第79話研究……ですわよね?
皆でエクトルの美味しい朝食に舌鼓を打った後は、ニーナはシェリルが開くシェリーとディオンの勉強会の様子を見に行く。
丸いテーブルにシェリル、ディオン、シェリー、チャーター、プルース、そして ”アルノ” と名付けられたドラゴンのぬいぐるみが座っている。
シェリルが教えてくれる勉強に、シェリーとディオンは一生懸命耳を傾けている。
『大姫は美しいのー、ワシも知識人になれそうじゃ、ここにずっといたいのー、大姫の教育はワシにとっての極楽じゃー』
などと、チャーターのそんなオッサン臭い呟きが聞こえなければ、微笑ましい雰囲気だ。
ニーナはそっと近づき二人の勉強の進み具合を確認した。
「あら、お兄様、もう計算問題は完璧ですわね。お姉様も文字がとてもお上手になりましたわ」
ニーナに褒められ二人は照れながらも嬉しそうだ。
またその姿がとても可愛らしい。
そしてあの兄妹三人お揃いのペンの効果もあるのか、二人の学力は随分と上がっていた。
それに大聖女のシェリルは受験に詳しい。
これまで多くの聖女見習いを教育して来たのでそれは当然だ。
それもつい最近まで教鞭をとっていたのだ。
受験対策は完璧と言えるだろう。
ディオンの受験まで後一年ちょっと
思った以上のディオンの成長に、これなら安心だとニーナは胸を撫で下ろしていた。
そして勉強部屋を出たニーナは研究組の下へと向かう。
そう、研究組の住処になっている花の屋へと向かう。
ベランジェは自分の魔法袋に研究道具一式を詰め込み持って来たので、離れの一階部分は研究室と呼べる状態になっている。
その上整理整頓、掃除が得意なグレイスのおかげで、あの手がかかるベランジェが居るというのに、ニーナがいつ行っても離れは綺麗になっている。
グレイスが居てくれて本当に良かった。
ニーナはここでもまたそう思っていた。
ニーナが花の屋に着くと、研究組のベランジェ、チュルリ、チャオが何やらヒソヒソ、コソコソとやっていた。
ニーナが部屋に入って来たことにも気が付かないほど、皆自分たちの話しに夢中だ。
研究組にはどうしても似通った性質があるのか、夢中になると周りが見えなくなってしまうようだ。
そこは多少なりともニーナにも同じような部分がある。
目の前にお金になりそうな……いえ、珍しい魔獣でも現れたら、ニーナはなりふり構わず無傷で捕まえる事だろう。
それに世にも珍しい薬草でも目の前に現れたら、ニーナはどんな使い道があるか徹底的に調べ上げ、薬や茶葉にでもならないかと金儲けの為……ゴホンッ、世の中の発展の為、力を尽くす事だろう。
まあニーナは研究があってもお風呂やトイレに行く事を面倒くさがったりはしない。
まず基本的に綺麗好きなので、部屋だってどんな事があっても掃除をする。
けれどベランジェとチャオは研究に夢中になると、それが全くできなくなる。
ベランジェに至っては常にその状態だと言ってもいい。
それからチュルリは髪に変なこだわりがあるお陰か、「キューティクルがないと僕の好きなキノコちゃんに似ていないから!」 といってお風呂には念入りに入っている。
ただ研究に夢中になると、チュルリも歯磨きや、洗顔はどうでも良くなるようだ。
そんな困った習癖がある研究組が、何かに夢中になっている。
それはニーナの危険察知能力が過敏に働いた瞬間だった。
「だからー、ベランジェ様ー、キラキラ草を入れた方が絶対に美味しくなりますってー」
「でもねー、チュルリ、キラキラ草は毒草の部類だろう? 気付け薬には持ってこいかも知れないけれど、お茶に入れて取り過ぎるとずっと体が痺れちゃうんじゃないかなー」
チュルリの提案にベランジェが答える。
何をやっているのかは分からないが、キラキラ草は取り扱い注意の薬草だ。
毒にも薬にもなるが……それをお茶に入れると言っている……この三人は一体何をしているのか……
「ベランジェ様、俺は夢見草が良いんじゃないかって思いますよ。疲れが取れてぐっすり眠れる。そんなお茶を作りましょうぜ」
「夢見草かー……悪くはないけど……お茶にして毎日飲み続けたら幻覚見るようになっちゃうよねー、それはちょっと危険かもしれないなー」
今度はチャオの提案にベランジェが答えていた。
夢見草は睡眠薬や麻酔薬にも使われている薬草だ。
けれどこちらも毎日など摂っていたら、体に危険を及ぼすほどの毒となる。
それをお茶にする……この三人が危険な物を作ろうとしている事だけはニーナにはハッキリわかった。
「私はねースッキリ草が良いと思うんだよ。アレを使ったお茶を飲めばどんな頑固な便秘だってイチコロさ、快便は健康に必要な物。スッキリ草を入れたお茶は絶対に売れると思うんだよねー」
「……確かにスッキリ草はお腹に刺激を与えますが、それは健康な便通とは言いません。無理矢理下痢にしてどこが健康なのですか! ベランジェ、貴方はもう一度勉強し直した方が良いのではなくって?」
「「「ひ、ひぃっ! ニ、ニーナ様っ!!」」」
三人は突然背後からニーナに声を掛けられ、飛びあがる程驚いた。
その拍子に実験中の薬草を入れていたビーカーが、ゴロンとテーブルに倒れる。
三人はビーカーに様々な薬草を入れ、どうやら茶葉を作り出そうとしていたようだ。
ニーナはふわっと空中に浮き、テーブルからそのビーカーを取り上げた。
殆どが毒草であり、取り扱いが危険な物ばかり。
確かに少量ならばそれぞれが薬にはなる。
けれどそれら全てを混ぜて飲めば、どうなるかは分からない。
いや、普通に考えて死は免れないだろう。
この三人に食品を作らせてはいけない。
ニーナはその事がハッキリと分かった。
まあ誰にも気づかれず、人を大量に殺めたいのならば別だが……
「貴方達……これをどうするおつもりでしたの?」
「「「ひぃっ!」」」
六歳児の可愛らしい笑顔に三人が悲鳴を上げる。
ベランジェにチュルリとチャオが抱き着き、三人ともライオンを前にした子猫のようにフルフルと震えている。
ニーナは見た目は六歳なので、傍から見ると可愛い少女の前に、変質者が三人白衣姿で集まっているように見える。
だが今追い詰められているのは研究組のこの三人。
セラニーナに怒られることは多少はなれているベランジェが、勇気を出して口を開いた。
「お、お、美味しいお茶を作って、グレイスにお礼をしようと思って……あわよくば売りに出し……人気茶葉にして儲けようかと……も、勿論ベンダー男爵家の為にです!」
「つまり……貴方達は、先ずはグレイスを殺し、その後大量殺人を犯そうとしていたという事ですのね?」
「えええっ?! 私を殺すっ?!」
丁度部屋にやって来たグレイスが、驚き、抱えていた洗濯物を落す。
まさか家族のようになれたと思っていた研究組の皆に、殺されようとしていただなんて……
ショックを受けているグレイスの姿を見て、三人は青い顔のままブンブンブンブンと大きく首を横に振っていた。
「フフフ……グレイス、この子達、貴方に感謝しているそうですよ」
「えっ? か、感謝?」
感謝している人を殺すの?
やっぱり研究組の考えることは一般人の自分には難し過ぎて分からない。
グレイスがそう思っていると、ニーナが口を開いた。
「頑張っているグレイスには私が素晴らしい茶葉を作り上げましょう。くれぐれもこの子達の作り上げる食品は口に入れないようにね。何があってもおかしくは無いですからね……」
フフフ……と可愛く笑うニーナを見て、グレイスは全てを悟った。
まあチュルリが普段から、怪しいものを食べようとしている事を知っていたため、理解が早かった。
親切心から殺されかけたが、感謝し、お礼をしてくれようとする三人の気持ちだけは嬉しかった。
そう気持ちだけは……
グレイスはこの後ニーナのお怒りへの恐怖から、身も心も冷え切った三人に体が温かくなるお茶を出し、ホットケーキを焼いて上げた。
グレイスこそこの三人に感謝している。
三人が大好きだ。
ニーナはそんな素直で可愛いグレイスの命を守るため、研究組の実験からは決して目を離さないようにしよう……と、そう固く決意したのだった。
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