第40話お肉屋さん

「いやー、ウチとしては全部買取りたい所だけどよー、これ全部はウチじゃー無理だな。肉は多少は保存出来るけどよー、流石にこんだけあると腐っちまうからなー」


 肉屋の店主はそれはそれは残念そうにそう言った。


 本当はカウンターに並べた肉は全て欲しい様だし、ニーナ達も出来ればここに出した分ぐらいは売ってしまいたい。


 今日少しだけ売ってまた売りに来る……それも出来なくは無いが、ディオンとアランの今の成長を考えれば、これからどんどん魔法袋に魔獣は増えていく事だろう。


 簡易魔法袋にも限界があるし、魔法袋作成用に使える布にも限りがある。


 それに少しでも多く現金が欲しいニーナとしては、買いたいと思って貰えているのならば、多少安くても売ってしまいたかった。


 元手はかかっていないのだ、田舎町ならばそれぐらいは仕方ない事だろう。


「店主様、では、この簡易魔法袋を貸し出しますと提案をしたらいかがでしょうか?」

「か、かんい魔法袋? 嬢ちゃんそれって今肉を出した不思議な袋の事かい?」

「ええ、そうでございますわ。こちらは簡易的な物で、壊れる可能性も有りますし、一年持つかどうかの物ですので、流石にお売りする事は出来ませんが、それでも無料でお貸しする事は出来ますわ」

「そりゃー、オレっちの店としたゃー助かるが……そのかんかん魔法袋って珍しい物なんだろう? そんな大切なもん、俺なんかに貸しちまって良いのかい?」

「ええ、構いませんわ。いつもお世話になっている店主様ですもの……ファブリス、新しい魔法袋を店主様に」

「はい」


 店主はファブリスから魔法袋を受け取ると、生地を触ったり、中を覗いたりした。


 そしてカウンターに置いてある肉をその魔法袋の中へとしまうと、それはそれは嬉しそうな顔になった。


 その顔を見てニーナまで嬉しくなる。


 勿論ファブリスもだ。


 ただこの主従二人、スッカリ親子設定を忘れている事に気がついていない。


 肉屋の店主も今はそんな些細なことはどうでも良い様だった。


 そう、店主は肉に、そしてニーナたちはお金に……


 お互い頭の中はそんな欲で占められていた。




「このなんちゃら袋を借りられるんなら、今出された肉全部買い取るぜー」


 その言葉にニーナはニンマリとした。


 勿論心の中でだけだ。


 淑女として人前でそんな笑みは浮かべられない。


 ただしそういう所が子供らしく見られない事に、今興奮気味のニーナは気が付かないのだった。



 

 結局店主には全ての肉を買い取って貰えた。


 ただし肉屋にも現金があまり無かったため、銀貨3枚以外は物で支払われる事になった。


 その物と言うのは肉屋のソースだったり、ハムやウインナーだったりだ。


 エクトルも屋敷で同じ物を作りはするが、人が違えば味も違うだろうと、これらはエクトルのお土産にすることにした。


 例え銀貨3枚でも今のニーナには大金だった。


 これで便箋が買える。


 ディオンとシェリーの教材が揃えられる。


 ニーナは意気揚々と、この後の町での買い物を思い描いていた。




「店主様、お聞きいたしますがカリュドーンなどはこちらで買取りは出来ますか?」

「カリュドーン? カリュドーンだって?! ま、まさか……嬢ちゃん……あのカリュドーンも持ってんのか?」

「はい。持っておりますが……」

「ああ、分かるぜ、ここには卸せないって事だろう? ウチだってそんな良い肉を買い取るだけの余裕はないからなー」


 カリュドーンは美味しい肉の為、店主は欲しそうだったが、もう買い取り支払えるだけの物が無いため、諦めたようだった。


 人が良い店主にニーナは心が温まる。


 子供相手でもきちんと接客してくれる態度もそうだが、何よりもこの店主は人柄がよかった。


 今後ベンダー男爵領が発展を遂げた時の事を考えれば、店主とは縁を作っておきたい。


 ニーナはエクトルが部位別に切り分けた自宅用のカリュドーンを取出し、店主に差し出した。


「少しですがこちらを店主様に……お近づきの品ですわ。今後も宜しくお願い致しますわね」

「えっ? いい良いのか? これ、カリュドーンだろ?」


 驚く店主にニーナは頷いた。


 これでこの店主と仲良くなれるのならば安いものだ。


 第一ニーナたちは、剣や魔法の訓練の目的の合間に肉を手に入れているような物だ。


 失っても痛くもかゆくもない上に、魔法袋が少し軽くなる、ニーナとしても有難いぐらいだった。


「嬢ちゃん、有難うな、なんかこの町で困った事が有れば俺に相談しろよ」

「店主様、心強いお言葉有難うございますわ」

「ハハハッ、それにしても嬢ちゃん、あんた、良いとこのお嬢様だったんだな」

「えっ……」


 ニーナはそこですっかり演技を忘れていた自分に気が付いた。


 お金が手に入った事で興奮し、最初の親子設定を忘れていたのだ。


 それはファブリスも同じだった様で、ハッとすると、困ったような表情を浮かべていた。


「アハハハハ、まあ気にすんな、二人が親子っていうにも無理があるからなー。あんた達全く似てないもんなー」


 店主の言葉を聞いてこの作戦が始めから失敗だったことをニーナとファブリスは悟った。


 次の店では普通に過ごそう……


 お金を手にした二人は、そう諦めていた。

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