第36話力を付ける決意

 ディオンの涙が落ち着くのを待って、ニーナは話を続ける事にした。


 これ迄ディオンが一人で抱えていた恐怖が、使用人や、まだ幼いシェリーにまでも分かったのだろう。皆心配げにディオンを見つめていた。


 王子であるアランや、その従者であるベルナールも、胸を痛めている様な表情だ。


 自分たちも辛い思いをした分だけ、今のディオンの気持ちが分かるのだろう。


 ディオンが泣き止みニーナから離れると、アランはまるで本当の兄の様にディオンの肩を抱き、自分の傍へと寄せていた。


 ベンダー男爵家で共に訓練をする中で、アランとディオンは友人であり、ライバルであり、そして兄弟のようになっていた。


 そんな二人の姿にニーナまでも心が温かくなった。


「では、これから私の考えをお話します……ですがこれは推測でしかございません……セラニーナの記憶をもとにした推測……つまりそれは、かなりの正確さだと自負しておりますわ」


 ニーナはこれ迄の経験上、自分の推測にはかなりの確信を持っていた。


 そう、ベンダー男爵家に向けられた呪いは、ベンダー男爵家の真の跡取りが ”愛する人を失う” ようにできて居るものだ。


 それもこの森にふんだんにある魔素を使い、その上自らの命を使って掛けられた醜悪な呪い。


 それはかなりの実力がある魔法使いであり、その上歪んだ気持ちの持ち主でなければ、この様な悪魔の所業は出来はしないだろう。


 自分が望まれないのならば殺してやる。


 それも相手を殺すのではなく、相手が一番大切にしている者を狙う。


 相手が苦しむ姿を見て、感じて、楽しむための呪い。


 それはまさに禁忌の魔法だと言えるだろう。


 ただ何故ベンダー男爵家にその呪いが掛けられたのか迄はニーナには分からない。


 そう、父親のエリクを診たからこそ、呪いの種類が分かったかに過ぎない。


 今後の事を考えれば、母親であるアルマを探すのは必然で、アルマから話が聞ければ、この忌々しい呪いを解くことは可能では無いかと、ニーナはそう思っていた。


「……という事でして、これから毎日、お姉様と私でお父様に癒しを掛けたいと思います」

「癒し? ニーナ、私がお父さんに癒しを掛けるとその病気が治るのー?」


 ニーナはシェリーの言葉に首を振る、呪いは癒しでは治ることは無い。


 その元を探し出し、解除しなければならないだろう。


「お姉様、残念ながら癒しではお父様の呪いを解くことは出来ません。ですが食い止める事は出来るのです。今のまま放置して居れば、お父様は早ければお兄様が学園に入学するころには命を落としてしまうでしょう。ですが、私とお姉様が毎日最高の癒しを捧げれば、お父様は私がもっと力を付けるまで生き延びて下さるはずです。今のこの幼いニーナの力では、呪いを解くにはまだ足りない……私ももっと修練が必要ですわ……」


 そう、全盛期のセラニーナであれば、この悪意極まりない呪いは解くことが出来ただろう。


 けれど今のニーナでは力不足だ。


 圧倒的に魔力量が足りなすぎる。


 出来ればあと二年のうちに呪いを解き、ディオンが安心して貴族学校に通えるように両親の事はきちんとしたい。


 それにはニーナ自身の本格的な修行が必要。


 ニーナは今両親を、そしてベンダー男爵家を救う為、強い決意を固めていたのだった。


「ニーナ、私頑張るよ、お父さんの為に一生懸命癒しかける!」


 それは姉のシェリーも同じ気持ちだった様だ。


 ニーナは姉の決意に頷いてみせた。


 そしてもう一つの仮説を皆に話すことにした。


「……これは私の仮説ですが……この呪いを次に引き継ぐとしたら……それはニーナ……そう、私だと思います」


 皆がニーナを見ながら「えっ……」と驚きの声を上げた。


 それは当然だ。


 ベンダー男爵家の跡取りは普通に考えれば長子であり、男の子であるディオンだ。


 だけどニーナはそれこそが違うのではないかと話しだした。


「家の跡取りはお兄様でしょう。でもベンダー男爵家は、お母様にも、お姉様にも、そして私ニーナにも、聖女の素質が有ります。そう、ベンダー男爵家は聖女の家系、つまり聖女としての跡取りはお姉様か私となります。そして魔力、属性を考えると、聖女の力が強いのは私ニーナ。つまりお父様と同じ呪いが降り掛かるのは私の結婚相手となります……まあ、私が結婚しなかった場合は、お兄様なり、お姉様なりにこの呪いが回る可能性も有りますけれどね……」


 この呪いは聖女を恨んだものかも知れない。


 強い魔力を持つ聖女を妬んで禁忌を犯した。


 ならばその呪いを掛けた者もまた聖女だったのかも知れない……


 こればかりは分からないが……


 ニーナはその可能性を感じ、同じく聖女だったものとして酷く胸が痛み


 そして悲しい気持ちになったのだった。

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