第77話私たちの新しいお家

 ニーナは王都へ来た時同様に、屋敷の庭へと魔法陣を描き出した。


 6歳児がふよふよと宙に浮き、サクサク魔法陣を描き上げていく。


 ニーナがセラニーナであると皆知っているから然程驚かないが、知らぬ人物が見たら度肝を抜かす事だろう。


 弟子であるベランジェ、シェリル、クラリッサ、アルホンヌはニーナの描き上げた魔法陣を見て何故か満足気だ。


 自分達の尊敬する師匠は凄い!


 そんな気持ちがその表情には現れていた。


 チュルリ、チャオはニーナの力の凄さを目の当たりにし、目を輝かせていた。


 こんな凄い人とこれから研究出来るのー! やったー! ラッキー!


 そんな表情だ。


 そして常識人のグレイスだけはキョロキョロと辺りを気にし、ニーナのこの姿が誰にも見られていないか心配をしていた。


 この屋敷にはセラニーナの結界がバッチバチのガッチガチに張られているとは知っていても、やっぱりそこは心配な様だ。


 そうこんな6歳児、どう考えても異常だからだ。


 そんな不安げなグレイスを気にしてか、クラリッサが優しく声を掛けてくれた。


「グレイス、手を繋ごうか?」

「ふぇ?」


 ええっ! クラリッサ様って、強いだけじゃなくってすっごく優しい!


 温かい声を掛けてくれたクラリッサを、グレイスは尊敬する目で見つめていた。




「さあ、準備は出来ましたわ。皆様魔法陣の中へ入って下さいませ」


 弟子たちは慣れた物で、すすすいっと魔法陣へと入って行く。


 チュルリとチャオはスキップスキップランララーンと進み、それをシェリーが真似をする。


 シェリーはお気に入りのドラゴンのぬいぐるみを抱え、とても可愛い。


 そしてその後をアラン達が付いていく。


 グレイスはクラリッサに手を繋いでもらい、何とか緊張が和らいでいた。


 美女に手を繋いで貰っている嬉しさは有るが、流石に真面目なグレイスはチュルリとチャオの様にスキップは出来なかった。


 そこは気恥ずかしさが勝ったらしい。


 年下だけど、グレイスだって男だ。


 守られているようで少し恥ずかしかった。




「シェリル、馬車も一緒で宜しいのね」

「はい、ニーナ様。この馬車は大聖女教会所有の物では無く、私の馬車でございます。それにドラゴも私が雇っておりますのよ」


 ドラゴはここで初めてニーナに会ったので、ぺこりとお辞儀をする。


 これまでシェリルからセラニーナの話を沢山聞いて来たドラゴは、ニーナの行動にも然程驚きはない。


 ただ、こんなに小さくて可愛らしい少女と言うのには驚いたが、シェリーの妹だと聞けばそこは納得したようだ。


 馬車を引く三頭の白馬も、勿論一緒に連れていく。


 ニーナはこれでディオンが乗馬の練習も出来そうだと、内心ほくそ笑んでいた。




「では、参りますわ。カルロ、フルーベ、シュナ、屋敷を宜しく頼みますわね」


 ニーナが三人に最後の挨拶をした瞬間、ニーナたちは住み慣れたベンダー男爵家へと戻って来た。


 屋敷を見てニーナはホッとする。


 ここが自分の家だと安心できた。


 セラニーナがニーナになってまだ一年も経たないが、もうすっかりベンダー男爵家がニーナにとっての我が家になっていた。


 この家を必ず立て直そう。


 それは家族の為であり、ニーナ本人の為でもあった。


 皆の幸せな顔が見たい。


 ニーナの強い思いは、家族の幸せの為にとなっていた。



「うわー! すっごい大きなお屋敷―! うえー、ここお城じゃないですよねー?!」


 チュルリがいつの間にかシェリーと手を繋ぎ、そんな事を叫んだ。


 そうベンダー男爵家は無駄に広い。


 王都の侯爵邸にだって負けてはいない。


 チュルリがお城と間違えても仕方ない事だ。


 それにニーナの指導によって隅々まで磨き上げられている。


 初めの頃のおんぼろ屋敷とは見た目が全く違っていた。


 これもニーナのお陰だろう。


 それに庭師のロイクの手によって整えられたベンダー男爵家の庭は、花が咲き(ほぼ野菜の花)とても美しい。


 庭には勿論薬草もあるので、ベランジェやシェリルもそれに反応する。


 皆この屋敷に何があるのか楽しみでしかたがない、そんな表情をしていた。


「皆様お帰りなさいませ」


 メイドのザナが庭が光った事に気がつき、迎えに出てきてくれた。


 ニーナ達が無事に弟子達と会えた事に、ホッとしている様だった。


『ボス、姫、やっと帰って来たのかー! 遅いではないかー!』


 黒髪の人形が文句を言いながら窓から飛び出してきた。


 だがシェリーがドラゴンのぬいぐるみを抱えているのを目にすると、ショックを受けたのか地面に崩れ落ちてしまった。


『酷い……姫が浮気をした……ワシというものがおるのに……』


 転がるチャーターを研究組がジッと熱い視線で見つめる(何? この人形、呪いの魔道具?)そんな表情だ。


 その姿を見てシェリルがクスクスと聖女の笑みを浮かべ笑いだした。


 すると落ち込んでいたはずのチャーターは急に立ち上がり、シェリルに抱き着きにいった。


『美しい方だ! 大姫か? ワシと仲良くしよう!』


 シェリルにべったりと引っ付いて離れないチャーターを見て、ファブリスはやっぱりこいつ女好きだと呆れていた。


 チャーターはクラリッサがいる事にも気がつくと、今度はクラリッサにも『騎士姫!』と目をハート(ファブリス視点)にして喜んでいた。


 ただクラリッサはグレイスと手を繋いでいたので、『チッ』と舌打ちをすると飛びつくのは諦めたようだった。


 やっぱり女好きの人形。


 ファブリスの中でチャーターはそう確定された様だった。




『ケタケタケター』


 甲高い笑い声が聞こえたかと思うと、ニーナ達に向けて炎の弾が飛んできた。


 それはプルースが得意な魔法攻撃、ファイアーボールだ。


 プルースの顔は歯を出して笑っているが、お留守番が寂しかったのか、いつもより魔法の威力が高い。


 ディオンとアランはその攻撃をいなすと、すぐにプルースを抱きしめた。


「ごめんな、プルース、寂しかったよな」

「プルース、次回は一緒に街へ行こう。プルースは私の弟だからな」

『ケタケタケター』


 プルースのご機嫌は、二人の(兄?)言葉で直ぐに直ったようだった。


 そこがまた可愛いと、呪い人形にしか見えないプルースをディオンとアランはもっと可愛がる。


 可愛いは無限大。


 ベンダー男爵家では人形もそれを体現できるようだった。




「ニ、ニーナ様、アレなんだ?」


 金の騎士のアルホンヌが指差したのは、ファブリスが作ったアスレチックとカカシ人形だ。


 同じく騎士のクラリッサも興味津々で見つめている。


 アルホンヌの質問に答えたのはニーナ……では無く、プルースを抱きしめているディオンだった。


「アレはねー、カカシ君だよ。剣の練習相手。スッゴイ強いんだー」

「ほーう……」

「強いのか……」


 アルホンヌとクラリッサの目がギラギラと光だしたところで、ニーナが皆に声を掛けた。


「皆様、ようこそベンダー男爵家へ、さあ、屋敷の中へ参りましょう、今日からここが皆様のお家ですわ」と……


 こうしてベンダー男爵家は、新しい仲間と共に立て直しの道へと進んで行くのだった。

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