第82話王直属補佐官の事情聴取
第15事務課の青年は、上司から突然事情聴取を受けて来いとの指示を受けた。
それも王直属の補佐官による事情聴取。
震えながら措定された部屋へと向かう途中、青ざめた司祭とばったり会った。
その顔を見て青年は驚いた。
そうその司祭は、あの呪いの葉書事件のときに見た司祭だったからだ。
「あ、あの……こんにちはー」
「あ、ああ、こんにちは……」
お互いがお互いに相手の顔色を見て心配する。
この人これから絞首刑にでも向かうのだろうか?
と、そう感じたからだ。
二人は自然と並び、無言のままトボトボと廊下を進む。
いつかどこかで別れるだろうと思っていたが、進むうちにどう考えても向かう先は同じだと二人は気が付いた。
そこでやっと自分達が呼ばれた理由が分かった気がした。
絶対にあの呪いの葉書の件だ!
二人はそう確信した。
「「し、失礼し、しまっす」」
「ああ、二人共、良く来てくれた。席へ着いてくれ」
王直属の補佐官に指示された二人は、緊張したまま席へと着く。
さっきから強面の騎士がジロリとこちらを見てくるので怖くて仕方がない。
多分彼らからして見たら、ただ二人の顔を見ただけの事なのだが、既に恐怖で一杯一杯の二人は、見た目以上に騎士の顔の怖さを感じていた。
「急に呼び出して済まなかったな、君たちは ”呪いの葉書” というものを知っているだろうか?」
やっぱり……
二人の脳内に浮かんだ言葉はそれだった。
「は、はい、不思議な葉書が届きまして……困っていたところ、グレイス君が相談に乗ってくれました」
「わ、私も、困っていまして……王城へ来たところ葉書関係は第16事務課だと案内されて、その時グレイス様が葉書を引き取って下さったのです」
またでた……グレイス。
一体グレイスという名の青年は何者なのか?
特にコネのない平民出身の青年が、王城の事務課に勤める事が出来るのはとても珍しい。
それに平民ながら試験も申し分ない成績だったらしい。
男爵位でも親が持っていれば、きっともっと良い部署へと配属されていただろう。
能力はある青年……
だが何故グレイスは呪いの葉書を集めたのか?
普通なら面倒事からは逃げ出したいはずだ。
それも呪いだぞ、自分に降りかかるかもしれない。
なのにグレイスはそれを自ら集め、呪い課へと持っていった……
呪いに興味があった?
もしや本来は呪い課に勤めたかったのか?
補佐官はグレイスの情報が載っている資料に目を通す。
入城してして一年目の新米事務官。
だが上司や周りの人間からは仕事が出来ると認められている様だ。
もしやこのグレイスは他国の間者?
そして四人を上手く誘惑し、他国へと連れて行った?
補佐官は二人の言葉を聞いたたった0.5秒の間に、そこまで考えが進んでいた。
キーパーソン、グレイス。
彼をもっと調べなければと、補佐官はそう思い始めていた。
「あー……君たちその呪いの葉書の送り主の名は覚えているかね?」
呪いの葉書の件はもうずいぶん前のこと、二人は顔を見合わせ考える。
確か送り主の名は、平凡な名前だったはず。
そして家名持ちだったことは確実だった……
「な?」
「に?」
「んん? ダー?」
「えーと……テ? ベ?」
二人はうーん……と考えるがハッキリとは出てこない。
怖かった事だけが頭に残り、名前はすっかり消えていたのだ。
「ナーニ・イッテンダー」
「あっ!」
「そう、そんな感じでした!」
やはりナーニ・イッテンダーで間違いないのか……
補佐官は二人が頷いたことで、その名に確信を持ってしまった。
そこから間違いだとは気づきようが無い。
(だが、国の貴族一覧を調べたがイッテンダー家は載っていなかった……)
補佐官は顎に手を置き、考える。
目の前の二人の青年が帰りたがっている事など気付きもしない。
イッテンダー家。
やはり他国の貴族か?
グレイスという間者を使い、この国の重要人物を引き抜いた。
そう考えれば納得がいく。
ただあの方たちの興味をどうやって引いたのか……
そう簡単には他国へと靡く方たちではない。
そこでふと四人の師と呼ばれている一人の女性の名が浮かんだ。
セラニーナ・ディフォルト。
神になったとまで言われるこの国一の有名人。
もし彼女の亡骸を理由に四人が連れて行かれたとしたら……
これは誘拐ともいえるだろう。
四人が嬉々として出て行ったことも忘れ、補佐官はそう結論つけていた。
「あ、あの、補佐官様……」
「あ、ああ……」
思考の階段を一歩一歩登りやっと頂上へと着いたことで、補佐官は呼び出した彼らの事など頭から抜けていた。
思わずまだ居たのか……と言いそうになったが、そこは笑顔で誤魔化す。
補佐官は間違った階段を登り詰めてしまったが、その事には勿論気が付いていない。
ナーニ・イッテンダーによる、四人の誘拐。
セラニーナ・ディフォルト様の死体窃盗。
間者グレイス。
全て間違っているが、ここには残念ながら誰も補佐官を正すものはいない。
それに口に出さず、補佐官の頭の中だけの推理だ。
ただし補佐官だけは自分のその推理に大満足していた。
敵の尻尾は掴んだ!
自分の的確な推理に酔いしれる補佐官だった。
「あの、ほ、補佐官様、グレイス君はとても優しい良い方です。だからベランジェ様に気に入られたんだと思います」
「わ、私もそう思います。グレイス様は嫌な顔をせず、あの葉書を受け入れてくれましたから……」
「そうか……有難う……大いに役立ったよ」
やはりグレイスは間者だと、この二人の言葉を聞いて補佐官は確信した。
間者は紛れて過ごすが、その優秀さは隠しきれない。
そして周りに良い顔をするのは情報を集めるためだ。
グレイスを徹底的に調べ上げよう。
補佐官はそう思っていた。
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