第69話やっとの再会

 シェリルの馬車は立派な物とは言え、流石に大人が七人も乗るとギュウギュウ詰めだった。


 進行方向に背を向けて座っているのは、最近ちょっとお腹が気になるベランジェ、騎士として体格の良いアルホンヌ、背がひょろひょろっと高いチャオの三人で、進行方向側には小柄なチュルリ、落ち着いているシェリル、男装しているクラリッサ、そしてグレイスが座っていた。


 グレイスはスタイルの良いクラリッサの隣の為、目のやり場に困りドギマギしていた。


 クラリッサは男装と言う事で、普段以上にスタイルが良いのが良くわかる。


 それにクラリッサは騎士として普段から男性と接する機会が多いからか、グレイスに遠慮なく触れてくる。


 顔が熱いと思っていると、アルホンヌから小さな声で話かけられた。


「あー、グリグレだったか? クラリッサは見た目は女だが中身は違う、余り意識するな……」

「えっ……?」

「皆この見た目に騙されるがなー、コイツ、ちっとも色気が無いから安心しろ」

「あ、あの……」

「胸に手が当たったって気にするやつじゃ無い。だからって本気で触るなよ、それはそれで殺されるぞ」


 きっとアルホンヌは女性であるクラリッサに触れない様にと、馬車の席でガチガチになっているグレイスを心配して声をかけてくれたのだろう……


 そうアルホンヌの優しさだ。


 だけどそれはグレイスには逆効果だった。


 胸

 

 触る


 殺される


 グレイスにはその単語だけが伝わった様で、益々ガッチガチになってしまった。


 そうその姿はアルホンヌが(息してるか?)と心配になる程のものだった。




 そんなグレイスが可哀想な状態となっている中、馬車は進んで行き、チュルリとチャオが突然「おー!」と歓声を上げた。


 良かった、やっと屋敷が見えて来たのか? とグレイスはこの嬉苦しい拷問から逃れらると思ったのだが、車窓に映る景色は残念なことに緑ばかりだった。


 けれどベランジェは二人の歓声に満足気だ。


「ベランジェ様、今の! 結界の中に入った瞬間でしたよね?!」

「スゲー結界ッスね、ちょっと日陰に入ったかなぁ~? ぐらいの感覚でした!」

「ハハハ、だろだろ、そうだろう? 我が師匠は素晴らしい方なんだ! こんな魔法をトイレに行くぐらい簡単にやっちまう、私が尊敬して止まない理由が分かるだろう?」

「「はい! 滅茶苦茶分かります!!」」


 チュルリもチャオも目の前にご馳走が並んだ時の様な、それでいて新しい呪いの魔道具を見つけた時の様な、興奮した嬉しそうな顔をしている。


 だけどグレイスには一体全体いつ結界の中に入ったのかまったく分からなかった。


 その為、ベランジェ様はともかく、チュルリとチャオもやっぱり凄い人間なんだと思うとともに、この中で平々凡々は自分だけなんだなーと少しだけ……いや、だいぶ落ち込んでいた。


 グレイスは自分に向けられる高評価に気がついていない為、この変人達の世話が出来ているという素晴らしい才能にまったく気がついていない。


 グレイスにはファブリスに近い多様な才能があるのだが、その事に本人が気がつくにはもう暫く時間がかかりそうだった。


 なので今はただ一人、場違い感を感じて仕方がないグレイスだった。



「お、見えて来たな」


 アルホンヌの言葉を聞き、グレイスが外へ視線を送れば、森の中から可愛らしい屋敷が見えてきた。


 王城からもさほど離れておらず、王都で一番賑わっている商店街などからもさほど遠くない場所にあるはずなのに、グレイスはこれまでこんな森が、こんな屋敷がある事を知りもしなかった。


 結界……


 そう、チュルリとチャオが言っていた結界は、相当大きなものなのだろうとその事で改めて実感し、ニーナ・ベンダーの凄さを肌で感じていた。




 馬車が玄関口へと着くと、無表情の執事がいつの間にか待ち構えていた。


 皆が馬車から降りるのを確認すると、その執事はゆっくりと頭を下げた。


「皆様、お待ちしておりました。マダムがお待ちでございます」

「おう、フレーべ出迎え有難うな、新しい仲間を紹介しておく、チュルリ、チャオ、グリグレだ」

「チュルリ様、チャオ様、グリグレ様、ようこそ」


 フレーべと呼ばれた執事は無表情のまま挨拶すると、瞬きにカチカチと音を立てながらチュルリ、チャオ、グレイスを見た。まるで目で何かを登録しているかの様で、グレイスは少しだけゾッとしたが、チュルリとチャオの無言の興奮は凄いものだった。


 二人とも大きな声を出さない様にと口を押さえ、電流でも浴びたかの様にブルブルと震えている。


 グレイスには何がそんなに楽しいのか分からなかったが、耳に囁かれたクラリッサの優しい声でその理由が分かった。


「フレーべはお人形なんだよ」

「えっ? ええっ?!」


 グレイスはあまりにも大きな声を出してしまったので、慌てて自分で自分の口を押さえた。


 驚いたグレイスにクラリッサがクスリと笑って見せた笑顔がとびっきり美しかったが、今はそれどころでは無かった。


 人形……


 そう言われてみれば、フレーベは人形に見えなくもない。


 だけど普通に喋るし、普通に動いている。


 どう見ても人間だ。


 もしかしてこの屋敷自体が国宝級なのでは?


 そう気がつくとグレイスは普通に廊下を歩く事も申し訳ない様な気持ちになっていた。




 そして居間に通され、メイドがお茶を入れてくれた。


 緊張してあまり味の分からなかったグレイスでさえ、そのお茶が極上品だと分かった。


 何故ならチュルリとチャオが目を見張っていたからだ。


 ゆっくり味わって飲もう……そう思っていると可愛い声が聞こえてきた。


「皆様、ご機嫌よう、お元気だったかしら?」


 執事人形のフレーべに連れられて入って来たニーナ・ベンダーらしき人物を見て皆が固まった。


 亜麻色の髪とオーキッドの瞳を持つ、それはそれは可愛らしい少女。


 品のある笑みを浮かべ、グレイス達と向き合う様に静かに座る。


 皆が呆然とその少女を見つめていると、メイドが「マダムどうぞ」と言ってお茶を出した。


 やはりこの少女が、いや、この幼女がセラニーナ様?!


「シュナ、有難う」


 そう言ってメイドに微笑むこの可愛らしい少女……そう、この子があの呪いの葉書のニーナ・ベンダーで間違いない様だった。

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