第90話補佐官の苦悩
「呪い課長、今の青年は? ここで初めて見るが新人か?」
「えっ? ああ、グリグレ君? 彼はご飯を持って来てくれたんだー、良かったら補佐官も食べますかー?」
補佐官は食事に群がる意地汚い呪い課の面々を見て「いらない!」と言おうとしたが、その言葉を飲み込んだ。
何故ならば並べられた食事からは滅茶苦茶良い香りがしたからだ。
出来たてホヤホヤの美味しそうな料理。
まだお昼を摂っていなかった補佐官のお腹がグーと良い音を立てた。
「ホラ、どうぞ、このカツサンド、旨いから食べてみて」
呪い課の食事。
聞くだけでも恐ろしいが、出されたものを断るのも申し訳ない、補佐官は勇気を出してカツサンドに口を付けた。
その瞬間目が飛び出しそうになった。
旨い! 美味すぎる! えっ、なにこれ?! もしかしてさっきの青年はスーパー料理人か?!
名前はグリグレ君だったか?
素晴らしい料理の才能だ!
是非城の料理人にスカウトしよう!
補佐官はカツサンドをたった一口口にしただけで、グレイスの料理の虜になってしまった。
「呪い課長、先程の青年……あー……グリグレ君だったか? 彼はどこの料理人だろうか?」
呪い課長は頬いっぱいに食べ物を詰め込んでいた為、うんうんと何かを唸った。
多分ちょっとまってとでも言ったのだろう。
補佐官は仕方なく呪い課長がお茶を使って食事を流し込むのをまった。
「ぷっふぁー、補佐官さんっていっつも急だよねー。ああ、でもグーちゃんはダメだよ。料理人じゃないからねー」
「りょ、料理人じゃない?!」
これ程の腕前で?!
こんなにも美味しい物を作るのに?!
補佐官は驚きすぎてカツサンドを持ったまま固まってしまった。
「グーちゃんはねー補佐官だからさー、それもベランジェ様の補佐官だからねー、あんな良い子ベランジェ様が手放さないと思うよ」
「ベ、ベランジェ様の補佐官?! えっ? ちょっと待て、それはどういう事だ?」
「どういう事って……前にも言ったでしょ? ほら、この前王様の前で、グーちゃんはとっても良い子だよーって……」
呪い課長の話をそこまで聞くと、補佐官は呪い課を飛び出していた。
ベランジェ様の補佐官と言う事は、あの青年こそが他国の間者グレイス!!
まさか名前を偽って、我が物顔でこの王城へと顔を出すとは!
敵ながらなんて面の皮が厚い奴なんだ!
補佐官は補佐官の補佐官を引き連れて城内を走った。
マッハで走った。
今ならまだ追いつける!
間者グレイスを捕まえて、ナーニ・イッテンダーの情報を聞き出さなければならない!
この国の重要人物を誘拐した罪を裁かなくては!
このまま見逃しては、国の恥っ!
そう思い補佐官は全速力で城内を走り、出口へと向かったのだが、残念ながら間者グレイスの姿はもうどこにもなかった。
「この私の瞬足を巻くだなんて……逃げ足の速い奴だ……」
だが顔は覚えた。
間者グレイス!
次こそ捕まえてやる。
勘違い補佐官の苦悩は、まだまだ続きそうだった。
「ハックション!」
グレイスは急にゾクリとするとクシャミが出た。
やっぱり呪い課には何か目に見えないものがあるのかも?
そんな気がした。
でも呪い課の皆に食事を喜んでもらえたことは嬉しかった。
グレイスはベンダー男爵家へ行ってから、料理の腕前が上がった気がしていた。
食材が素晴らしいことも一理ある。
それにニーナ様に教わり、デザートのレパートリーも増えた。
将来自分の店を持っても良いかもなぁ、なーんてそんな事を考えながらグレイスは久しぶりの街を歩く。
生まれた時から王都に住んではいるが、これ迄は学校や仕事が忙しく、こんなゆっくり街中を歩くことなんて出来なかった。
ベランジェ様の研究室に移ってからは、あの ”呼び戻してくれ隊” の四人に追いかけまわされて自宅にさえ帰れない日々が続いていた。
でもベンダー男爵家では違う。
仕事も楽しいし、休憩時間もしっかりとある。
それに趣味の料理や、園芸を楽しむ時間まで持てている。
それに何よりもベンダー男爵家の皆が良い人達ばかり。
家族。
そう言えるほどベンダー男爵家の皆が愛おしくって仕方がないグレイスだった。
「お兄さん、ちょっと寄って行かないかい?」
露店の親父がニコニコしながら歩くグレイスに声を掛けてきた。
その露店では街娘向けの装飾品を置いていた。
どれも店主の手作りなのか味がある。
思わず気になった物を手に取って見ると、店主がニヤニヤしながら声を掛けた来た。
「お兄さん、これからデートなんじゃないのかい?」
「えっ?」
「ハハハッ、さっきから顔がニヤケてたからねー、好きな女の事でも考えていたのかと思ってよー」
「いやいやいやいや、そんなんじゃないですよー……」
ただベンダー男爵家の皆の事を考えていただけなのに、グレイスはどうやら店主が気が付くぐらいニヤケ顔になっていたようだ。
恥ずかしい。
顔から火が出るぐらい恥ずかしい。
いや、でも皆の事が好きなのはちっとも恥ずかしくない。
そう、ニヤケていた自分が恥ずかしいだけだった。
「それ」
「えっ?」
「そのブレスレット、怪我から身を守るお守りなんだよー。どうだい買わないかい?」
「お守り? ですか?」
「ああ、俺の力作だが、可愛いお兄さんになら安くしとくよー」
「えっと……じゃあ、お願いします」
「はいよ、まいどありー」
人の良いグレイスに、店主の売り込みを断る事など出来ず。
自分では使い道のなさそうなブレスレットを買ってしまった。
でもまあいっか。
そう、今のグレイスはとっても幸せ。
仕事も順調。
友人にも恵まれている。
上司にも、そして家族と呼べる人にも恵まれている。
幸せいっぱいだー!
グレイスは購入したブレスレットを魔法袋に大切にしまうと、皆との待ち合わせであるニーナの屋敷に向けて歩き出した。
まさか間者として疑われているとも知らずに……
そう、グレイスの背中には、勘違いからの不穏な影が近づき始めていたのだった。
☆☆☆
これでこの章は終わりです。明日からは新章に入ります。(=^・^=)
補佐官の勘違いな苦悩はまだ続きます。グレイス君頑張れー。
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