爵家に戻ったニーナ達は、夕食の席で今日あった事を報告し合った。


 ニーナからこのベンダー男爵家の呪いの糸口が見つかったと聞けば、皆笑顔になる。


 呪いの鍵は大聖女神殿と王城にある。


 ある程度ハッキリと呪いの種類が分かったら、城へと乗り込む……いや、現王と話をする予定だとニーナは言った。


 現王アレクサンドル・リチュオル。


 彼もまたニーナの教え子の一人。


 そしてシェリル、ベランジェの弟分でもある。


 けれどその事を聞いても驚くものはここにはいない。


 チャオやチュルリは「ふーん、そうなんだー」と気軽な感じ。


 ファブリスは「流石ニーナ様、我が主!」と益々ニーナラブに熱が入る。


 常識人のグレイスでさえ、ここでの生活、そしてニーナに慣れてきた為「ニーナ様らしいです」でとどまる。


 残りの面々はニーナの異常さには驚きもしない。


 そう、ニーナは神にまでなったと言われているセラニーナ様。


 もうその存在は王よりも上。


 今更教え子だと聞いても、驚くものなどこの屋敷にはいるはずが無いのだった。






 そして話は森へのピクニック……いや、修行へ行った話となった。


 ディオンやシェリーから森で蛇魔獣のリンゲルガを倒した話が出ると、ニーナの目が鋭く光った。


 何故ならリンゲルガは売れば相当な値段になる。


 王都の闇ギルドや肉屋でこれまで捕獲した魔獣を売ったとはいえ、ベンダー男爵家はまだまだ貧乏だ。


 先ず、ディオンとアランの剣はかなり良いお値段だった。


 流石この国一の騎士、アルホンヌとクラリッサ御用達の店。


 そう、闇ギルドで売った魔獣の売上の半分以上がディオンとアランの剣の購入だけで飛んでいった。


 まあでもそれは必要経費、仕方がない事だ。


 そして使用人や弟子達の給料。


 今後はこれを毎月支払わなければならない。


 それもニーナのもとに集まってくれた皆は高給取り、それに今居る使用人たちも皆優秀、ちょっとのお給料という訳には行かない。


 ニーナは実力に見合った給料を支払いたいと思っていた。


 それに出来ればボーナスだって夏冬渡したい。


 皆良く働いてくれているので、ニーナは感謝の意を示したかった。




 そして今後はベンダー男爵家領を立て直す為のお金が必要となる。


 捕獲した魔獣はジャンジャン王都で売り捌く予定だが、それだけでは足りない。


 ポーションや魔法袋を売るにしても、ニーナにしか作れない物では本当の意味での復興にはならない。


 ベンダー男爵領の特産品を作らねばならない。


 ニーナはそう思っていた。


「ニーナ、リンゲルガってとーっても美味しいんでしょう? お家で食べられる?」

「ええ、お姉様、明日にでも早速捌きましょうね。フフフ、リンゲルガはドラゴンさんのお肉のお味にちょっとだけ似ているのですよ」

「ええー! ドラゴンさんの味?! どうしよっ! 私すっごく楽しみになったよー」

「俺も! 早く食べたい!」

「フフフ、お兄様、お姉様、明日にでも皆でリンゲルガパーティーを致しましょうね。きっと楽しいですわ」

「うん、やるやるー! わーい! やったー! パーティーだー! にくにくにくー!」


 蛇魔獣リンゲルガ。


 それはとても凶暴な魔獣。


 その名を聞くだけで、卒倒する者がいるぐらいの恐ろしい魔獣。


 リンゲルガパーティー……


 そんな恐ろしい言葉を喜ぶのは、この場にいるメンバーぐらいだろう。


 ニーナの可笑しな感覚のお陰で、姉兄であるシェリーもディオンもリンゲルガイコール美味しい魔獣となっているが、世間では ”美味しい” ではなく ”恐ろしい” が正しい。


 だがしかし、この場にそれを正してくれる者は誰もいない。


 比較的常識人のグレイスやファブリスでさえ喜ぶベンダー兄妹を見て、良かったねと目尻が下がる。


 ニーナの弟子だった四人は始めから感覚が可笑しい。


 そしてアランやベルナールもここでの生活に慣れてしまっている。


 この感覚のまま成長して大丈夫なのか……


 いずれ貴族学校に通いだした時、この二人の感覚がどう受け止められるのか……


 だが、そんなディオン、シェリーの将来が不安になる者はもうここには居ない。


 ベンダー男爵家の普通……


 それがいずれ人々に恐怖を与えることを、この屋敷のものは誰も気が付かないのだった。


 残念。



「シェリル、来週王都の王立図書館へ行く際に大聖女神殿へも行きたいの、案内をお願い出来るかしら?」


 ニーナの問いかけにシェリルは品ある笑顔を返す。


 今日はお留守番をしてプルースやチャーターの相手をしていたので、二体の魔道具人形はすっかり懐きシェリルに甘えるようにピッタリとくっついている。


 そんな呪いの人形にしか見えない二体の頭を撫でながら、シェリルは喜んでいた。


 師匠のお願い。


 シェリルは二つ返事で了承した。



「では司祭に連絡を入れておきましょう……あら、でもこちらから手紙を出せるのかしら?」


 シェリルの言葉はごもっともで、ベンダー男爵領には残念ながら郵便屋さんは無い。


 隣町まで行っても良いが、届くころには王都へ行く時期になるだろう。


 仕方なく明日御者のドラコをニーナの魔法であちらの屋敷に送り、大聖女神殿に連絡を入れて貰う事になった。


 大聖女神殿は今シェリルの跡を継いだ聖女達が頑張って支えている状態だ。


 シェリルが行って顔を出せばどうなるか……


 しっかりと仕事を引き継いだシェリルは、自分が司祭たちに引き止められていたのも、お世辞の様な気遣いだと思っていた。


 なのでシェリルが「帰りますね」と連絡を入れても、まさか大騒ぎになるとは思ってもいないのだった。


 大聖女様のお戻り。


 大聖女神殿が大揺れになるのは間違いない事だった。




「そう言えばグレイスはご実家はどうでしたの?」


 ニーナに声を掛けられ、ザナの手伝いをしようと、皿を片付けだしていたグレイスの手が止まる。


 そしてニーナに笑顔を向けて元気よく答えた。


「はい、家族には会えませんでしたが、家の中は変わっておりませんでした。後、呪い課に少しだけ顔を出して、呪い課長とお話をしてきました。フフフ……ベランジェ様を羨ましがっていましたよー」

「まあ、そうなのですね、今度一度グレイスの御家族様にご挨拶をしなければなりませんわねー、ベランジェがとってもお世話になっているんですもの……」

「いえいえ、そんな、お世話になっているのは私の方ですから!」


 グレイスは本気でそう思っているが、誰もその言葉に頷かない。


 どう考えても世話になっているのはベランジェだ。


 常識人ではないベンダー男爵家のメンバーでも、流石にそれぐらいは分かったのだった。

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