第50話全員集合!

 研究所の、それもベランジェ専用の研究室に連れて来られたグレイスはドギマギしていた。


 チャオとチュルリがお茶とお菓子を出してくれたが、緊張しすぎて味が分からない。


 何故なら有名人のベランジェが、グレイスの目に入る場所で、落ち着きなく部屋をウロウロとしているからだ。


 それも「まだか?」「何をやってる」「遅い」などなど、普段温厚だと言われているベランジェがブツブツと怒っている様な事を呟いている。


 見ないようにと思ってもどうしてもグレイスの視界の中に入ってきて気を使う。


 帰りたい……


 何故自分も呼ばれたのか……


 グレイスにはここに呼び出された意味が分からなかった。


「グリグリー、緊張してるのー?」


 呑気な様子でチュルリが聞いて来た。


 グレイスは小さく頷くが、視線は相変わらずベランジェに向いている。


 すると今度はチャオが話し掛けてきた。


 羨ましい事にチャオもお茶とお菓子を嗜む余裕がある様だった。


「グレグレはここに呼ばれた理由がわかんねーんだろ?」

「は、はい。そうです。何故私はここにいるのでしょうか?」


 そうここには間も無くベランジェに呼び出された有名人達が来る。


 それは大聖女様だったり、炎の騎士だったり、金の騎士だ。


 グレイスとは住む世界が違う。


 雲の上の存在。


 一事務官でしかない自分は場違いでしか無い。


 グレイスはそう思っていた。


「グレグレー、葉書の送り主の名は? 覚えてるー?」


 チャオの突然の質問にグレイスは驚いた。


 だか、送り主の名は忘れようがない。


「ニーナ・ベンダー……?」


 そうグレイスが正直に答えれば、チャオは「そう、それそれ」とグレイスを指差した。


「はっ? 名前で呼び出されたのですか?」

「そう、ニーナ・ベンダー様の名前、知っちゃったでしょうー。他の人達はみーんな曖昧だったけどー、グリグリはバッチリ覚えちゃってるからねー、だから呼ばれたんだー」


 チュルリが「僕達もねー」と気軽に言って来た。


 つまりグレイスは秘密を知ってしまったから呼ばれたと言う訳で……


 口封じ。


 グレイスの頭に浮かんだのはそんな恐ろしい言葉だった。



「ちわー! オッサン、呼び出しって何だよー!」


 最初にやって来たのは金の騎士ことアルホンヌだった。


 訓練中だったのか汗だくで、その上泥まで付いている。


 そんな汚いアルホンヌは、部屋に入るなりグレイスの飲み掛けのお茶をグビグビーと一気に飲み切ると、チュルリにお代わりを頼み「ふー」と息を吐きながらソファへと腰掛けた。


 それはつまり……金の騎士がグレイスの横に座っている訳で……


 超有名人を横にして、グレイスは益々緊張してしまった。


(ううう……帰りたい……)


「アルホンヌ! 遅いじゃないかー!」

「オッサン、俺コレでもダッシュで来たの! 訓練中だったんだぜー!」


 ベランジェとアルホンヌが言い争って居ると、今度は別の人物がやって来た。そう、誰もが知っている大聖女様だ。


「ご機嫌よう。ベランジェ、急な呼び出しとはどう致しましたか?」


 大聖女であるシェリル様は、歳を重ねてもとても美しい。


 グレイスは思わず見入ってしまったが、目の前に座られると流石に目のやり場に困った。


 心が現れる様な優しい微笑みを直視出来なかったからだ。


「シェリルも遅いよー、緊急だって連絡したでしょー!」

「まああ、私これでも大急ぎで参りましたのよ。その言い方はあんまりでは無くって?」


 今度はベランジェとシェリルの言い合いが始まってしまった。


 グレイスは段々と胃がチクチクと痛み出して来た。


 帰りたい。


 事務課では無く家に帰りたい……


 有名人ばかりの部屋は、ただの事務官のグレイスにはかなり居心地が悪いものだった。


「もう、クラリッサはまだか?!」


 ベランジェがイライラしながらそう叫ぶ。


 まだか? とベランジェは言うが、グレイスからしたら大聖女様と金の騎士が早すぎる到着なのだ。


 二人は魔法を使った?


 グレイスにはそうとしか思えなかった。


「遅くなった!」


 最後にやって来たのは炎の騎士クラリッサだ。


 赤い鎧に身を包み、そのままベランジェの研究室へやって来たようだ。


 部屋に来るなり鎧をポイポイ脱ぎ出し、そのスタイルの良さにグレイスは目のやり場に困ってしまった。


 そう鎧の下は薄手の鎧直垂を着ているのみ。


 クラリッサの抜群のスタイルが丸分かりで、グレイスは男として居た堪れなくなった。


「クラリッサ、何をやってたんだよー!」

「ベランジェ兄、仕方ないだろう、演習で外に居たんだ」

「もー! 遅すぎだよー!」


 あのベランジェ様が子供の様に地団駄を踏んでいて、グレイスはこれこそ見てはいけなかったのでは? と目を逸らした。


 するとバチリとクラリッサと目が合った。


「ベランジェ兄、彼は? 新人?」


 クラリッサの言葉を聞いてベランジェ、アルホンヌ、シェリルの視線がグレイスに向けられた。


 有名人ばかりに見つめられ、グレイスは思わず「ひっ……」と声が漏れる。


「ああ、彼はねー……えーと、名前なんだっけ?」

「グリグリ」「グレグレ」

「グ、グレイスです」

「そうそう、グレイス君、彼はね今日から私の補佐になった優秀な青年だよ」

「えっ? えええっ?!」


 グレイスの驚きの声など誰も気にもしていない、そんな事よりもとベランジェは話を続ける。


 大切そうにあのニーナ・ベンダーからの葉書を取り出すと、各受け取り人に渡し、ニンマリと笑った。


「フフフ、君たちー、絶対に驚くから読んでみてー」


 いたずらする子供の様に、そう声を掛けながら……

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