第46話面白い葉書

 呪い課の研究員で、マッシュルームヘアーがトレードマークのチュルリは、朝からウキウキとしていた。


 昨日はチュルリが受付担当だったのだが、久しぶりに面白い物が呪い課に運び込まれて来たからだ。


 それは見た目は普通の葉書。


 けれど呪い課の研究員のチュルリが知らない魔法が掛けられている、不思議な葉書でもあった。


 その葉書には呪いの魔道具の様な禍々しいものは無く、どちらかと言うと祝福の祈りに近い様な、温かい魔法の力を感じた。


 送り主はニーナ・ベンダー。


 きっと凄い魔法使いに違いない。


 どうやって魔法を掛けたのか研究し、調べ上げたら、そのニーナ・ベンダーと言う女性に会ってみても良いかもしれない。


 チュルリはそんな事まで考えていた。




 そしていつもの仕事部屋へと着くと、鼻歌を歌いながら早速危険物保管庫へと向かう。


 保管庫は厳重な結界と鍵が掛けてあり、その名の通り危険な物が保管されている場所だ。


 なので昨日受け取った葉書も、あの事務課の青年から預かってから、この部屋に保管してある。


 チュルリ的にはこの楽しい研究を誰にも取られたくないから、この部屋に隠したと言っても良いかも知れない。


 そう、面白い玩具を折角見つけたのだ、一番最初に研究する権利を誰にも取られたくは無かった。


 自分一人で色々と試してみたい。


 そう思いながら昨日の事務官が持って来た箱を抱え、チュルリは自分のデスクへと向かった。


 そして箱を開けニヤニヤしながら中を覗き込む。


 だがチュルリはそこで思わず大きな声を上げてしまった。


「えっ?! 無い、無い、無いよー! なんでー?!」


 箱の中にはあの呪いの葉書の姿がどこにも無かった。


 チュルリは箱を逆さにしたり、叩いてみたり、魔法を掛けて見たりもしたが、どこにも葉書の姿は現れない。


 まさか泥棒?!


 最初にそう思い付いたが、いやいやとチュルリは首を振る。


 あの危険物保管庫は、有名な研究員だったセラニーナ様が厳重に魔法を掛けた場所。


 それ以上の存在の者で無ければ、あの部屋に勝手に入る事などどう考えても無理なはず。


 それに鍵だってしてあった。


 それをこじ開けた様子も無い。


 そう考えると葉書が自ら消えたとしか言いようが無かった。


「うおーん? チュルリー、どうしたー?」


 ムシャムシャとパンを片手に近づいて来たのは、チュルリの呪い課の先輩チャオだった。


 チャオは背がヒョロヒョロと高く、背の低いチュルリと並んで立つと、凸凹して見えるため、チュルリがなるべく近づかない様にしている人物でもある。


 そしてチャオは王城内に立派な部屋を貰っていながらも、呪い課の研究室で寝泊まりしている変人でもある。


 チュルリ本人は気付いていない様だが、呪い課の者は皆、他課から見れば変人ばかりだ。


 類は友を呼ぶ。


 チュルリもチャオも変人として大差ないのだった。


「あー、チャオさん……おはようございまーす……」


 チュルリはサッと箱の蓋を閉じ、チャオから目を逸らした。


 チャオはパンを食べ切るとお茶をズズズッとすすってから、その箱をチュルリから奪い取った。


「あっ! チャオさん何するんですかー!」

「この箱がどうしたんだー?」

「それはただの箱です! 事務課の物だから返して下さい!」

「ほー、事務課のねー。昨日受付表にあった16課のヤツか? ん? チュルリ、何が有った。話してみろ。後でバレると面倒な事になるぞー」


 ニヤニヤするチャオにチュルリは腹が立った。


 箱を持ち上げられては、背の低いチュルリではチャオから奪い返す事は出来ない。


 せっかく早く出勤して、あの葉書で実験して遊ぼうと思っていたが、今はそれも無理だ。


 それに紛失してしまった以上、隠してはおけないだろう。


 チュルリは仕方なくチャオにかくかくしかじかと昨日の有り様を話すことにした。




「ギャハハハッ! なんだよ、その葉書! 滅茶苦茶おもしれーじゃん!」


 チャオは見た目は弱々しくすぐにでも折れてしまいそうな風貌だが、豪快な笑い声を上げた。


 でもチャオの言う事はもっともで、紛失になった今、隠し通すのは難しい。


 上司に報告も必要になるだろうし、届けに来た第16事務課にも報告しなければならないだろう。


「へへへ、チュルリー、お前、一人で楽しもうとしたからバチが当たったんだなー」


 チャオはチュルリを揶揄う様にケタケタと笑った。


 チュルリはその様子にグッと言葉を詰まらせる。


 確かに一人で楽しもうとした邪な気持ちは多少、そう、多少はあったかも知れない。


 けれど事務課があの葉書を持って来た時はチュルリしか居ない時間だったし、今朝も早く来て上司への報告前にちょっとだけ触って見ようと思っただけだ。


 そう、あの葉書を隠して、どうにかしようなどとは思っては……多分いなかった。


 ムムムと口を尖らせ下を向くチュルリに、チャオはまた話しかけた。


「なあ、チュルリ、その葉書どこに行ったか気にならないか?」

「えっ?」


 チャオのニヤニヤ顔は益々楽し気になった。


 それを見てチュルリもハッとした。


「まさか!」

「ハハハ、そう、そのまさかだ! 俺の予想だと今日も事務課に届くと思うぜっ」


 チャオの言葉にチュルリも笑顔で頷いた。


 そう、あの葉書はまた舞い戻る様に出来ている。


 箱に閉じ込められた葉書は自分から逃げ出して、今日も受け取り主に届く様にと何食わぬ顔でやって来るはず。


 あの危険物保管庫から抜け出すなんてっ!


 チュルリは送り主であるニーナ・ベンダーに尚更興味を持ったのだった。

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