第81話呼び出された事務課長

 第16事務課の課長は今とても緊張していた。


 何が何だか分からないが、突然王直属の補佐官に呼び出されたのだ。


 仕事中連絡が来たときは耳を疑った。


 連絡に来た先触れ課の人物に「ここは第一事務課でも第六事務課でも無いですよ」と、部署の課札番号を見間違えたのではないかと本気で疑ったぐらいだ。


 そもそも下っ端の第16事務課は、筆頭事務課の第一課や第六課とは雲泥の差がある。


 あちらは城内でも立派な部所部屋を持っていて、階も違う。


 第16事務課は事務課でも底辺で下っ端。


 いつだってどこだってなんだって、第16事務課には余り物や残り物が割り当てられる。


 第16事務課には冬は寒く夏は暑い、どの課も入りたがらない部屋を割り当てられた。


 それでも一応王城の事務課の事務課長。


 いずれは王の謁見もあったり、仕事をちょっとばかり手伝ったり、したりなんかしてーなーんて第16事務課の課長は夢も見ていた。


 だが実際に王の補佐官に呼び出された今。


 首が飛ぶのか?


 はたまたどっかへ左遷か?


 それとも何かの罪を着せられるのだろうか?


 と悪い事ばかりを想像していた。


 そして今小さめの応接室に通された事務課長は、眼光鋭い補佐官と向きあっていた。


 部屋の扉の内にも外にも屈強な騎士がいて、凄い圧でこの部屋を守っている。


 そして窓付近にも騎士二人、こちらは外を警戒している様だった。


 もしかして私はここで殺される?


 事務課長は自分の最後を覚悟していた。


「第16事務課の課長、仕事中呼び出して済まない。君にどうしても聞きたい事が有ってね」

「き、聞きたい事ですか?」


 こくんと頷く補佐官を見て、事務課長は少しだけホッとした。


 どうやら殺されることだけはなさそうだ。


 もうそれだけで幸せだった。


 何でも聞いて下さい、何でも答えます!


 安心した事務課長にはちょっとだけ笑顔まで浮かんでいた。


「先日君の課に不思議な葉書が届いたと思うが……送り主のナーニ・イッテンダーが何者か分かるか?」

「……ナーニ・イッテンダー……?」


 事務課長はそんな名前だったかな? と疑問に思ったが、事務課長自体あの葉書の送り主の名は曖昧だったし、王の補佐官ほどの人物が調べ上げた名前が間違っているなどあり得ないと自分を納得させた。


 そして間違ったら怖いので、知っている事だけを正直に話すことにした。


「えーと……それは……あの呪いの葉書の事ですよね?」

「呪いの葉書……? それはどう言う事だね? あの葉書はベランジェ様宛だったから呪い課に持っていったのではないのか?」

「い、いいえ……えーと……研究所宛の手紙の管理は第15課になりまして……我が第16課では城の騎士様宛に届く手紙を管理しておりまして……受け取ったのはクラリッサ様宛と、アルホンヌ様宛の手紙でして……」

「ほう……炎の騎士と、金の騎士にも手紙が届いていたと? それもナーニ・イッテンダーからの物だったのか?」

「あ、はい、そうです。あと大聖女神殿のシェリル様宛にもその……ナーニ・イッテンダー? からの手紙が届いておりました」

「大聖女様にまで?!」

「えっ、ええ、そうです……司祭が呪いの葉書を届けに来ましたから……」


 王の補佐官はドンッ! とテーブルを叩いた。


 それに驚き事務課長は「ひゃいっ」と不思議な驚き声を上げる。


 怖い怖い怖いよーと心の中は大忙しだ。


 外にいた騎士も補佐官の声を聞き何事かと部屋を覗き込んできた。


 それがまた事務課長に恐怖を与える。


 この人達マジ怖い!


 事務課長は漏らしそうだった。


 だが補佐官はそんな事はどうでも良かった。


 何故なら怒りが収まらなかったからだ。


 自分の部下たちの調べでは、呪いの葉書の件も、それから消えた四人にその葉書が届いていたことも、それにそのナーニ・イッテンダーが送り主で有ったことも、何も報告が届いていなかったからだ。


「使えない能無しめっ!」


 補佐官の呟きを聞き、事務課長は自分に言われたのだと思い青くなる。


 自分の命の危機を感じた事務課長は、補佐官が何を考えているかを推理した。


 もしかして王様は呪いの葉書に興味が有ったのか?


 それともナーニ・イッテンダーが美女で側室にでも迎え入れたかったのか?


 いやいや、もしかしたらナーニ・イッテンダーが重犯罪者で、国で指名手配されていた人物だったのかもしれない。


 それを見逃した自分に呆れている?


 これは何とか挽回しなければ……


 クビが飛ぶかも!


 もう全身汗ぐっしょりの事務課長は、何か言い忘れたことは無いかと考えを巡らせ、補佐官に命を懸けて話しかけた。


「あ、あ、あ、あ、あ、あの! で、でも、ベランジェ様は、ナーニ・イッテンダーの葉書は呪いの葉書ではないと仰られておりました……」

「どういう事だ! 事務課長、もっと詳しく話してくれ!」


 補佐官が興奮してまたテーブルをドンッ! と叩く、成長した事務課長は今度は変な声を出さずに頷くだけで納められた。


 そして事務課長は震える声で、グレイスが燃やしたり、破いたり、水に流しても何度も届いたナーニ・イッテンダーからの葉書の話をして、補佐官を納得させた。


 そう、その話を聞いた補佐官も、その葉書はどう考えても呪いの一種だろうと思ったからだ。


「四人全員が呪われて連れて行かれた……?」


 補佐官にはそんな考えが浮かんだが、そこでピタリと止まる。


 呪いを受けてあんなに生き生きとするだろうか?


 仕事を辞めまーすと言ってきたときのベランジェ、クラリッサ、アルホンヌの様子は補佐官も知っていた。


 皆それはそれは嬉しそうに、旅行前の子供のような様子だった。


 もしや……魅了の類の魔法か?


 補佐官は嫌だったけれど、また会いたいとはどうしても思えなかったけれど、呪い課の課長にもう一度話を聞かなければ……と思った。


 だがその前に、第15課と、司祭からも聴取が必要だ。


 補佐官は事務課長に「良い情報を貰えた」とねぎらいの言葉を掛け、この事情聴取を終わらせることにした。


「あ、ああ……そうだ、第16事務課長」

「は、はい! にゃんでしょうか?」


 事務課に帰れるとホッとしていた事務課長は、また補佐官に声を掛けられウンザリした。


 早く帰りたいのに―! と顔に気持ちが出てしまっている。


 けれどそんな気持ちに全く気が付かない補佐官は、資料をペラペラとめくると、最後の質問をして来た。


「あー……君の部署にいたグレイス……その青年はどういったものだろうか?」


 そうグレイスは平民出身の為、軽く見られている。


 それが突然ベランジェの補佐になり、有名人四人と共に消えた。


 彼こそがこの問題のキーパーソンでは無いかと補佐官は考えていたのだ。


「グレイスですか? そうですねー……お茶を入れるのが上手ないい子です。まあ、平民出身なんですけどね。では、私はこれで失礼いたします」


 そう言って事務課長は話しは済んだと、逃げるように部屋を出て行った。


 平民出身の事務官グレイス。


 少し調べて見なければと補佐官は思っていた。

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