第71話ニーナのお願い
「し、師匠、何故、隣国の王子がここに?!」
弟子たち御一行の疑問を代表してベランジェが質問する。
皆相変わらずポカンとした表情だ。
ニーナは優雅にお茶を飲みながらそれに答える。
見た目は6歳児だが、その落ち着いた仕草はまさに淑女。
その違和感は流石に弟子たち一行にも伝わる。
セラニーナがニーナになってから、きっと周りは大変だっただろう……と、その苦労を思い、弟子たち一行はニーナと出会った人々に同情さえ感じていた。
なんせセラニーナを知っている自分たちでさえ、今これ程驚いているのだ。
家族はともかく、セラニーナの本当の凄さを知らない街の人々はさぞかし驚いただろうと、涙が出そうだった。
「アランは偶然森で拾いましたの、アランの従者のベルナールも一緒にね」
王子を森で拾う。
それも偶然……
どうやったらそんな状況に?
ニーナ様、一体なにやってんの?
誰もが突っ込みたくなるところだが、そこは長い付き合いのある弟子たち御一行、グッと耐えた。
そうあのセラニーナ様ならば何があっても可笑しくはない。
彼らもセラニーナの弟子だと名乗れるほどにはニーナの凄さを知っている。
傍にいると飽きることがない。
それがセラニーナ……いや、ニーナ・ベンダーなのだ。
「それから、こちらは私の補佐をしてくれているファブリスです。いい子なのよ。皆仲良くしてね」
「ファブリスです。宜しくお願い致します」
6歳児がいい大人のファブリスをいい子という。
この違和感に早くなれなければと、ニーナの弟子たち御一行は頷きながらそう思う。
セラニーナとの長い付き合いがあっただけに、自分たちよりもずっと年下になってしまった可愛いニーナの姿に中々脳内変換が出来ない。
まあそこは徐々に慣れていくしかないだろう。
なんてたって元に戻れはしないのだから……
「皆に集まって頂いたのはね、私の大切な家族であるお兄様とお姉さまの教育をして頂きたかったからなの……」
「教育……?」
弟子がぽつりとつぶやいた言葉にニーナは頷く。
シェリーもディオンも立派に育てたい。
人生の道を切り開いて上げたい。
その為に力を貸して欲しい。
ニーナがそうお願いをすれば、弟子たちは皆笑顔で頷いた。
だれ一人、子供二人の教育の為だけに国の重要人物で有名人である四人を集めたの?!
なーんていうものはこの席にはいなかった。
ニーナが持つ海よりも深い愛情は、弟子たちこそ良く分かっていたからだ。
「セラニーナ様、いや、ニーナ様! 俺に任せて下さい! 兄上様を世界一の騎士に育てて見せますぜっ!」
アルホンヌが胸を叩きニーナに笑顔を向ける。
小さな頃、孤児だった自分を育ててくれたニーナ(セラニーナ)の為ならば何でもやる!
アルホンヌに金の騎士らしい熱意ある気合が入る。
そしてアルホンヌには、それ以上にディオンに興味があった。
可愛いからだけでなく、もう既にいっぱしの騎士らしい存在感。
ディオンは鍛えがいがある。
そう感じていた。
そしてそれは炎の騎士と呼ばれるクラリッサも同じこと、クラリッサも自分の溢れんばかりの大きな胸を叩いた。
「ニーナ様、私がきっと立派な騎士にお兄様を育て上げましょう!」
クラリッサも孤児だった為、ニーナを母親の様に慕っていた。
大恩ある方への恩返し、どんなことでもやらせて頂く。
その上ディオンには計り知れない可能性がある。
鍛え上げるのが楽しみで仕方がない。
クラリッサもそんな顔をしていた。
「まあ、フフフ……二人共すっかり頼もしくなって、おねしょをして居たころが嘘のようね……」
ニーナの言葉にアルホンヌもクラリッサも顔が一瞬で赤くなる。
そんな姿を見てグレイスは可愛いなーと内心ほくそ笑む。
けれどおねしょも仕方がない事なのだ。
二人はニーナ(セラニーナ)に出会うまで怖い思いを沢山して来た。
夜になるとそれを思いだす。
それは幼い子には当然の事だった。
「アルホンヌにはお兄様を、そしてクラリッサにはアランの教育をお願いしても宜しいかしら?」
「わ、私がアランデュール殿下の教育を?」
「ええ、アランはクラリッサと同じ炎系の魔法が得意なの、きっと素晴らしい魔法騎士になると思うわ、どう? お願いできるかしら?」
「はい! ニーナ様、お任せください! この私が、必ずアランデュール殿下を立派な騎士に育て上げて見せます!」
クラリッサのその言葉を聞き、アランが少しだけ恐怖を感じたことは言うまでもないだろう。
それぐらい意気込んだ炎の騎士には迫力があったのだった。
誰も寄せ付けない高嶺の花……
クラリッサがそう呼ばれるのは、その迫力もあるからだった。
アランデュール殿下頑張れーと、ベランジェ、シェリル、アルホンヌは他人事のように思っていた。
「それから、シェリル、貴女にはお姉様の教育をお願いしたいの」
シェリルは予想が付いていたのだろう。
返事を返し、美しい笑顔をニーナとシェリーに向けた。
これまで聖女見習いを沢山育て上げて来たシェリルには、シェリーの持つ聖女としての素質がすぐに分かった。
「それからベランジェ、貴方には私と一緒にベンダー男爵家で研究をして頂きたいの」
「研究!」
「ええ、ベンダー男爵家の温室には珍しい薬草が沢山あるし、森の中には様々な生き物がいるわ。それにね……」
「それに……?」
「ベンダー男爵家に掛けられた呪いを一緒に解いて欲しいのよ」
「はいはーい! ニーナ様! 僕もお手伝いしまーす!」
「俺もです! 呪い大好きです!」
「チュルリ、チャオ、呪いは私のものだぞ!」
「ベランジェ様、一人占めはんたーい!」
「そうですよ。こんな面白いもん、俺達だって参加しますからね!」
やいのやいのとやり出した研究組三人にニーナは笑みを浮かべる。
ベンダー男爵家の呪いを解くためにいい人材が来てくれた。
それがとても有難かった。
そして今度は一人困り顔を浮かべているグレイスに視線を送る。
グレイスは自分には出来ることがないとそう思っている様な表情だ。
けれどニーナはグレイスの才能を見逃してはいなかった。
手のかかるベランジェの世話ができる。
それは素晴らしい才能だとニーナには分かっていた。
「グレイスさん」
「は、はい!」
ニーナに話しかけられ、グレイスは飛びあがる程驚いた。
それにもう自分の名を覚えてもらえた、それが何よりも嬉しかった。
「グレイスさんにはファブリスの補佐をお願いしたいの」
「ファブリス様の補佐? ですか?」
「ええ、ファブリスは屋敷の管理から隣町の用足しまで全て受け持っているの、貴方の様に器用な方がいて下さったらファブリスも私も心強いわ」
「は、はい! 私に出来る事でしたら何なりと仰って下さい。私、頑張ります!」
こうして可愛いニーナの、可愛いお願いは終わったが、カルロだけは現実が良く見えていた。
そう、この集団とんでもねーと……
一国に脅威を与えられるだけのニーナ軍団が、今カルロの目の前で出来上がってしまったのだ。
末恐ろしや……
この事を知った時のこの国の重鎮たちの顔が見てみたい。
カルロは皆の喜ぶ顔を見ながらそんな事を考えて居た。
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