第41話文具屋

「ファブリス、やっとお金が手元に入りましたね」


 ファブリスはニーナの言葉に頷く。


 そう念願だった現金が手元に入ったのだ。


 ニーナを主として尊敬しているファブリスにとって、ニーナが喜ぶ姿は自分の喜びであった。


 これまでファブリスがこの町に来ても、お金は必要では無かった。


 どこの店でも物々交換だったし、肉屋にも顔は出してはいたが、やっぱりそこでも物々交換だった。


 そして今回初めて肉屋に現金での買取をお願いしたところ、店主は快く受けてくれた。


 まあこの町での生活には殆ど金は必要ではない為、すんなり受けて貰えた事は当然だったかもしれない。


 肉屋にお金があった事自体に、ファブリスは驚いたぐらいだった。


 田舎町ではお金の使い道が無い。


 だから殆ど現金を使わずに生きていける。


 だがニーナの中にセラニーナが入った事で、それではダメだと気が付いた。


 ニーナがベンダー男爵家皆の意識を変えた。


 そう言えるだろう。



「ファブリス、次は文具屋さんへ行きたいのだけど……」

「ニーナ様、文具屋はございませんが、文具を置いていると思われる店はございます」

「そう、ではそちらへ参りましょう」


 ファブリスとニーナはまた手を繋ぎ、商店街の中を進んでいく。


 たまに町の人とはすれ違うが、皆特に買い物をしている様子はない。


 この町の人達の生活も気にはなったが、ニーナは今はそれどころではなかった。


 そう、目指すはディオンとシェリーの教材!


 出来れば教科書まで欲しいが、この町では無理だろう。


 最低でも紙とペンを!


 それだけは手に入れたいとニーナは思っていた。



 そして着いた場所は日用品が置いてある店だった。


 ただ店内には誰も人がいない。


 普段から客が少ないのか、店内は古びていて、埃っぽさもあった。


 ニーナとファブリスが店内に入ると、入口の鈴がチリリーンと鳴った。


 すると「はいはい」と声が聞こえ、背が曲がった老婆がやってきた。


「いらっしゃいませ、何をおもとめですか?」


 店主らしい老婆は腰に手をやり、ニコニコとファブリスとニーナを見て来た。


「ごめんくださいませ、おばさま。こちらにペンや紙はございますでしょうか?」


 店主は「へっ?」と言ったあと、耳をこちらに向けてきた。


 子供であるニーナの高い声は、高齢の店主には聞き取り辛かった様なので、今度はファブリスが店主に声を掛ける。


 紙とペンと聞こえた店主は「あー、どっかにあったかしらねー」と言いながら店の奥へと戻って行った。


 どうやら文具は普段は売れる物では無いらしく、店頭には置いて無いようだ。


 確かに店内には洗剤や石鹸などの日用品と、蝋燭などが置いてあるだけだった。


 文字を書く習慣が無ければ、店に文具など置く必要はないだろう。


 ニーナは諦め半分、祈り半分の気持ちで、店の店主である老婆が戻るのをまった。


 そして10分ぐらいすると、えっちらおっちらと大きな箱を抱え、店主が戻ってきた。


 ファブリスがすぐに駆け寄り、大きな箱を運ぶのを代わる。


 カウンターにその箱を置くと、店主はその中から日焼けしてしまった紙や、古ぼけたインクやペンを出してきた。


「古いもんだけどねー、コレで良いのかね?」


 ニーナの身長では箱の中が見えない為、ファブリスに抱っこしてもらい箱の中を覗いた。


 箱の中には他にも沢山の教材が入っていた。


 ただ全て古びている。


 きっと以前は店頭に置いていたのだろう。


 売れ残りの品に見える。


 でも使えない訳では無かった。


「はい、おばさま、こちらで間違いございません。これら全てを私どもにお売り頂けますか?」

「えっ? あんだって?」


 店主はニーナの言葉がやはり聞き取れなかった様だ。


 ファブリスがまた代わりに答える。


 店主はファブリスの言葉に頷き、そしてニコニコして答えた。


「あはは、こんなもんが欲しいだなんて変わってる子だねー。うんうん、いいよ、上げるよ、どうせ店に置いてても売れやしないからねー」

「いえ、おばさま、そんな訳には参りませんわ……」

「えっ? やかん? やかんはウチには置いてないねー」


 ニーナでは話しが通じないため、ファブリスに通訳して貰いながら話をする。


 無料はさすがに申し訳ないため、何か困っている事は無いかと聞いて貰う。


 それでも気にしなくていいと言う店主に、ニーナはある提案をした。


「ではお礼に店内を掃除させて頂きましょう。ファブリス、お願い」

「はい」


 ファブリスが通訳をすれば、店主は「そんな気を使わなくていいんだよ」と言いながらも、嬉しそうに「助かるねー」と喜んでくれた。


 それを聞き、ニーナは魔法で一気に店内を綺麗にする。


 紙とペンを手に入れた今のニーナは、ご機嫌で魔法も性能抜群だ。


 店内は驚くほどピカピカになった。


 それも一瞬で……


「いかがでしょうか?」


 ニーナの言葉は聞こえたかは分からないが、店主は手を叩き喜んでいる。


 気に入って貰えた様だ。


 ニーナもファブリスも笑顔になった。


 そして文具の入った箱を魔法袋に入れ、次は生地屋に向かった。


 勿論手を繋いで。


 一応親子設定は続いているらしい。


 凸凹親子を装う二人の買い物はまだ続くのだった。

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