第49話緊急事態
「事務課長、直ぐに呼び出してくれ!!」
ベランジェは泣きやんだと思ったら、今度は突然そんな事を叫んだ。
名指しされたが言葉の意味が分からなかった事務課長は「は?」と間の抜けた声を漏らした。
ベランジェはそれにイラッとしたのか、眉根に皺を寄せ、もう一度事務課長に声を掛ける。
「この葉書の受け取り側の人間を全員此処へ呼び出してくれ!! これは緊急を要する! いいかい、大至急だ!!」
「へっ? で、ですが……その……皆様有名な方ばかりで……」
そうニーナ・ベンダーが葉書を送った相手は、ベランジェを含め皆この国の重鎮だ。
ベランジェはこの国一の研究家だし、シェリル様は大聖女様だ。
それにクラリッサとアルホンヌは二人共この国一の魔法騎士と騎士。
どう考えても事務課のただの課長である自分が呼び出せる相手ではないと、事務課長は当然の事を思った。
だがそれがベランジェを益々イラつかせた。
「まったくもー、君はわからんチンのとってんチンだなー、私の名を使って呼び出してくれという事だ! ううん、場所はここではダメだ……そうだ、私の研究室にすぐ来るようにと皆に至急伝えてくれ! 頼んだぞ!!」
そう言い残すとベランジェは葉書を大切そうに抱え、慌ただしく事務課を飛び出して行った。
それをチュルリとチャオがこちらも慌てて追いかける。
後に残された事務課長と、グレイスは、急な出来事に頭が追いつかず口を開けてポカンとしていた。
一体何なのか?
ベランジェ様は何に驚かれ、涙されたのか?
そしてニーナ・ベンダーとは一体何者なのか……
事務課長とグレイスには疑問だらけだったが、今はそれどころでは無かった。
そう、直ぐに連絡を入れなければならない。
事務課長は大急ぎで手続きを行った。
「グレイス、これをすぐに緊急課へ届けてくれ。その際にベランジェ様の依頼だと必ず必ず必ず伝えてくれ。私からのものだと勘違いされたら先に進まないからな」
「は、はい! 畏まりました!」
グレイスは走った。
事務課の廊下を走るなど初めてだった。
応接室でのあのベランジェ様の様子を目の当たりにして、これは国の一大事ではないかとそう考えていた。
自分には今それだけ重大な仕事が任されている。
そう思うと胸が弾む。
これまで第16事務課に配属されてから単純作業を熟す毎日の中で、今日ほど興奮する仕事を受けるのは初めてだったからだ。
緊急課に着くと、ノックも適当に扉を開いた。
「す、すみません! 第16事務課の者ですがー、ハア、ハア、ハア……」
城の中でも緊急課はスペシャリストの集まりだと言われている重要な部署だ。
そこにただの事務官でしかないグレイスが来た事で皆からの視線が集まった。
それも事務課の中でも下っ端の第16事務課。
そう、この緊急課に依頼をして来る者は王族の側付きや、ベランジェの様な有名人の補佐などだ。
つまり平々凡々な事務課のグレイスは、緊急課では場違いも良いところだった。
なので近づいてきた緊急課の職員はニヤニヤ顔の、馬鹿にしている感丸出しだ。
そしてグレイスの頭から、足の先までをなめるように見てから言葉を掛けてきた。
「こちらは緊急課ですが……何かご用意ですか?」
グレイスは心の中で(用があるから来てるんですよ!)と思ってはいたが、それは口には出さなかった……いや、出せなかった。
緊急課には高位貴族も多い、余計な事など口にすれば、グレイスなど簡単にどこか地方へ飛ばされてしまうだろう。
そうならない為にもグレイスは怒りをグッと抑え、何事もなかったように笑顔で頷いた。
「あの、ベランジェ様からの緊急の依頼で参りました。この方達への呼び出しをお願いします」
「はあ?」
上司から預かった書類を態度の悪い緊急課の受付の者に渡す。
相手が下っ端事務官のグレイスだからだろう、緊急課だと言うのにあからさまなのんびり対応だ。
そして書類を見て、その受付の者はクスクスと笑いだした。
「君ー、これ何の冗談ですかー? 大聖女様に、炎の騎士様に、金の騎士様って……ハハハッ、呼び出す相手全てがこの国の重要人物ばかりじゃないですかー。そんな方たちを今すぐ呼び出せって……ハハハ、どう考えても無理があるでしょー」
「で、ですが、ベランジェ様が……」
「ハハハ、それこそ怪しいねー。あのベランジェ様が人を呼び出す? そんな事これまで一度も無かったんだよ。君、一体何がやりたいの? もしかして目立ちたくってしょうがないのかなー?」
受付の担当者がグレイスを馬鹿にした様にクスクスと笑えば、緊急課の受付近くに居た者たちまでも、グレイスを馬鹿にした様に声を上げて笑いだした。
信じて貰えない……
第16事務課がどういう部署なのか、この人達は分かっているのだろう。
有っても無くても困らない課。
この人達はグレイスを困らせ、揶揄っている。
それが分かり、グレイスは悔しさから唇をギュッと噛み締めた。
「こんにちはー、呪い課でーす。グリグリの言ってる事本当なんですけどー」
緊急課に入って来たのはマッシュルームヘアーがトレイドマークのチュルリだった。
チュルリが来た事で緊急課の者達の顔色が変わる。
なんせ呪い課は王公認の花形課。
立場的には緊急課よりもよっぽど上だ。
そしてベランジェが担当している研究所の呪い課の者が来た事で、ベランジェからの依頼が本物だと信用された様だった。
さっきまで笑って居た者たちの顔色が変わる。
これはヤバイ、もしこの事がバレたら……
表情からはそんな感情が読み取れた。
それを見てグレイスはホッとしたとともに、今更ながら(グリグリってもしかして私の事なのか?) と不思議に思った。
愛称で呼ばれる。
そんな事グレイスには初めての事だった。
「グリグリ、ごめんねー。呪い課に帰ったらさー上司に怒られちゃったー。研究所の事なのにベランジェ様の依頼を事務課に任せるなーって、ここで嫌な思いしたでしょう? 後でしっかり上司に報告しておくからねー」
チュルリの言葉を聞いて緊急課の者たちの顔色が益々悪くなる。
特に受付した青年は震えている程だ。
グレイスには今、背の低いチュルリが大きくて優しいヒーローの様に見えていた。
最初会った時は変な人だなと思ったけれど、この精鋭揃いと言われている緊張課の人達よりもチュルリの方がよっぽどカッコいいと、グレイスはそう思っていた。
すると今度は背高のっぽでもじゃもじゃ頭のチャオが、怖そうな顔をした男性を引き連れて緊急課へと入ってきた。
すると緊急課の職員全員が立ち上がる。
グレイスはその様子でその男性が誰なのかすぐに分かった。
「お前達何をしている!」
「か、課長!!」
そう、チャオが連れて来たのは緊急課の課長だった。
課長はギロリと緊急課の、それも受付の者を睨んだ。
「お前達、緊急課の意味が分かっていないのか? ベランジェ様からの依頼には ”緊急事態” だと記載されている、なのに何をのんびりとしている! 馬鹿者め、サッサと動かんかー!」
「は、はいー!」
強面課長の一声で緊急課の面々は慌てだした。
グレイスはそれを見てホッとする。
無事に連絡はして貰えそうだ。
そしてグレイスは、チュルリとチャオの自分とは違う要領の良さを少し羨ましくも思っていた。
でも、仕事は無事に終わった。
コレでもう彼らとは関わることもないだろうと、礼をし事務課へ戻ろうとしたグレイスの肩を、何故かチュルリとチャオにガッシリと掴まれてしまった。
「グリグリはー、僕らと来てちょー」
「はっ?」
「グレグレを拉致しまーす」
「えっ?」
緊急課長に謝られたグレイスは、訳もわからずそのまま研究所へと連れて行かれた
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