第38話町へのお出掛け

「それではお兄様、お姉様、屋敷の事、宜しくお願い致しますわね」

「うん、ニーナ任せといて、俺しっかり皆を守るよ」

「ニーナ、お父さん……様の事は私にお任せくださいませ」


 今日はニーナは近くの町へとファブリスと向かう。


 魔法袋を沢山作ったが、既に全てが魔獣で一杯で、どうしようもない状態になっていた。


 それにずっとニーナが望んでいた便箋が欲しい。


 いや、お金がないのでハガキでも良い。


 とにかくセラニーナ時代の知り合いに連絡をしてディオンの教育者が欲しいと、ニーナは一番の目的を思い浮かべていた。


「アラン、ベルナール、お兄様とお姉様の事を宜しくお願い致しますわね」

「はい、ニーナ様お任せください」

「私も精一杯お守りさせて頂きます」


 成長し逞しくなった二人の笑顔にニーナは頷く。


 最初に会った頃のアランとベルナールは貴族のぼんぼん丸出しだった。


 けれど今はアランは騎士のようで、ベルナールは魔導士のように、しっかりと自分の足で立ち、強い意志を持つ人間に見える。


 ここにきてまだたったの一ヶ月だが、二人の成長は目ざましいものだった。


「ザナ、エクトル、ロイク、皆の事宜しくお願い致しますわね」

「はい、勿論ですわ」

「美味しいもんいっぱい作って帰り待ってます」

「……(ロイク頷く)」


 この三人には日帰りで帰れなかった時の指示を出しておいた。


 隣町までは歩きで往復三日かかる。


 そしてその先の隣の隣の町へは歩きで往復一ヶ月だ。


 勿論ニーナとファブリスは普通に歩いて行くつもりなど毛頭ない。


 日帰りで戻る予定だ。


 けれど何があるかは分からない。


 なので三人にはその事を話、ニーナは家の事や子供たちの事を頼んでおいたのだ。


 今の彼等に任せておけば何の心配もいらないだろう。




 そして家を出て、ニーナとファブリスはまず森へと進んで行った。


 そして暫く歩くと、ピタリと立ち止まる。


 もとより人がいない場所ではあるが、それでも念の為森の中までは魔法を我慢した。


 これはニーナではなく勿論ファブリスの考えだ。


 最近タガが外れっぱなしのニーナは、今ならばどんな魔法でも人目など気にすることなく使うだろう。


 そうある意味危険人物だった。




「さて、ファブリス、では転移出来る距離がどれ程伸びたか見せて頂きましょうか?」

「……はい」


 ファブリスは一度もニーナに転移が出来ることを話した事など無かった。


 けれど報告会のある晩「ファブリスはどれぐらいの距離を転移出来るのかしら?」と聞かれたのだ。


 驚くファブリスに、エクトルが足が速いと言っていた事、そして報告会の際ニーナの部屋に屋根裏から突然現れること、それと闇ギルドから逃げ切れたこと。


 その情報をまとめた結果、ニーナはファブリスが転移出来るのだと気が付いたようだった。


 隠しておいた自分のとっておきの武器を、簡単に気付かれてしまったファブリスは狼狽えはしたが、それよりも益々ニーナに尊敬の念を抱いた。


 やはりニーナ様は素晴らしいと……


 少しの情報で他人の全てを暴いてしまう。


 ファブリスのニーナ信仰は益々厚い物になった。




 そんな盲信者ファブリスの転移出来る距離は、無駄に広いベンダー男爵家の端から端ぐらいだ。


 魔力的に長距離は無理だが、それでも少し転移出来ることは闇の中で生きている時代には大いに役に立った。


 そして今日、ニーナに言われどこまで成長出来たのかを確認する。


 ファブリスの顔には少しばかりの緊張が浮かんでいた。


「私も転移出来ますけれど、ニーナとしては初めてですの、ファブリスに意識を合わせますから町まで案内お願い致しますわね」


 ファブリスはその言葉に頷く。


 誰かと一緒に転移するのは初めてで尚更緊張をする。


 それも大切な主とだ。


 けれど、ニーナと出会って自分がどれ程成長したのか試してみたい気持ちも有った。


 ファブリスは深呼吸をし、ニーナと手を繋なぐ。


 そっと触れた小さな手のひらに、ニーナはやはりまだ幼い少女なのだと改めて感じた。


 そしてギュッとニーナの手を握ると「では、参ります」とファブリスは声を上げた。


 そして普段通り転移した先は、もう隣町のすぐ近くだった。


「えっ? ええっ?」


 ファブリスは転移した先に驚き、キョロキョロと当たりを見回した。


 もうすぐそこには隣町の入口が見える。


 自分の実力がここまで伸びているとは……


 ファブリスが唖然としていると、ニーナがそんな事は気にすることも無く話しを始めた。


「まあ、アレが隣町ですのね。良かったですわ、町の中へ転移したら目立ってしまいますものね」


 ファブリスはまだ言葉が出ずにこくんと頷く。


 目立つとかそう言う事より、自分の成長に驚きしか無かった。


 ニーナの教育がここ迄凄いとは……


 成長期のディオン、シェリー、そしてアランはどうなっているのか……


 ファブリスは(もしかして化け物に育つのでは?)と少しだけ恐怖を感じていた。




「ファブリス、今後益々魔力は増えますでしょうけれど、町の中に転移しないようにこの距離を覚えておいて下さいませね。それから私もここを覚えましたから、次回はお兄様かアラン当たりを連れて参りましょう」


 ご機嫌にそう話すニーナにファブリスはまた頷く。


 もう次回は誰かを連れて転移する気にニーナはなっている。


 ファブリスはごくりと喉を鳴らし、自分も成長し続けなければと覚悟を持った。


 そう誰かに化け物と思われる程に……




「それではファブリス参りましょうか」

「はい」


 ニーナとファブリスは手を繋ぎ、町の入口へと向かう。


 今日は、二人は親子の設定だ。


 別にベンダー男爵家の娘だと名乗っても良いのだが、馬車も無い状態でどうやって町へ来たのかと聞かれた時に面倒くさくなるのが嫌だったという事もある。


「お父さん? 父さん? 父様? ファブリスどれがいいかしら?」

「お父さん……でしょうか?」

「そう? パパという呼び方もあるのでしょう?」

「ええ、ございますが……お父さんで……」

「そう? では、私の……いいえあたしの事はニーナと……」

「はい、では失礼して……ゴホンッ、ニ、ニーナ、参りましょう」


 こうして即席で出来た、ぎこちない親子は町へと入っていった。


 そんな普通の6歳児を演じるニーナは、初めての町に密かに胸をときめかせていたのだった。

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