第75話その頃の研究組は?
さてさて、王都の街に買い物に出掛けているディオン、シェリーたち一行がいない間、ニーナとファブリス、そしてベランジェ達研究組が何をしていたかと言うと……
お茶を飲んでいた。
「うーん! このお茶飲むとスゲー体に力が漲りますねー!」
こう見えてお茶には五月蝿いチャオが、ベンダー男爵家自慢のお茶を飲み嬉しそうに感想を言う。
ニーナが自ら入れてくれたお茶は、美味いだけじゃ無く凄かった。
これまで呪い課で散々美味しいお茶を飲んで来たチャオだが、淹れ方一つでコレ程違うのかと目を瞬く。
そんな中家事が得意なグレイスだけは、ニーナのお茶の淹れ方を見て何かに気が付いた。
「ニーナ様はご自身の魔力をお茶の中へ入れているのですか?」
グレイスが思わず呟いた言葉に皆の注目が集まる。
そう、それは勿論美少女のニーナとも目が合う訳で……
幼い少女だと分かっていても、その可愛らしい微笑みにグレイスはドギマギしてしまったのだった。
「フフフ……グレイスはベランジェの世話をしていただけあって優秀ね。そうよ、疲れを取るために少しだけ魔力を入れてみたの、グレイスは普段からお茶を淹れる方なのね。お教えしますから、貴方もやってみますか?」
「は、はい! 是非! 宜しくお願い致します!」
仲良くお茶の準備を始めたニーナとグレイスの姿を見ながら、ファブリスはこれまでの事を思い返していた。
ファブリスが町へ用足しに出掛ければ、ニーナは必ず自身でお茶を入れファブリスを労ってくれた。
それにはこういう優しい心使いが有ったのか! と思うと、涙が溢れそうになり、ファブリスは感動をお茶を飲んで誤魔化した。
優しい主にファブリスは尚更心酔だ。
ニーナのストーカーにならないことを祈ろう。
そしてグレイスがお茶を淹れてくれて皆に出してくれた。
それを一口飲むとお茶好きチャオがまたまた物申した。
「んんっ! スゲースッキリした味だ! ニーナ様と同じお茶とは思えないぜ!」
「フフフ……グレイスはとても丁寧に魔法もお茶も淹れるのよ。本当に優秀な子だわ」
「あ、有難うございます」
グレイスはテレテレだ。
お世辞だと分かっていてもやっぱり褒められれば嬉しい。
それもあの有名なセラニーナ様であり、可愛らしいニーナ様に褒められたのだ。
顔がポッと熱るのを自分でも感じた。
こんな可愛い上司なら仕事頑張れちゃうよね! と、グレイスは危険な事に思考がだいぶファブリス化していたのだった。
「ニーナ様! 僕もやってみたーい!」
「俺も俺もー!」
ここで手を上げたのは研究大好きっ子のチュルリとチャオだ。
けれど珍しい事にベランジェは何も言わず黙々とお茶菓子を食べている。
まるで何かを悟っている様なその顔に、グレイスだけは首を傾げていた。
いつものベランジェ様ならば真っ先に手を上げそうなのに……と
そしてチュルリとチャオも魔法茶に挑戦した。
普段お茶など淹れた事の無いチュルリが挑戦すると、残念な事にポットが爆破した。
ニーナは前もって何かを察知していたのだろう。
ポットの破片はニーナの結界によって室内に飛び散る事は無かった。
ただしベランジェが「ほらね!」と言うような表情をしたのをグレイスだけは見逃さなかった。
ベランジェはきっと分かっていたのだ……
こうなることが。
つまり自分も同じ経験をもう既に積んでいる。
グレイスはそう悟った。
そしてもう一人の挑戦者チャオ。
チャオは普段からお茶を自分で淹れて飲んでいるだけあって、順調にお茶を淹れる事ができた。
皆に配り、早速口を付ける。
けれど何かを予感していたニーナとベランジェだけは、それを見ているだけだった。
チュルリとグレイスはそれに気が付かず、普通に口を付けた。
「ブホッ、ゲホッ、ウゲー、何これ! 変な味ー、ウエー、本当にお茶なのー?」
チュルリはチャオのお茶を一口飲むと、口直しするようにグレイスのお茶を一気飲みした。
「ゴホッ、ゴホッ、ゲホッ、ふ、不思議な味ですね……薬草とフルーツジュースと牛乳とお茶でも混ぜた様な……ゲホッ、ゲホッ、この世のものとは思えない味です」
グレイスのコメントに、お茶を口一杯含んでぐちゅぐちゅと濯ぐ様に頬を膨らませた状態のチュルリが「それな!」と指差し答える。
普通の茶葉を一体全体どうやったらこんな味に出来るのか、チャオの才能には不思議しか沸かなかった。
「えー、何だよそれー、癖になる味って言ってくれよなー」
この中でチャオだけは自分で淹れたお茶を平気な顔で飲んでいる。
味覚大丈夫? とチュルリとグレイスは泣きながら思っていた。
そんな可哀想な人と思われているチャオは(これは悪戯に使えそうだな、アルホンヌ様達が帰って来たら俺がお茶を淹れてやろう)と、心の中でニヤニヤしながらお茶をすすっていたのだった。
「えーと……皆さんそろそろ本題に入った方がよろしいのではないでしょうか?」
この様子を冷静に見ていたファブリスが口をはさむ。
そう、実はこの集まりはお茶会……ではなく、ベンダー男爵家の現在の事だ。
ベンダー男爵領は ”ユビキタスの森” のすぐ近くにある。
だがニーナはセラニーナ時代、この国中を回ったが、そんな名前の森は聞いたことも無かった。
セラニーナの亡くなった後に新しく出来た森?
そうも思ったが、ベランジェ達と会って自分が亡くなってからさほど時間が経っていない事がハッキリと分かった。
それに呪いが掛けられているベンダー男爵家。
それから負の感情を持つものを呼び寄せるかのようなあの森。
そんな不思議なものがあったのに、これまでセラニーナにはなんの情報も無かった……
しかしその事は返ってニーナの探求心をくすぐっていた。
「ユビキタスの森……ユビキタスの森……うーん……ニーナ様、やはり私も覚えがございませんね……地図にも載っていないようですし……」
セラニーナの屋敷に有った地図を引っ張り出し、ベランジェ達と一緒に額を寄せ合う。
ベランジェもチュルリもチャオも、それなりに頭のいい研究者だ。
知識はある。
けれどやはりユビキタスの森を誰も知らない。
ベンダー男爵家は一体どの場所にあるのか、転移をしてもそれだけはニーナにも掴めないでいた。
「あの……その近くの町の名前とかは分からないんでしょうか?」
グレイスの言葉にニーナはポンッと手を打つ。
そしてチラリとファブリスを見れば、自信満々に答えてくれた。
「はい、一番近い町は隣の町です。その次に近い町は隣の隣町ですね」
それを聞いて全員が「それは町の名前じゃないよね!」と心の中で突っ込んだ。
ニーナも流石に町の名前を調べなかった自分自身に呆れていたのだった。
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