第35話お父様の真実

「これは……呪い……?」


 ニーナは父親のエリクの体に広がる、刺青で出来た蛇のような模様を見て思わず呟いた。


 ファブリスに頼み、エリクの寝間着を脱がして貰う。


 エリクの体には心臓から伸びる真っ黒な蛇の様な模様が、上半身のあちこちに広がっていた。


 そしてそこから禍々しい魔力を感じ、それとまたこの呪いは成長途中であり、いずれはエリクの体を全て蝕み、真っ黒に身を焦がしてしまうだろう事が、セラニーナの経験から想像ついた。


 これは生半可な呪いではないわ。


 熟練した魔法使いの……


 それも自分の命をかけた呪いね……


 ニーナはエリクの黒く変色している皮膚にふれた。


 そこに少し触れただけで背筋にゾクリと悪寒が走る。


 どれ程の憎悪と敵意をぶつけたのだろうか……


 人生を掛けた呪い。


 絶対に許さないと怨念のような物を感じる。


 それはエリク個人では無く、ベンダー男爵家に向けられた恨みだと、ニーナはそう感じた。




 次にニーナはエリクに軽く癒しを掛けてみた。


 エリクの黒く腐った様な皮膚が、癒しを受けて一瞬だけ輝くと、模様は少しだけ薄くなった気がした。


(もしかしてお母様が居なくなった事でここ迄呪いが広がってしまったのかしら……?)


 ニーナの考えでは母親のアルマは聖女としての才能があり、癒しを使えたのではないかというものだった。


 そして森で倒れていた者たちを癒し、治療し、ここに住まわせていた。


 父親のエリクもまた、森で助けられた人物の一人では無いか……とそう考えて居た。


 そしてエリクの呪いはアルマと結婚したから発症したもの……


 それをアルマは癒しで何とか抑えていた……


 けれどそれにも限界を感じ、森へ何かを探しに行った……


 推測の域を脱しないが、ニーナはある程度この考えが正しいような気がしていた。


 そして……


 母の指示で兄のディオンにだけ父親を会わせていた悲しい理由も分かった気がした。


「ファブリス、お兄様をここに呼んできてくださる? そうね……出来たらお姉様も……いいえ、やはり皆に一斉に話しましょう。どこかの応接室に皆を集めて下さいませ。お父様の病気のお話をこれから皆に致しますわ」

「ニーナ様……それでは……」

「ええ、直ぐにではありませんが、お父様の呪いは消せるかもしれません……」


 喜び直ぐに部屋を飛び出して行こうとしたファブリスを止め、先にエリクに寝間着を着直させて貰った。


 その間にニーナは自分の考えをゆっくりとまとめる。


 そしてファブリスと共にエリクの寝室を出て、皆を呼ぶ応接室へと向かう。


 ファブリスにはもうお父様の寝室には鍵はかけなくても良いと伝える。


 きっとこの部屋に誰も立ち入らせないようにして居たのは、母のアルマの考えだろう。


 ファブリスにもしもの時の指示を出し、母は森へ向かった。


 けれど母のアルマ自体も、きっとこの呪いは口頭でしか親から話を聞かされていなかったはずだ。


 何せベンダー男爵家には本も何もない。


 そう考えれば多少間違って伝わることも可笑しくはない。


 ベンダー家当主に降りかかる呪い。


 それは意味は有ってはいるが、呪いの忌まわしさが違う。


 ニーナの考えが正しければ、その呪いは酷い憎しみが伝わって来るものだった。



 応接室に着き皆を待っていると、起きたてだと思われるシェリーに、朝練を行っていたであろうディオンとアラン、それとベルナールがやって来た。


 皆を席に着かせて待っていると、使用人達が朝の一番忙しい時間帯であっただろうが、ニーナのお願いを聞き届けファブリスと共にやって来た。


 使用人たちにも席を進める。


 大切な話がある事が分かったのだろう、使用人だからと渋る事なく、皆素直に座ってくれた。


 ニーナは深呼吸をし、話を始めた。


「皆様、お父様がご病気で寝込まれている事はご存知ですね?」


 ニーナの言葉に皆が頷く。


 勿論アランとベルナールもだ。


「お父様ですが、本日診察した結果、病気では無い事が分かりました」


 ディオンを始めシェリーも皆も「えっ?」と言う表情になった。


 それは当然だ。


 きっと母のアルマが ”病気” だとそう伝えるように指示を出していたからだ。


 いや、もしかしたら母自身も、そう聞かされていたのかもしれない……


「ファブリス、少し聞きたいのですが、お母様は文字が書けましたか?」


 ファブリスは戸惑いながら首を振る。


 ザナやエクトル、そしてロイクにも視線を送り聞いてみるが、皆分からないと首を振った。


 それもそうだろう、ベンダー男爵家には紙もペンも無い。


 いや必要なかったのかもしれない。


 何故なら文字が書けなかったから。


 お母様は貴族学校に行って居ないのではないかとニーナはそんな気がした。


 そして口頭で伝えてられていた事柄を実行していた。


 家族を守るために……


 余りにも可笑しいベンダー男爵家の様子に、ニーナは自分の考えがある程度正しいとそう思えた。


「お兄様」


 ニーナはディオンに近づき笑顔で手を取る。


 ディオンは跡取りとして母から何か聞かされて居たのだろう、真剣な表情だった。


「お兄様、一人で抱えて大変でございましたね。でも大丈夫ですわ。お兄様にはあの呪い(病気)は移りませんよ」

「えっ……? 本当? 本当に?」

「はい、これは確実ですわ。ですからお兄様、安心して下さいませ」


 椅子に座っているディオンは立って目の前にいるニーナに抱きついて来た。


 それだけでディオンが一人抱えていた重い物が分かる。


 きっと母のアルマは当主として覚悟させる為、父親の様子を見せる様にファブリスに指示していたのだろう。


 自分が居なくなった後はディオンが当主だと……


 次に呪いを受けるのはディオンだと……


 アルマはディオンに覚悟をさせていたのだ。


 抱きつく兄の肩が揺れているのを感じ、ニーナはディオンの頭を優しく撫でた。


 もう心配いらないですよ


 とそう伝える様に……

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る