第76話ただいま。
「ニーナ! たっだいまー! 見て見てみてー!」
淑女教育はどこ行った?! っと突っ込みたくなるほど元気いっぱいに屋敷へ飛び込んで来たのはシェリーだ。
その後ろからは美しい笑みを浮かべたシェリルと荷物を抱えた御者のドラゴが付いてきている。
シェリーは黄色の体に赤い羽根を生やし、青い目をしたドラゴンらしきぬいぐるみを抱え、ご機嫌な様子だ。
シェリルはシェリーが可愛くって仕方がないようで、孫を愛でる様な表情を浮かべ、はしゃぐシェリーを見ている。
そしてシェリル専属馬車の御者であるドラゴは大きな箱をテーブルへと降ろすと、一礼して外へと出て行った。
シェリーはそんなドラゴに手を振りありがとうとお礼を言う。
シェリーが可愛すぎて皆緩んだ顔になるのは仕方がない事だ。
さっきまでの真剣な会議はどっかへと飛んで行ってしまった。
シェリーを見て居たい。
今この部屋にいる誰もがベンダー男爵家のアイドル登場に、そう思っていた。
そしてそのシェリーのはしゃぐ姿を見て、ニーナは無事に教材を購入できたのだなと安心した。
それとともに本物のドラゴンと似ても似つかないぬいぐるみを抱えて喜ぶシェリーを見て、その事を正直に話すべきかと悩む。
だが純真すぎるシェリーの輝くほどの可愛い笑顔を見て、「そのぬいぐるみはドラゴンには見えません!」とは言えないニーナだった。
「シェリル、有難うございました。教材が揃ったようですね」
「はい、ディオンとシェリーの受験勉強はこれで問題ないと思いますわ」
「あ、ニーナ、これ見てー、シェリル様が買ってくれたの-」
シェリーが差し出して来たのは赤、青、黄色のペンで、ワンポイントで金のドラゴンが描かれている。
ぬいぐるみよりよっぽどドラゴンらしいドラゴンの絵だ。
ニーナにはぬいぐるみはどう見ても、羽の生えたカバにしか見えなかった。
「まあ、お姉様、良い物を買って頂いたのですね」
「うん、ニーナとお兄様と三人で色違いのペンなの! シェリル様がお勉強頑張りましょうねって買ってくれたの-」
「まあ、では私も頑張らないとなりませんわね」
「うん! ニーナも一緒に頑張ろうねー!」
ニーナ様がこれ以上頑張るって……
なーんて不安になる者は今ここにはいない。
いや姉妹の可愛い様子にデレデレになり、思考がそんな危険を察知できていないという方が正しいだろう。
ニーナの成長は世界の脅威。
そんな小さなことは美少女の笑顔の前では些細な事だった。
そしてそんなやる気満々のシェリーの姿を見て、ニーナはシェリルにお礼を言う。
ニーナ自身聖女の職を離れ研究の道へ進んだ為、子供の教育など半世紀ぶりだった。
けれどシェリルは今まだ現役で大聖女。
つい最近まで聖女見習い達を学園に送り込む為の教鞭を取っていた。
シェリルに任せればシェリーもディオンも必ず学園に入学出来るだろうと、ニーナは安心できた。
心強い弟子の存在にニーナは救われていた。
「ねーねー、チュルリちゃん、チャオちゃん、グリグレくん、ドラゴンさんのお名前何が良いかなー?」
人懐っこいシェリーは早速研究組の輪の中に入り、話掛ける。
名前を呼ばれた三人は半端ない美少女の問いかけに、目尻だけじゃ無く鼻の下まで伸びている。
可愛い。
シェリーちゃんすっごく可愛い。
これからこんな可愛い子とずっと一緒。
最高じゃん!
三人がそんな事を考えていると、声を掛けられていないベランジェがニーナの質問に答えた。
「うーむ、ドラゴン……だからドラちゃんはどうだ?」
「ドラちゃん?」
「ベランジェ様ー、それじゃあ芸がありませんよー、せめてゴンにしないとー」
「ゴンさん?」
「えー、二人ともそのまんまじゃーん。僕だったらキノコちゃんにするけどなぁー」
「キノコちゃん?」
横で聞いていたグレイスは呆れていた。
三人ともネーミングセンスが壊滅的だ。
うーん、うーんと可愛く首を傾げているシェリーに、グレイスは優しく話しかけた。
「シェ、シェリーちゃん、ドラゴンちゃんにはどんな子になって欲しいのかな?」
「えっ? えっとねー、ニーナみたいに強くてカッコイイ子!」
「だったらそれをイメージして名前を付けると良いかもね。強いって意味のハザックとかステルクとかでも良いし、ニーナ様は美しくもあるからガミールとかプルクラとかでも良いかなー……言葉は沢山あるからゆっくり考えてごらん、きっとこの子にあう素敵な名前に巡り会えるよ」
「うん! グリグレ君有難う! グリグレ君ってすっごく素敵。私、おっきくなったらグリグレ君のお嫁さんにならなっても良いよー」
「えっ? えー、いやー、う、嬉しいなー」
グレイスが本気デレしてシェリーの言葉に喜んでいると、研究組とファブリスから嫉妬の詰まった恐ろしい視線を浴びた。
思わず「ひっ」と仰け反ると、その奥から人を射殺せるのでは無いかと思うぐらいのニーナの視線と目が合った。
姉の結婚相手には厳しい審査をする予定のニーナは、ドラゴンの名前決めの助言を出しただけのグレイスを厳しい目で見ていたのだった。
お姉様はそう簡単には渡しません事よ!
グレイスが真っ青になって震えたのは当然の事だろう……
ベンダー男爵家姉妹恐るべし!
「ただいまー!」
そこに運良くディオンの元気な声が響く。
まるでグレイスを救うためにやって来た勇者のようだ。
ディオンやアランも無事に気に入った剣を購入出来たようで表情が明るい。
皆が席に着くと、チャオが「お茶を淹れますね」と言って離れて行った。
その間にディオンとアランは買い物の話しを始めた。
「ニーナ、シェリー、俺の剣はドラゴンの牙で出来てて、アランの剣はドラゴンのお腹の中にあった魔鉱石で作ったんだって、凄いだろう?」
「わあー! すごーい! ドラゴンさんの剣なのー? うわー、カッコイイね! お兄様やったねー!」
キャッキャッと騒ぐ兄妹の姿を、周りの物達は微笑ましく見つめる。
特にニーナにとってこの笑顔は自分へのご褒美でもある。
それにアランも満足げだ。
皆が幸せな笑顔を浮かべる姿はニーナの幸せでもあった。
「フフフ……皆良かったですわね。さあそれでは買い物も終わりましたし、ベンダー男爵家へと向かいましょうか」
「えっ? ニーナ様、今日はここに泊まるんじゃないのか?」
アルホンヌの言葉にニーナは首を振る。
この屋敷はこれだけの人数が泊まれるようには出来ていない。
それにベンダー男爵家へは転移で一瞬だ。
戻った方が皆くつろげることだろう。
「フレーベ、シュナ、また屋敷の事を宜しくお願い致しますね」
「「はい、マダム。畏まりました」」
「それからカルロ、色々お世話をお掛けしました。またすぐ参りますので、その時は宜しくお願い致しますわね」
「ええ、ニーナ様、良い商品をお持ちしておりますよ」
カルロとニーナはニッコリと笑い合った。
「では参りましょうか」
ニーナの合図で皆が庭に向かう中、アルホンヌだけはチャオの入れてくれたお茶に手を出していた。
その後二人がどうなったかはまた別の話。
ただし、暫くチャオからは誰もお茶を受けとらなかったそうだ。
こうして弟子たちは無事にベンダー男爵家へと向かう事になったのだった。
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