第45話気味の悪い手紙②

「これは我々の手にはもう負えない……呪い課へ持って行こう」


 ニーナ・ベンダーからの四枚の葉書をジッと見つめ、上司の男が青い顔でそう呟いた。


 ここに集まった全員の顔色が悪い。


 呪いの葉書を目にし、まるで自分達までも呪いを受けた様な、そんな気持ちになっていた。


 この城には呪い課がある。


 常日頃から嫌がらせの様な呪いが城には届くからだ。


 中には危険な呪い道具を送りつけて来る者もいて、呪い課は危険物取扱課でもあった。


 それに呪いの魔道具は古い物ほど価値があり、その研究をしている城の花形課でも有った。


 呪い課は、ある有名な女性研究員が「呪いこそ魔法の結晶ですわ」と言って、研究を始めた事がきっかけで出来た、国王陛下が推奨する課でもあった。


 そう、その声を上げた女性研究員こそセラニーナ・ディフォルト。


 つまり葉書を送ったニーナ・ベンダー本人である事をここに集まる皆は知らない。


 ニーナの ”もう葉書代を支払いたく無い” と、強力な願いの込められた手紙は、呪いの手紙だと誤解は受けてはいるが、着々と目的の相手へと近づいて行っていた。


 あともう少し。


 ニーナの弟子達に葉書が届くのは、あとほんのちょっとと言うところまで来ていた。


 事務官であるグレイスは上司の指示を受け、葉書を厳重な箱に入れ、何重にも鍵をした。


 そしてグレイスは部屋に集まった皆に、これから戦場へと赴くかの様な挨拶をして、そっと箱を抱え、呪い課へと向かって行った。


 これでやっとこの葉書の呪縛から逃がれられると、グレイスはそう期待していた。




「こんにちはー、第16事務課ですがー」


 呪い課にやって来たグレイスは、カウンターから部屋の奥へ声を掛けた。


 呪い課はいつ何時何があるか分からない為、結界が厳重に張られた地下の奥深くにある。


 その結界も呪い課を創設した有名な女性研究員が張ったものらしく、今までどんな呪いを受けても全て弾いているそうだ。


 その魔力から威圧を感じるのか、グレイスにはヒシヒシと体に感じる何かがあった。


 その何かは、まるで亡霊の館にでも入って行く時の様な恐怖をグレイスに与えていた。


 早く事務課に帰りたい。


 呪い課に着く前からグレイスはそう思っていた。


「はいはいはーい、どちら様ですかー?」


 返事をして奥から出てきたのは、マッシュルームの様な髪型をした。


 成人しているかどうかも分からないぐらいの青年だった。


 こんな威圧的な部屋にいるのに余りにもニコニコして楽しそうで、それが益々グレイスに恐怖を与える。


 呪い課にいると言う事は、危険と隣り合わせだ。


 なのにそんな事は気にもしていない様な、研究員らしき青年の楽しそうな様子が気味悪かった。


「あ、あの…… 第16事務課ですが……」

「はーい、事務課さんですねー、ではこちらに署名お願いしまーす。呪い課は来た方をチェックしないと行けないのでー、お手数ですがお願いしますねー」


 呪い課の青年はワクワクした様子になっていた。


 新しい玩具がやって来た。


 それが嬉しくてしょうがない様だった。


 グレイスは震える手でなんとかカウンターにある名簿に署名をした。


 グレイスの前に呪い課に来た者もきっと同じ気持ちだったのだろう、やっぱり字が震えていた。


「それで今日はどんな物をお持ち頂いたんですかー?」


 青年は手揉みをしながらグレイスに話しかけてきた。


 グレイスは小さく頷くと、厳重に閉じられた箱を青年に差し出した。


 そしてゆっくりと鍵を開け、葉書を四枚取り出した。


 けれど呪い課の青年は、その葉書を見て首を傾げた。


「えーっと、これには別に呪いは掛かっていない様ですがー?」


 研究員の言葉を聞き、グレイスは思わず「はあ?!」と大きな声を上げてしまった。


 本当はすぐに事務課に戻りたかったのだが、呪いの葉書だと信じて貰うため、グレイスは言われるまま応接室へと通され、詳しい話を青年にすることになった。


「どうぞー、ハジキ茶でーす」


 聞き慣れないお茶の名前を聞いてグレイスは口を付けるのを一瞬を戸惑ったが、出された物を飲まない事は失礼に当たると、グレイスは目をつむり頑張って一口口にした。


「あ、美味しい……」


 思わず漏れた言葉に青年はニコニコ顔になる。


「ふふふーん、セラニーナ様が作ったお茶なんですよーん。美味しいでしょうー」


 とそんな自慢までして来た。


 グレイスは頷いたが、今はそれどころではない。


 それより呪いの葉書だ。



 グレイスはカップをソーサーに戻すと、葉書の様子を力説して青年に伝えた。


 何度処分しても戻って来る葉書。


 破っても、燃やしても、流しても、まるでその日届いたかの様に葉書は戻ってくる。


 それも国の有名人に宛てた手紙。


 そしてそれは全てニーナ・ベンダーと言う名の女性からの物だった。


 そこまで聞くと青年は何かを考え出した。


「ふむふむ、なる程ー、何度も戻ってくるとー……うんうん、ですがこの葉書からは禍々しいものは感じられないんですよねー」


 研究員の青年は葉書を手に取り、一枚一枚隅々まで見て行く。


 時折「字が上手だなー」とか「プププ、オネショー?」などなど葉書を見ては楽しそうに一人盛り上がっていた。


「うーん、ちょっと魔法を掛けて見ましょうかー」

「えっ?」


 気軽な感じで青年はそう言うと、雷の様な魔法を葉書に掛けた。


 葉書は雷魔法を受けると、シュルルと音を立て雷の魔力を吸い込んだ。


 そして葉書自体は何事も無かったかの様に無傷のままだった。 


「えー! 何コレおもしろ〜い! どうなってんのー?」


 青年は目をキラキラさせて葉書を見つめた。


 そして「お預かりしますね!」と嬉々として呪いの葉書を受け入れてくれた。


 これでやっとあの葉書から逃がれられる。


 グレイスは疲れ切った様子で事務課へと戻ったのだった。


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