第43話郵便屋さん
ニーナはファブリスに連れられて郵便屋……らしき場所へと来た。
郵便屋とは名ばかりで、外からの見た目はただの民家だ。
ニーナにはこの屋敷のどこが郵便屋なのかはまったく分からない。
けれどファブリスは慣れた様子で玄関を開け、屋敷へと入って行った。
すると玄関には小さなカウンターがあり、少しだが葉書や便箋のセットが置いてあった。
目の前にずっと欲しかった便箋がある。
それだけでニーナの心は弾んでいた。
「こんにちはー」
ファブリスが屋敷の奥へと大きな声を掛ければ、「はーい」と返事をして女性が出てきた。
この家の夫人なのか、田舎の庶民にしては綺麗な服を着ていて、エプロンを外しながらバタバタと駆け寄ってきた。
「あら、ファブリスさん、こんにちは、久しぶりねー。ねえ、この前のこと考えてくれたかしら? 裏の家の娘なんだけど良い子がいるのよー。そりゃあとびっきりの美人とは言わないけどねー、でもこの町ではなかなか人気がある子なのよー」
「……いえ、私は……」
「まあまあ、貴方そんな内気じゃいつまでたっても結婚なんて出来ないわよ。別にすぐにどうにかなれなんて言ってないの、取り敢えず一度ウチで顔を合わせてみない? きっとあの子の事気に入ると思うのよー」
「いえ、あの、夫人、私は……」
「パパー、ニーナ、はやくおてがみほしーのー」
「「えっ?」」
余りにも夫人の話が早口で続くので、ニーナは痺れを切らした。
ただでさえずっと欲しいと待ち侘びていた便箋が今目の前にあるのだ。
早く手紙を書きたくてしょうがなかった。
だが今日はファブリスの子供の設定のはずなのに、”パパ” と甘えた声で呼んだからか、夫人だけでなくファブリスまで驚いてニーナの顔を見てきた。
ニーナは二人に子供らしいとびっきりの笑顔を向ける。
そうシェリーの真似だ。
物に釣られたニーナは信じられないほど演技が上達していた。
それにファブリスはベンダー男爵家の大切な執事、本人が望む相手ならまだしも、こんな所でどうでも良い相手と結婚などさせられない。
便箋を前に燃えるニーナの演技には、かなりの力が入っていた。
「ねぇー、パパー、ニーナはやくおてがみほしーのー」
ニーナは今度はファブリスに向けて甘えた顔をする。
素晴らしい演技だ。
ファブリスは驚く。
ニーナは便箋と言う獲物を前に、ちゃんと子供らしい子供の演技が出来ていた。
ただ現実をしるファブリスには、少しわざとらしく見えて、内心笑いを噛みしめていた。
「ファ、ファ、ファブリスさん、貴方、子持ちだったの?!」
キーンと甲高い夫人の声が室内に大きく響く。
ファブリスはどう答えていいのか分からないのか「いやー」と苦笑いだ。
また話が続いては困ると、ニーナは直接夫人に話し掛ける事にした。
「おばさま、ニーナはおてがみがかきたいの」
「へっ? えっ? お、お嬢ちゃんが?」
ニーナは目を丸くする夫人に笑顔で頷く。
ファブリスは口元を押さえているのできっと笑っているのだろう。
ニーナの子供のフリは、ファブリスからすると相当面白いようだ。
ただニーナは正真正銘の6歳の子供なのだが……ファブリスはその事がすっかり頭から抜けている様だった。
それはニーナの普段の行いのせいだろう……
いわば自業自得だ。
「おばさま、便箋セットはお幾らですの?」
夫人は急に大人びたニーナに益々驚きながら、答えてくれる。
便箋セットは銅貨5枚。
葉書で有れば5枚で銅貨5枚、その上郵便代も付いている。
そして手紙の王都までの郵便代が銅貨3枚。
ニーナは仕方なくだが、葉書を選択する事にした。
とにかく今は節約が必要だ。
今のベンダー男爵家は一銅貨も無駄には出来ないのだから。
「おばさま、どこかで葉書を書けますか?」
「お、お嬢ちゃん、あんたが字を書くのかい?」
「ええ、私はおとう……パパに字を習いましたの、ですから簡単な文字は書けますのよ」
オホホホとニーナは笑って誤魔化している様だが、夫人の見る目はもう奇妙な物を見る目に変わっている。
既に子供の演技が抜けたニーナはいびつな存在にしか映らない。
なのでそんなニーナの誤魔化しは、ただ夫人に恐怖を与えるだけだった。
顔色の悪い夫人はニーナをジッと見つめながら、葉書の5枚セットを出してくれた。
そして一応父親役のファブリスがお金を支払う。
その間にニーナは早速葉書を書き始めた。
カウンターにあるペンを使い、美しい文字で葉書を書き進んでいく。
手紙を書く相手は四人。
聖女時代の弟子のシェリル、それに研究員時代の弟子ベランジェ。
そしてニーナに付いてくれていた最後の護衛であるクラリッサとアルホンヌ。
彼らに連絡を取りベンダー男爵家に来てもらえれば……
ディオンやアラン、それにシェリーも今以上に成長する事は間違いなかった。
ふんふんふーんと子供らしい声で鼻歌を歌い、ニーナは葉書を書いている。
ご機嫌だ。
ただ、郵便屋のカウンターは大人サイズの高さだ。
小さな背のニーナがカウンターで手紙を書くならば、普通に考えればファブリスに抱えられないと無理だろう。
けれどそこはニーナだ。魔法を使い台に乗っているかの様に平然としている。
夫人の開いた口が塞がらないのは当然の事だった。
「よし、出来ましたわ」
ニーナは書き上げた葉書に魔法を掛ける。
貧乏なベンダー男爵家が銅貨5枚も支払ったのだ、届かなかったでは済まされない。
絶対に届く魔法。
それはニーナだから出来る複雑な魔法だった。
「おばさま、お願い致しますわ」
口を開けたまま夫人はコクコクと頷き、葉書を受け取った。
これで家庭教師の目処は立ちそうだとニーナはやっと安心していた。
後はどれぐらいで連絡が付くのか……それだけだった。
「それではファブリス帰りましょうか」
「はい、ニーナ様」
こうしてニーナは隣町での満足いく買い物が終わり、帰路に着いたのだった。
ただし……お喋り好きな夫人の存在は忘れていた。
そう、夫人の手によって隣町でニーナの噂が広まるのは、もう間もなくのことだった。
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