第89話その頃のグレイス
ニーナ達と分かれたグレイスは、実家へと向かっていた。
庶民街にある極一般的な、周りにも同じような形の建物が沢山ある、二階建ての平凡な屋敷がグレイスの実家だ。
貧乏でもなく、飛び抜けてお金持ちでもない。
家族五人が普通に生活出来る。
そんな平々凡々で、温かい幸せな家庭がグレイスの実家だった。
「ただいまー」
自宅に帰り、一応中に向かって声を掛けるが、勿論返事はない。
この時間、働き者の両親も兄も仕事だ。
そして弟は今頃学校だろう。
連絡も無く突然帰って来たのだ、家族の出迎えが無くても当然だった。
グレイスはそのまま屋敷内へと進み、先ずは自分の部屋へと向かった。
ベランジェ様の仕事について行く為に家を出ると両親には伝えていたが、まさかこんなにも早く戻ってこれるとは思っていなかった。
なので自分の部屋を見渡しても変わった様子は何もない。
相変わらず隙がないほど整理整頓出来ている。
グレイスは取り敢えず自室の窓を開け、空気の入れ替えをする。
そしてその間に家族へのお土産をリビングのテーブルへと並べた。
ニーナが作った焼き菓子や、エクトルとグレイスで一緒に作ったパンやジャム。
それにニーナ特製の茶葉も置いておく。
グレイスの家族は皆家事が得意だ。
誰がお茶を入れても美味しく飲めるだろ。
その上ニーナの作り上げた茶葉だ。
グレイスは家族が大喜びする姿が手に取る様に分かった。
ただし、ニーナに教わった特別なお茶の淹れ方は家族は誰も知らない。
ゆっくり会える時にでも教えて上げよう。
グレイスはそう思っているが、本来ニーナの特別なお茶の淹れ方は誰でも出来るものではない。
チャオやチュルリがいい例だ。
けれどグレイスの家族ならば出来るはず。
そんな凄い事だとは知らないグレイスは、気軽にそう考えていた。
「あー、暇だなー、うーん……夕飯の準備と掃除でもしよっかなぁ」
動いていないと死んでしまうのか? と心配になるぐらいグレイスは働き者だ。
手持ちぶたさを誤魔化す様に、グレイスはエプロンを付けると家中の掃除を始めた。
家事魔法を教わったグレイスの掃除は、これまで以上に完璧だ。
元々綺麗好きな家族の集まりのグレイス家は、誰が見ても褒めちぎる程に綺麗になった。
これならば綺麗好きなニーナだって、「ワンダホー!」 と褒めてくれるだろう。
多彩なグレイス。
それはグレイスの家族全員も同じだ。
皆綺麗好きで働き者。
ニーナがグレイスの家族に会ったらどうなるか……
きっと心の中で涎を垂らすことだろう……
魔法のお陰であっという間に掃除が終わったグレイスは、今度は料理に手をつける。
ニーナに貰った魔法袋から、ロイクの愛情がたっぷり詰まったベンダー男爵家自慢の野菜を取り出し、慣れた手つきで料理を始める。
メインはマナバイソンの肉を使ったカツレツだ。
きっと家族は喜び、驚く事だろう。
そんな姿を思い浮かべ、グレイスは楽しみながら料理を進める。
だけど手際の良いグレイスの料理はあっという間に終わってしまい、また暇になる。
「うーん、どうしようかなー、街にでも出てみようかなー……うーん、あっ! そうだ!」
グレイスはそこでハッとする。
そう、ベランジェの引っ越しの荷物の中に、呪い課の本が紛れていた事を思いだした。
ベランジェの補佐官として、これは見逃せない事だった。
「よし! 時間もあるし、呪い課に顔を出そう。課長にも少し料理を持って行こうかなー」
グレイスは家族に手紙を残し、戸締りをすると王城へと向かった。
呪い課の課長に謝って、ベランジェが借りっぱなしだった本を返そう。
借りた本にはちょっとだけ、ベランジェが溢したトマトジュースが付いているけれど、きっとお土産の料理を見せれば怒られることはないだろう。
呪い課の方達が優しいことはグレイスにはもう十分に分かっていた。
グレイスは実家を出ると、王城へと普段通っていたように歩いて向かった。
実家から王城までは歩いて大体一時間。
グレイスの早歩きで40分。
けれど最近ファブリスに習った秘密兵器がグレイスには有った。
そうそれは転移。
ベランジェ様に呼ばれて駆けつけるのに便利だなーと思ってファブリスに教えてもらった。
言っておくが普通は 「便利だから転移覚えよう!」 などで転移は出来ない。
そう、特別な能力だ。
だけどそこがグレイスの凄いところ、生まれつき器用な為、まるでオウムの声真似のようにファブリスの転移を物まねした。
そう、グレイスはファブリスの説明を一度聞いただけで、部屋の端から端までの距離を転移出来るようになったのだ。
なので王城までの道すがら、練習がてら数回に分けて転移をする。
「うーん……やっぱり10回が限度だなー、これ以上転移すると疲れそうだ……」
ここでもグレイスの自己評価の低さが炸裂する。
先ず覚えたばかりの転移を気軽に使える事がおかしい。
そしてそれを10回も連続して使える事もおかしい。
グレイスはニーナと仲間達という不思議な生き物と出会った為、自分の存在が小さなものだと思っている。
きっとこの先も暫くは自分の価値にグレイスが気がつく事はないだろう。
常識が比較的あるカルロあたりが突っ込んでくれる事を祈るばかりだ。
「こんにちはー、呪い課長、いらっしゃいますかー?」
グレイスは慣れた様子で呪い課へと入って行った。
もう怯えていた頃のグレイスはいない。
ニーナ以上に恐ろしい……ゴホンッ、不思議な存在などこの世のどこにもあり得ないことを知っているからだ。
呪い課の課長はグレイスを見ると、手を上げニコニコ顔で出迎えてくれた。
「やあ、やあ、やあ、グリグレ君! 良く来たねー! 会いたかったよー」
呪い課の課長の言葉は本心だ。
何故なら自分もベランジェに付いて行きたかったから。
グレイスの話を聞きたい! そう思っていた。
「課長、申し訳ありません……あのベランジェ様が本をずっと借りっぱなしだった様で……」
恐る恐るグレイスが本を差し出せば、課長が気にしたのは本……ではなく魔法袋だった。
(もしやコレは彼の方の作った品?)
(ええそうです彼の方の作った品です)
二人は目が合っただけでお互いの気持ちが理解出来た。
いつの間にやら以心伝心出来る二人。
ベランジェがこの様子を知ったら焼きもちを焼きそうだ。
「あ、あと、課長、これ私が作った料理なのですが皆さんでどうぞ、お昼にでも召し上がって下さい」
その瞬間呪い課全員が課長のデスクに近づいて来た。
一体こんな人数どこにいたんだ? と不思議なぐらい湧いて来た。
その様子を見て、グレイスはちょっとだけハイエナみたい……と思ってしまったが、勿論口に出す事は無かった。
出来る男グレイス。
言葉の気遣いも完璧だった。
「失礼! 課長は居るかな?」
「あ? 補佐官? あんたまた来たのかぁ?」
「ああ、ナーニ・イッテンダーの調べはまだ付いていないからなぁ、君の協力が不可欠だ」
グレイスは補佐官の登場に驚いた。
数名の部下を引き連れて、威張った様子で部屋へとやって来た。
これは補佐官でもかなり高位の補佐官だ。
自分は話の邪魔になる。
そう思ったグレイスは呪い課を後にすることにした。
ベランジェの借りていた本も返したし、スッキリスッキリ。
グレイスは「課長、失礼します」と声を掛けると、城を後にした。
久しぶりに街にでも行こうかなー。
ここでも時間が余ったグレイスはそんな事を考えていたのだった。
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