第42話生地屋

 ニーナとファブリスは手を繋ぎ、今度は生地屋へとやって来た。


 本物の魔法袋を作る為、魔法袋専用の生地を探しに来たのだ。


 これ程の田舎なので、元より有るとは思っていない。


 けれどこれから先の事を考えれば、出来るだけ早く本物の魔法袋を作りたい。


 自分達用の物もそうだが、販売する用の物も作りたい。


 自分達で使っている簡易魔法袋にはやはり限界がある。


 容量もそうだが、入れた魔獣もいつまでも新鮮とはいかない。


 本物の魔法袋であれば入れたら出すまで鮮度が保たれる。


 だが今現在の簡易魔法袋はそうはいかない。


 一年持つかどうかだろうとニーナは思っている。


 ただし、それもニーナの魔法の力あっての事だ。


 そもそも普通の魔法使いは、魔法袋専用の生地以外で魔法袋を作れたりなどしない。


 ニーナが異常……いや、稀有な存在。


 その事に気が付いているものはいないだろう……ニーナ本人も当然のことだと思っている。


 そして何よりもニーナはディオンとアランの折角の成果を無駄にはしたくないという気持ちがあった。


 なので出来るだけ本物の魔法袋が欲しかった。


 決して折角捕まえた魔獣をお金に換えないうちに無駄にしたくない……


 などとは思っていないはず。


「ファブリス、この町の生地屋に魔法袋用の生地が無ければ、隣の隣の町に近いうちに行きたいですわ」

「はい、そちらは少し遠くなりますので、泊まり掛けになるかも知れませんが……」

「ファブリスの力を使っても?」

「……そこは試してみないとなんとも言えませんが……」

「そう、ならきっと大丈夫ね。ファブリスはまだまだ成長しますもの」


 ニッコリと微笑み自分を認めてくれるニーナに、ファブリスは胸がギュッと締め付けられる。


 自分を認めてくれる人がいる。


 それはファブリスに自信を与え、そしてこれまで潜めていた力を開放させ、成長させていた。


 それも凄い速さで……


 その事にニーナもファブリスも気が付いていない。


 ディオンやアランを含め、ニーナの周りでは今恐ろしい存在が育ち始めている……


 その事に国の者達が気が付くのは、まだまだ先になりそうだった……



 生地屋に着くと、店内はごった返していた。


 こんな時期なのに大掃除を始めているのか、店主とその妻らしき人物が口元を布で覆い、箒やハタキを持っていた。


 ニーナとファブリスが店内に入ると、「らっしゃい」と言いながらも少し困った様な表情になった。


「お客さんバタバタしててごめんねー」

「いいえ、大掃除ですか?」


 店主夫人はアハハと豪快に笑い答えた。


「棚卸しのついでにねー。客が来なくてもたまには掃除しないとと思ってね。それで今日はなんだい? 何の生地が必要だい? ドレス用かい? 下着用かい?」


 どうやら何用の生地が欲しいか答えれば、品物を出してくれる様だ。


 けれどニーナは既に目的の品を見つけていた。


 なのでそのままこの生地が欲しいと指差してみた。


「あー、そっちの生地は処分しようと思ってた物だから、適当に持ってって良いよー」

「処分? 処分ですの? でもこれは……」


 そう魔法袋用の生地は高い。


 例え古い物だとしてもかなりの高額になる。


 なのに持って行って良いと言う夫人に、何の生地か分かってないからでは? とニーナは心配になったが、店主夫人はまた笑い出した。


「アハハ、嬢ちゃんは物が分かる子みたいだねー。こんな田舎町にさ、高価な布があっても売れやしないんだよー。だからといって別の町に売りに行く程の元気はあたし達には無いからねー。だから持ってってくれるならこっちとしても助かるぐらいなんだよー」


 店主夫人はそっちの布は全部持って行って良いよと、太っ腹な事を言ってくれた。


 ドレスに出来そうな生地や、ディオンやアランの騎士服に良さそうな生地まである。


 ニーナはやはりただでは貰えない気がした。


 好意はとても嬉しいが、ただよりも怖いものはない。


 ニーナはセラニーナ時代の記憶からその事が良く分かっていた。


「奥様、では遠慮なくこちらの生地を頂きますが、何かお困りの事はございませんか?」

「アハハ、奥様だなんて、嬢ちゃん、あたしはそんなガラじゃないよー。いいよ、いいよ、子供は遠慮なんてしなくていいのさ、気に入ったんなら全部持って行きな」


 店主もニコニコしながらうんうんと頷いている。


 ニーナは自分が美少女であることを良く分かっていない。


 それも幼く礼儀正しい美少女。


 そんな可愛らしい子に ”奥様” なーんて言われたら、店主夫人がご機嫌になるのも当然だった。


 けれどそんな事に気が付かないニーナは、気前が良すぎる店主夫妻の事が心底心配になった。

 

 だが、まだまだ貧乏なベンダー男爵家の為に、ここはお言葉に甘える事にした。


 ただしニーナの性格上、ただでとは行かなかった……


「では店主様、奥様、お礼に掃除は私にお任せくださいませ」


 ニーナは魔法を使いサッと掃除を終わらせる。


 それと共に、口を開けてポカンとしている店主夫妻に、魔法袋からお菓子などを取り出し渡した。


「宜しければこちらをお召し上がり下さいませ。それからこちらの布で何か品を作りましたら、必ずご主人と奥様にお持ち致しますわ」

「……えっ? じょ、嬢ちゃんが何か作るのかい?」

「はい。私はこれでも魔法裁縫は得意ですの、ですから楽しみにしていて下さいませ」


 掃除魔法に加え、魔法裁縫が得意だと聞いた夫妻は驚きが隠せない。


 そんな驚いている2人に、ニーナはニッコリと良い笑顔を向ける。


 ベンダー男爵家が落ち着いたら、お世話になった町の人達を呼びパーティーをしよう。


 そしてその為の衣装をこの2人にプレゼントしようと、ニーナは決めた。


 そして勿論本物の魔法袋も……


 きっと大掃除や在庫管理の役に立つことだろう……


 気前の良い夫妻に恩返しをしよう。


 ニーナはそう思っていた。



 そしてニーナは頂いた布をファブリスにお願いして魔法袋にしまって貰った。


 それを店主夫妻はまたまた驚きながら見ている。


 店主夫妻は魔法袋の生地は知っていても、実際に魔法袋を見るのは初めてだった。


 この子は一体何者なんだ……?


 ニーナを見つめ呆然としている二人に、必ず魔法袋を作ったら持って来ますねと約束をして、ニーナとファブリスは店を出た。


 この後店主夫妻は暫く動けなかった様だ……


 ある意味彼等もニーナの被害者なのかもしれない……



「ファブリス、次は郵便屋さんへ行きたわ」

「はい。参りましょう」


 そんな有難迷惑をかけまくっているニーナとファブリスは、また手を繋ぐ。


 一応言っておくが親子のフリの様だ。


 まったく今更だと思うのだが、本人達は至って真面目だった。


 それにしても……とニーナは思う。


 この町の人達も人が良すぎる。


 もしベンダー男爵家の立て直しに成功した場合には、きっとこの町にも影響が出ることだろう。


 その時この町の人達がどうなるか心配だった。


 町を管理してくれる人材がいるのか……


「フー、やる事が次から次へと出てくるわねー」


 そう呟くニーナの目には決意が見て取れた。


 この町もいずれは……と、ニーナの野望はどんどん膨らんで行くのだった。

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