セラニーナの仲間たち

第44話気味の悪い手紙

 そこはリチュオル国の事務課の作業部屋の一室。


 王城に届けられる手紙を振り分ける部屋で、ある奇妙な事が起きていた。


 その手紙……いや葉書が届くのは、今日で五度目。


 それは城で有名な人物宛に送られて来た葉書だった。


 まず一通目は炎の騎士クラリッサ様宛。


 女性でありながら魔法剣士として活躍をする、一流の騎士だ。


 その美しさから憧れを抱くものは多いが、皆強さに怯み、声を掛ける事は出来ないでいる。


 高嶺の花。


 クラリッサ様にはその言葉がピッタリであった。


 そしてもう一通は、金の騎士アルホンヌ様宛。


 甘いマスクで多くの女性を夢中にさせる騎士でありながら、この国一の実力を誇る男性だ。


 その強さは伝説になる程で、訓練中に城を壊してしまった事は有名だ。


 皆その事件に驚きおののくとともに、アルホンヌ様には決して攻撃を仕掛けてはならないと、このことで良く学んだ。


 そうアルホンヌ様もクラリッサ様も、この城で、そしてこのリチュオル国で、誰もが知る程のとてつもない有名人。


 そんな二人には毎日のように多くの手紙が届くため、その手紙を事務官がお二人に見せても良い物かを確認し、判断している。


 中には毒物を送りつけてくるもの、それから結婚申込書を送りつけてくる輩もいる。


 その為お二人からは知人リストを貰い、それに該当が無ければ破棄しているのだが、その葉書は破棄しても破棄しても何故か毎日届く気持ちの悪い物だった。


 そう、それも同じ文面、同じ日付で……


「ニーナ・ベンダー? うーん……どう見ても知人リストには無いしなー……」


 事務官のグレイスはその葉書を読んでみた。


 そこには友人……というよりは、自分の子供に宛てるような文章が並んでいた。


 泣き虫は治ったの?


 おねしょはしていない?


 一人で眠れているかしら?


 大好きなパウンドケーキを今度食べさせますからね。


 などなど……その不気味な葉書には、絶対に金の騎士と炎の騎士宛では無いだろうという文章が並んでいたのだ。


 なので勿論グレイスは破棄をする。


 初日は破棄するためのゴミ箱に普通に捨てた。


 二日目も同じ様に捨てた。


 けれど三日目には少し気味が悪くなり、グレイスが直接焼却炉へと持っていき、燃えてなくなるのを確認した。


 けれど四日目にはまた同じ手紙が届いた。


 なので今度は粉々に破ってトイレに流してみた。


 これで大丈夫!


 そう思っていたのに……今日また同じ手紙が届いたのだ。


 事務官のグレイスは、この手紙が気味が悪くて仕方が無かった。


 どう考えても嫌がらせだ。


 それに確実に呪いが掛けられている。


 どうにかしてこの手紙を破棄しなければならない、そう考えて居た。



 すると別の部署の事務官にも、グレイスと同じ様に悩んでいる者がいた。


 それはこの国一の研究家であるベランジェ様宛の手紙だ。


 ベランジェ様は有名な賢者の弟子で、これ迄様々な発明をして来た人物だった。


 なのでベランジェ様も勿論この国で有名な為、到着する手紙は全て調べられる。


 そこにニーナ・ベンダー……


 またその送り主からの手紙が毎日届いているのだ。


 それもあの研究はどうなったの? とか……


 げじげじ草はちゃんと世話しているの? とか……


 毎日お風呂に入っているの? とか……


 研究所の片づけは出来ているの? とか……


 などなど……


 どう考えても母親目線の手紙に、すでに50歳を超えているベランジェ様宛の手紙では可笑しいと、その事務官も手紙を処分した。


 けれど来る日も来る日もその手紙は届く。


 どうしたらいいのかと悩んでいる所で、グレイスはその事務官とお互いに同じ悩みを抱えている事を知った。


 そこで意気投合した二人は相談を始めた。


「この手紙は呪いの魔道具じゃないのかなー……」

「私もそう思う……これは上司に報告して片付けて貰うしかないんじゃないか?」


 二人は大きくため息をついた。


 上司に相談をする。


 それは下っ端事務官には大きな障害だった。


 手紙一つ片づけられない。


 そんな話になれば、自分たちなど簡単にクビにされてしまうだろう。


 折角掴んだ城での仕事、二人はどうしても手放したくは無かった。


「でも……もうお手上げだよな……」


 自分たちではどうしようもない……


 二人は覚悟を決め、上司に相談することにした。


 そして……


「なんだー? 何度も送られてくる奇妙な手紙だとぉ?」


 案の定上司の眉間には皺が寄り、馬鹿にしたようにグレイスを見てきた。


 けれど証拠はある。


 なのでグレイスは堂々とその葉書を上司に渡した。


 上司はその葉書に書かれている内容を読み、鼻で笑った。


「はんっ、随分と金の騎士様と炎の騎士様を馬鹿にした手紙だなー。ニーナ・ベンダー? 貴族の女か? それにしても字だけは美しいな……きちんと教養がある女性の字に見える……」


 上司はうーん……と葉書を持ちながら考え込んだ。


(年老いて記憶が可笑しくなった貴族の女が、お二人を自分の子供だと思って手紙を送って来たのか? だが……それにしては文面がちゃんとしているような……)


 そんな事を考えて居ると、事務方の部屋にある人物がやって来た。


 それは大聖女神殿で働く司祭だった。


 城で引き取って欲しいものがあると、わざわざ事務課までやって来たのだ。


 部屋に通された司祭の顔は青ざめていた。


「この手紙なのですが……」


 上司とグレイスは司祭が差し出した手紙を見てギョッとした。


 そこには金の騎士と炎の騎士、そしてベランジェ様宛の手紙と同じ葉書があった。


 それも現大聖女であるシェリル様宛の物だ。


 グレイスと上司は恐怖から思わず「ひっ……」と息をのんだ。


 そう、その葉書にも送り主の名には


 ニーナ・ベンダー……


 その名があったからだ。


 もう自分たちではどうしようもない、彼等はそう思い始めていた。

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