本格的な修行

第78話修行……ですわよね?

「あら、グレイス、おはよう。今朝も早いのね」

「ニーナ様、おはようございます」


 ニーナが朝の日課の温室チェックへ向かうと、働き者のグレイスが先に来ていた。


 グレイスはロイクに色々教わったのだと言って、嬉しそうに薬草達の世話をしていた。


 ニーナの弟子達を連れてベンダー男爵家へ戻ってから、早一週間。


 賑やかになったベンダー男爵家の中で、グレイスは良く働いてくれていた。


 今現在、アラン、ベルナールが暮らしている離れ、そう星の屋には、アルホンヌが加わり三人で生活している。


 アルホンヌは元々なんでも自分で出来る人間の為、星の屋での三人の生活に特に大きな変化はない。


 まあ、寝泊まり以外は本宅で過ごしているので当然だろう。


 そして研究組のベランジェ、チュルリ、チャオ、グレイスの四人は、もう一つの離れである花の屋で生活をしている。


 ベランジェとチャオは汚くても研究さえ有れば生きていけるので、生活能力がとても低い。


 そこを補ってくれているのが、しっかり者で几帳面のグレイスだ。


 ニーナ様に嫌われて追いだされてしまいますよと優しく声を掛けながら、毎日二人をお風呂に入れている。


 これは奇跡に近い。


 グレイスだからこそ出来る技だろう。


 そしてもう一人の研究員、きのこ大好きチュルリ。


 ベンダー男爵家の一部にきのこ栽培所を作り、生き生きとしている。


 ベンダー男爵領には自分が知らないキノコがあったと大喜びだ。


 ただし自ら味見をしようとする危険な性格なので、グレイスにしっかりと見張られている。


 とくに皆のスープにだけは入れさせない様にと、グレイスは頑張っていた。




 そして女性であるシェリルとクラリッサは、ベンダー男爵家の一室を自室として使っている。


 無駄に広いベンダー男爵家。


 部屋は腐る程ある。


 なので選び放題の部屋数の中、二人はシェリーやディオン、それにニーナの部屋の近くを選んでいた。


 それも当然で、こんな可愛い生き物一瞬も見逃せない! と、無駄に顔が良い三兄妹から二人の美女は目が離せない様子だった。



「あら、グレイス、もうこちらに移動して来たの?」

「はい、ニーナ様。私は以前から毎日料理をしていたので、エクトルさんにお願いして手伝わさせて頂いているんです」


 ニーナが温室を出て今度は厨房へ向かえば、働き者のグレイスは先に厨房へと来ていた。


 エプロンを掛け、楽しそうにエクトルの手伝いをしている。


 まだ若い男の子だというのにその手捌きは素晴らしく、確かに毎日料理を行って来た人間そのものだった。


 流石ベランジェを世話していただけの事はある。グレイスは多才で優秀だ。


 ニーナの弟子であるベランジェは、小さな頃から勉強以外全てで手の掛かる子供だった。


 これ迄何人補佐官と言う名の世話係が辞めて行った事か……


 仕事で忙しいセラニーナがベランジェに付きっきりになる訳にも行かず、何度も評判の良い人間を採用してみたが、皆長くは続かなかった。


「起きているのに便意に気付かないなんて……私にはベランジェ様のお世話は無理です!」


 セラニーナの記憶の中の、ベランジェの補佐官の最後の言葉はこれだった。


 研究に夢中になると全てを忘れるベランジェを支えてくれる人間にやっと会えた。


 ニーナはグレイスをそう高く評価していた。



 ニーナは今日のオヤツの下準備を終えると、今度は裏庭へ向かった。


 そこではカカシ人形とプルース相手に戦っているアルホンヌとクラリッサの姿があった。


 アラン、ベルナール、そしてディオンは、その様子を見ながら歓声を送っていた。


「行け行けー! プルース負けるなー! 得意のファイアーボールをお見舞いしろー!」

「カカシくーん! 頑張れ! 右だ、右、右! 相手は素早いぞー!」

「プルース、手加減はいらない! アルホンヌ様とクラリッサ様には本気で行けー!」


 ニーナは笑顔で大騒ぎしている三人に近づく。


 朝練。


 そう、アルホンヌとクラリッサにはディオンとアランの指導をお願いしてある。


 なのにこれではアルホンヌとクラリッサが楽しんでいるだけの様に見える。


 ニーナはそこで深呼吸をする。


 そう、自分は剣の事など何も分からない。


 きっとアルホンヌとクラリッサの騎士としての動きを見るだけでも、修行中のこの三人には勉強になるのだろう。


 そう思い、修行の一環に素人が口出し禁止! と自制していると、戦い終わったアルホンヌとクラリッサがプルースを抱え、ニーナ達の側にやって来た。


「いやー! 楽しかったー! あのカカシ最高だなー! 滅茶苦茶楽しいぜー!」

「ああ、私も久しぶりにワクワクした。プルースの攻撃も良かったぞ、この遊びは毎日続けたいな!」

「ああ! やろうぜ! 朝練は俺とクラリッサがカカシ占領な! なっ、アラン、ディオン、良いだろうー?」


 ニーナの顔に浮かぶ笑顔が美しくなる。


 アルホンヌ、クラリッサ……小さな頃からベランジェとは違う意味で手が掛かる子供だった。


 楽しいことを見つけると本来の目的を忘れてしまう。


 そう、強いけれど他を忘れてしまうのだ。


 アルホンヌが城の一部を壊した理由もコレだ。


 クラリッサに魔法剣を教わり、ついつい夢中になっていたら本気の技が出てしまい城が壊れた。


 この二人は血は繋がっていないが、双子の様によく似ていた。


 大人にまったくなりきれていない二人を見て、ニーナの中で何かが爆破した。


「そう……貴方達……そんなにもカカシとプルースと遊びたいの……では私も一緒に遊んで差し上げましょう……」

「えっ?」

「へっ?」


 ニーナが悪魔と見紛う様な冷たい笑みを浮かべると、地面に埋め込まれていたカカシが宙に浮く。


 そしてクラリッサに抱えられていたプルースも宙に浮き、二体はニーナの後ろに付いた。


 その姿にアルホンヌ、クラリッサが「ヒッ!」と声を漏らす。


 二人が構えるのを見て、ニーナの本気の攻撃が始まった。


 宙に浮いたカカシの振り回す腕の速さは、もうアランやディオン、ベルナールでは目で追えない。


 カカシの二本の腕が、今や八本ぐらいに見えている。


 しかしアルホンヌとクラリッサは流石この国一の騎士、これだけ素早いカカシの動きにもなんとか耐えている。


 ただ顔は必死だ。


 まったく余裕はない。


 いやニーナの怒りに怯えていると言っても良い。


 そうニーナ・ベンダー六歳の、浮かべるその可愛らしい笑顔が何よりも怖かった。


『ケタケタケター』


 一生懸命カカシの腕振り攻撃を避けるアルホンヌ、クラリッサの下に、プルースからの攻撃が容赦なく飛んでくる。


 それはもうファイアーボールではない、ファイアーランス。


 そう槍だ。


 アルホンヌ、クラリッサの顔は引き攣り、これ以上恐れられないほど怯えていた。


 このままではここで命を落とす。


 二人がそう思った時、天使の声が聞こえた。


「みなさーん、ごはんですよー!」


 グレイスの爽やかな声が庭に響くと、ニーナからの攻撃がピタリと止まった。


 カカシは何事も無かった様に地面に戻り、プルースはディオンの腕の中へと飛んで行った。


 この後アルホンヌとクラリッサはその場に倒れ込み、暫く動けなくなった。


 二人はグレイスに心から感謝していたらしい。


 命の恩人だと……


 この日を境に、グレイスはアルホンヌとクラリッサからそう呼ばれる様になった。


☆☆☆




こんにちは、白猫なおです。いつも応援ありがとうございます。

ストックが怪しくなってきましたので暫く一話投稿になります。宜しくお願い致します。(=^・^=)

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