第51話涙の訳は?

 ベランジェに渡された葉書を、シェリル、クラリッサ、アルホンヌがそれぞれ見つめる。


 先ずは送り主を見て三人とも首を傾げる。


 ニーナ・ベンダー?


 三人とも覚えが無いのだろう。


 そのまま葉書の裏面に書かれている文章を読み出した。


 その途端、大聖女であるシェリルは「まあ!」と声を上げ、クラリッサは立ち上がり、そしてアルホンヌはベランジェに駆け寄った。


「オッサン、これどう言うことだよ! まさかタチの悪い悪戯じゃないだろうな!」


 胸元を掴んで怒りを露にするアルホンヌに向けて、ベランジェは自分にも届いた葉書を見せた。


 アルホンヌはソレを受取り先ずは自分が読むと、目を見開きクラリッサとシェリルに渡した。


 二人もベランジェ宛の手紙に目を通し、何か確証を得たのだろう。


 三人とも頷いていた。


「グレイス」

「は、はい!」

「悪いがこの葉書が届いた時の様子を三人に説明して貰えるか?」


 グレイスは急に話を振られて驚いたが、ベランジェが普段良く噂で聞いていた穏やかな様子に戻った事にはホッとしていた。


 そしてゴホンッと咳払いをすると、これまでの葉書とのやり取りを包み隠さず全て話した。


 何度も破棄してみたが、それでも葉書が毎日届いた事。


 そして危険な呪いでは無いかと疑い、呪い課に持って行った事。


 ベランジェとシェリルの葉書もまとめて預かった事、などなど。


 そして呪い課に届けてからの話は、グレイスからチュルリが引き継いでくれた。


「この葉書には忌々しい呪いの様な物は感じませんでした。どちらかと言うと祈り? の様な物を感じました。だから保管して翌日調べようと思って居たら、あの厳重な危険物保管庫から消えたんです」

「はい、チュルリの言う通りで、その葉書は今日また事務課に戻って来ました。あ、でも……シェリル様の物は大聖女神殿ですが……」


 シェリルは笑顔だが怒っている様に感じた。


 こんな重大な事件が起きているのに、自分にはなんの連絡もなかったからだろう。


 手紙を管理する司祭たちへの不満と言ったところだろうか。


 そしてアルホンヌもクラリッサもまた同じ様な表情だった。


「偉くなんてなるもんじゃねーなー、大事な物、見逃す所だったぜ」

「私も同じ意見だ。あの方の護衛に就いていた時期が私は一番楽しかった。世界を回れたしな」

「私もですわ。あの方の下で聖女見習いをしていた時が一番幸せでした。今は自由も無く、窮屈なだけ……後継者も育ちましたし、そろそろ私の人生は私の自由にさせて頂きたいわ」

「私もだ。あの方との実験ほどワクワクするものが今は無い。あの方が呼んで下さるのなら、私はどんな場所だろうと直ぐ駆けつけるさ」


 グレイスは四人が話す ”あの方” が気になった。もしやニーナ・ベンダーの事か? とも思ったが、初めて葉書を見た時の四人はニーナ・ベンダーを知らない様子だった。


 では、誰だ?


 と疑問が湧いたグレイスの代わりに、質問をしてくれたのはチャオだった。


「あのー、皆さん、あの方ってどなたっすかね? その葉書のニーナ・ベンダーでは無いんすよね?」


 ベランジェはせっかく椅子に座ったのにまた立ち上がり、扉に向かい外を確認した。


 そして窓など部屋の全ての鍵を閉めると、皆を手招きし、頭を寄せ合うと小さな声で話出した。


「良いか、チュルリ、チャオ、グレイス、今から私が話す事は極秘だ。何故ならコレは我々の予想でしかないのだ。葉書には送り主が誰か分かる ”ある方” との思い出が書かれているだけだ。だから他で喋ってもきっとこの話は信じては貰えない、そこを心して聞いて欲しい」


 ベランジェの言葉に、チュルリはワクワク顔で、チャオはニヤリ顔で、そしてグレイスは青い顔で頷いた。


 この国の重要人物達との秘密。


 それはこの国の秘密だと言えるだろう。


 真面目なグレイスが青い顔になるのは当然だった。


「良いか、お前達、セラニーナ・ディフォルト様を知っているな?」


 ベランジェの言葉に三人は頷く。


 セラニーナ様と言えば女神になったと言われる程の人物だ。


 この国でその名を知らない人間がいる事こそ信じられない事だった。


「このニーナ・ベンダー様はな……かなりの高い確率でそのセラニーナ様なんだ」

「は?」

「えっ?」

「なっ?!」


 あり得ない!


 そう言おうと思ったが、皆ピタリとその言葉を止める。


 女神にまでなったと言われるセラニーナ様。


 何が有ってもおかしくは無い。


 皆そう思えた。


「俺の子供時代の話なんてここにいる奴らか、セラニーナ様しか知らないからな」

「フフフ、私もですわ。私の見習い時代の出来事など、今はもう誰も知らぬ事でしょう」

「私もです。二人の想い出……セラニーナ様しか知らない事です」

「私もだ。誰にも話していない研究内容だぞ、セラニーナ様しかあり得ない」


 そこまで四人に確証があるのだと言われれば、チュルリもチャオもグレイスも信じるしか無かった。


「よし! では早速返事を書こう!」

「はあ、早く会いたいですわー」

「俺も、いつまで泣き虫だとは思われていたく無いからなー」

「住所分かっているのに迎えに行けないとは辛いですね」

「まあ、そこは返事を送って準備をして待つしか無いだろう。返事はセラニーナ様の希望なんだからな」


 国の重要人物四人が、ニーナ・ベンダーの呼び掛けが入った瞬間、城から居なくなるかもしれない。


 グレイスは余りにも重大な事件に遭遇し、グッと喉を鳴らすと、痛み始めた胃を摩ったのだった。

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