第39話隣町

 ニーナはファブリスと手を繋ぎ、隣町の入口へとやって来た。


 町の入口は門ではなく、牧場の入口のような柵があるだけだった。


 勿論門兵など居るはずもなく、誰でも簡単に入場できる状態だった。


 ファブリスはそこを当たり前のように進んでいく。


 初めに向かうは肉屋だ。


 この町では森で捕まえた小さな魔獣を売る予定でいる。


 猪型魔獣のカリュドーンや、蜘蛛魔獣モノリスはこの町では手に余る事だろう。


 町へ入って見て、ここは村(・)ではないのかと疑問に思う程、道に誰も歩いていない状態を見て、ニーナは尚更そう感じた。


 本当にここに商店があるのかも少し不安になったが、ファブリスを信じ町の中へと進んでいった。


「ニーナさ……ゴホンッ、ニーナ、間もなく商店街ですよ」


 ファブリスの言葉にニーナは幼い少女らしく笑顔で頷く。


 だが内心では今の所町の誰とも出会っていないことで、不安しか無かった。


 本当に商店街? と呼べるほどの物がこの町にあるのかは分からないが、それでも取りあえず多少の金銭が手に入れば……


 と、ニーナは小さな小さな希望を抱いていた。




 商店街の入口には、大雨でも来たら壊れてしまうのではないかと思える様な、さびれたアーチがあった。


 ファブリスとそれをくぐり、その商店街へと入っていった。


 そこは確かに町に入ってから見た事がないほど多くの家が続いている街並みだったが、決して賑わっているわけではなく、数人の人が歩いているだけだった。


 店の前での呼び込みなどは勿論なく、ただ店と思われる家が並んでいるだけだ。


 歩いている人たちも買い物をしているという訳ではなく、ただ歩いているだけだった。


 家に帰るのか、散歩なのか、買い物帰りなのか……


 ニーナは嫌な予感しかしなかった。


「お父さん、ここが商店街で間違いないのですわよね?」

「ええ、ニーナ……ここが商店街です」

「……そうですか……ではお肉屋さんに案内お願い致しますわ」

「畏まりました」


 まったく親子に見えない二人だが、これでも本人たちは完璧な親子だと思って居る。


 そんな凸凹親子は商店街の中を進み、屋根にある看板に、薄っすらと ”肉” と書かれた店へと入っていく。


 そこの店には確かに少しだけ肉が置いてあった。


 ただし決して買いたいとは思えない状態の物だったが……


「すみませーん!」


 ファブリスは店の奥に向かって大きな声を掛けた。


 確かに入口に呼び鈴があるわけでもないので、客が声を掛けなければ店員は気が付く事は無いだろう。


 それにいつ客が来るかも分からない状態の中、ずっと店番をして居ることも出来ないのだろう。


 ニーナは次の店では自分が声を掛けてみようと、心の中で(すみません、すみませーん)と真面目に自主練習をしていたのだった。


 ファブリスが大きな声で三回程声掛けをすると、店の奥から「はいよー」と男性の返事が聞こえてきた。


 そして暫くするとエプロンを掛けたままの丸々とした男性がやって来た。


 ファブリスを知っているのだろう、顔を見ると「おう、いらっしゃい」と片手を上げて気軽に声を掛けてきた。


「お客さん、久し振りだなー、なんだあんた娘が居たのかい?」


 肉屋の男性はニーナを見てニコニコとした。


 ニーナもそれに礼を返す。


「初めまして、肉屋の御主人……」


 ニーナはそこまで喋ってハッとする。


 そう今日は町娘、礼儀正しい挨拶ではいけない。


 そこで浮かんだのは出会った頃の姉であるシェリーの姿だった。


(初めて会った時のお姉様の挨拶を思いださなければ!)


 賢いニーナはすぐにシフトチェンジした。


「アタシ ニーナ オトウサント カイモノニキタノ」

「おー、こりゃ別嬪さんだなー、ガハハハッ、どうだ嬢ちゃんウチの息子の嫁にならないか?」

「オキモチダケ イタダイテオキマス ワッ」

「ガハハハッ、こりゃあ、面白い嬢ちゃんだなー」


 ニーナはやり切った感でファブリスにドヤ顔を向けた。


 だが残念ながらファブリスと視線が合うことは無かった。


 それどころかファブリスは何故か横を向き肩を揺らしていた。


 まるで笑うのを堪えているかのように……


「お客さん、折角きてくれたところ悪いんだがなー、今日は丁度肉切れなんだよ……」


 店主の話を聞いてこれはいいタイミングだったとニーナはほくそ笑む。


 手を繋ぐファブリスもニヤリと口元が緩むのが分かった。


 予定通り肉の売り込みに入りたいと、ニーナはファブリスに向かって頷いた。


「店主、今日は肉を売りに来たんだ、買い取って貰えるだろうか?」

「おおお、本当か? それは助かるよ。いやー最近は町の若者も減っちまって肉が中々入らなくって困ってたんだよ。それでなんの肉だ? 鳥か? ウサギか?」


 ファブリスは魔法袋を腰の鞄から取出し、シェリーとベルナールが仕留めた鳥を数匹取り出した。


 それとディオンとアランが倒した、狼や狐などもカウンターに並べる。


 店主は獲物を見ると嬉々とした顔になった。


「こりゃあスゲー、こんなに売って貰えるのか?」

「ええ、我が家の騎士達が森で偶々動物たちに遭遇して手に入れた物ですが、傷んではおりませんよ」

「ああ、見ればわかる、こりゃー今仕留めたみたいだ。鮮度も良い。それに仕留め方も上手いなー……」


 店主が夢中になって肉を確認する中、ニーナとファブリスは顔を見合わせニヤリとした。


 取りあえず売り込みは上手く行きそうだと。


 ニーナの第一目標はどうやら突破出来そうだった。

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