第74話シェリーとシェリル

「シェリル様ー、これからどこへ行くのですかー?」


 今シェリルは自分の師匠の姉であるシェリーと馬車に乗り、王都の街へと出掛けているところだった。


 シェリーは可愛い。


 ニーナの姉だという事を抜きにしてもとても可愛い。


 今までの聖女見習い達も皆可愛く、自分の娘の様に可愛がってきたが、シェリーはまた格別だった。


 自分の尊敬して止まないセラニーナ様の魂が入ったニーナ・ベンダーの姉。


 シェリルにとって普通に考えれば、師匠の姉として敬うべき存在だろう。


 けれどシェリーは孫の様に可愛い。


 聖女見習い達にあった大聖女シェリルに対する遠慮の様な物はシェリーには何もなく、ただシェリルを一人の女性として見てくれる。


 それはこれまで大聖女として生きてきたシェリルには新鮮だった。


 とにかくシェリーを甘やかし可愛がろう。


 シェリルはそんな事まで考えていた。


「シェリー、これから私達はお買い物に行くのですよ。ディオンとシェリーはこれから学園に向けてのお勉強があるでしょう。その教材を揃えに行くのですよ」

「私の教材? お兄様のだけではなくって?」

「ええ、ニーナ様がお二人に新しい物をと仰られていらしたのですよ」

「シェリル様が一緒に選んくれるの?」

「ええ、私がシェリーにピッタリの物を選びますからね」

「えへへ、嬉しい! シェリル様、だーい好き」


 シェリーにギュッと抱きつかれ、シェリルは胸までもギュッとなる。


 こんな風に誰かに抱きつかれたのはいつぶりだろうか。


 幼い頃、セラニーナ様に娘の様に抱きしめられ、可愛がられていたことを思い出す。


 大聖女になって、いつの間にか皆に距離を置かれてしまった。


 そう、自分は神でも女神でも無いのに崇め祭れる様な存在、そんな物になってしまっていた。


 けれど今シェリーに甘えられ、シェリルは久しぶりの家族愛に触れられた様な気がした。


 やっぱり可愛い。


 文句なしに可愛い。


 愛でまくりたい。


 シェリルは母性本能がくすぐられまくりだった。




 そして馬車が教材店に着くと、御者のドラゴが扉を開けてくれた。


 シェリーはドラゴを紹介してからというもの、何故かドラゴに尊敬する様な目を向けていた。


 名前がカッコいいから。


 シェリーはそんな単純な理由でドラゴを尊敬していたが、シェリルは気が付きようが無かった。


「ドラゴさん有難う」


 とお礼を言いながら、先ずシェリーが馬車から降りる。


 ドラゴは美少女のシェリーに尊敬の目と、そしてすんばらしく可愛い笑顔を向けられ、今までに見た事がない程締まりの無い顔をしていた。


 それをみてシェリルの顔も綻ぶ。


 誰からも愛される、シェリーはそういう子だと思った。




 そしてシェリーとシェリルは手を繋ぎ教材店へと入って行く。


 貴族学園の教材を扱う店だけあって、店主はシェリルが誰なのか直ぐに分かった。


「大せい……っ!」と言いかけ店主は口を押さえる。


 どう見てもシェリルはお忍びでのお買い物。


 騒ぐ訳には行かない。


 店主はシェリルとシェリーをすぐさま特別応接室へと案内すると、ご用件をお聞きした。


「今日はこの子とこの子の兄用の教材を求めにやって参りました。受験用に必要な物を全て用意して下さる?」

「は、はい! 畏まりました!」


 店主はそう言うと慌てて応接室を飛び出し、従業員達に声を掛ける。


 この国の大聖女様のお出ましだ、失礼があってはならない。


 精一杯のおもてなしを!  


 王都一の茶菓子とお茶を出し、そして教材もありったけ集め、応接室へと運び入れようとした。


 そこで可愛い声が店主の耳に入って来た。


「ねえ、シェリル様ー、お菓子もお茶もニーナの作ってくれた物のほうが美味しいねー」

「フフフ、そうですわね。シェリー、でもそれは秘密よ。ニーナ様のお菓子はどこにも売っていない物ですからねー」

「はーい、秘密。あのねー、ニーナのプリンってすっごく美味しいんだよー。シェリル様も帰ったら一緒に食べよねー」


 応接室には今大聖女様とお孫様らしき少女の二人きり、だからこそ本音の会話になったのだろう。


 ニーナの菓子?


 プリンとは?


 王都自慢の菓子よりも美味い物を食べる令嬢。


 もしやお姫様のお忍びのお買い物?!


 店主の思考はそこまで飛び上がっていた。


「し、失礼致します……」


 店主は集めた教材を部屋へと運び込み、大聖女様にお見せした。


 大聖女様は一つ一つ自分の目で確かめながら、購入品を選んでいく。


 これまで多くの聖女見習いを教育してきたので、シェリルのその目は確かだ。


 厳しい目で教材を選ぶシェリルの横で、シェリーはあるペンを見て目を輝かせていた。


 それはドラゴンの絵が書かれた黄色に輝くペン。


 モチーフがドラゴンなのできっと男の子用なのだろう。


 他にも猫やウサギ、リスなどが描かれたペンもある。


 けれどドラゴンに憧れを持つシェリーは、女の子ながらそのペンに釘付けだった。


「フフフ、シェリー、そのペンも購入致しましょうね」

「えっ! シェリル様! 良いの? ドラゴンさんのペンだよ、すっごく高いかも知れないよ!」

「フフフ、シェリーがお勉強を頑張るとお約束してくれるなら、それも購入致しましょう。店主、このペンの色違いは有りまして?」

「は、はい、後赤と青がございます」

「ではそちらも一緒に、シェリー、ニーナ様とディオンとお揃いですよ。お勉強頑張りましょうね」

「ふわぁぁあ! シェリル様、有難うございます! 私お勉強頑張ります! ドラゴンさんに負けないぐらい頑張ります!」


 シェリーの喜ぶ姿にシェリルも店主も目尻が下がる。


 可愛い。


 可愛いは無限大。


 シェリーを見てるとなんでもしてあげたくなる。


 そこでふと店主はある物を思い出し、従業員に言って持って来させた。


 それは店に飾ってあったドラゴンのぬいぐるみ。


 ドラゴン好きのシェリーなら喜ぶだろうと、店主はプレゼントする事に決めた。


 大聖女様のお孫様か、この国のお姫様かもしれない少女。


 繋がりは大事! 縁を作りたい!


 店主にはそんな気持ちがあった。


 案の定シェリーは天井に飛び上がり、クルクル回るほど喜んだ。


 えっ? この子何者? 宙に浮いてますけどーっ?!


 店主や従業員達が驚く姿など、喜ぶシェリーの目には入らなかった。


 凄い才能を持つ少女を大聖女様が連れてきた。


 その噂はあっと言う間に王都に広がる事だろう……


 はてさてそれがどうなるか、そればかりは誰にも分からない。



「店主さん、お礼にこちらをどうぞ」


 シェリーは魔法鞄からとっておきのオヤツを取り出した。


 それはニーナが作ったパウンドケーキ。


 人参入りとほうれん草入りの二種類。


 ドラゴンさんのお礼にと、シェリーは隠し持っていたおやつをプレゼントした。


 これもまた……噂の一つになりかねない……


 天然ニーナ広告塔のシェリーは下心はまったくなく、ニーナの菓子の存在を王都に広めていく。


 ベンダー男爵家長女恐るべし!


 兄妹ともに天然素材!


 そしてそんな美少女に「皆様で食べてね」と言われれば、従業員達の浮かべる笑みも自然と深まる。


 可愛い。


 優しい。


 天然天使。


 この国のお姫様……いやいや、大聖女様のお孫様、最高!


 こうしてシェリーとシェリルのお買い物は無事に済んだのだが、この後徐々にニーナのお菓子と、大聖女様のお孫様の噂が王都の街に広まっていく。


 それはこのパウンドケーキから来ているのだが、まだこの時にはそれが凄い速さで広まって行くなど、誰にも予想出来ない出来事なのだった。


 シェリルとシェリーのお買い物はこうして無事に? 終わったのだった。


 

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