第16話ニーナの告白
「お兄様、ファブリス、稽古は順調ですか?」
「ニーナ、シェリー」
お兄様とファブリスは薪割りをしながら、ナイフ投げの練習をするという不思議な訓練をしていた。
ナイフはファブリスの私物で、ディオンの練習用にと使わせてくれている。
子供のうちに色々な刃物になれることはとても大切らしい。
お兄様は元から料理の皮むきなども手伝っていたため、包丁などもこの歳ながら器用に使える。
なのでファブリス曰く、ナイフを使う事にも才能がある様だった。
「ディオン様を指導していると、私も楽しいです」
ファブリスが私の横に来てこそっとそんな事を教えてくれた。
過去の出来事が吹っ切れて、お兄様の指導で自分の生きがいを感じ始めているファブリスは、ニーナにはとても若々しく見えた。
(ファブリスが元気になってくれてよかったわ……)
楽しそうなファブリスやディオンの様子を見て、何となくほんわかした気持ちになったところで、ニーナはハッとした。
そう、それどころではないと……
今日は使用人たちに自分が本物のニーナでないことを話さなければならない。
グッと手に力を入れると、ニーナはファブリスに話しかけた。
「ファブリス、使用人の皆を今夜食堂に集めてもらえるかしら?」
「ニーナ様……それは構いませんが……何か御用がございましたか?」
「ええ……皆に話があるのです……内容はその時に伝えますわ。皆に伝言宜しくお願い致しますわね」
「畏まりました」
深く頷いてくれたファブリスに安心し、ニーナは自室に戻ることにした。
使用人たちに森で瀕死の状態だったニーナの体に、聖女のセラニーナ・ディフォルトの魂が入った話をして、一体どれぐらい受け入れてもらえるだろうか。
シェリーとディオンはまだ幼いがゆえに、深いところが分からず素直に話を信じてくれたが、使用人達はそうは行かないだろう。
もしかしたら悪魔が乗り移ったのでは? と言われてしまう可能性もある。
それか気が狂ったのでは? と思われる可能性もある。
そして……ベンダー男爵家を出て行くように言われる可能性もあるかもしれない……
もし最悪な状態になったとしても、ベンダー男爵家を立て直したい自分の気持ちを、皆にジックリと時間をかけて話して伝え、理解してもらおうとニーナは固い決意を持っていた。
そう、それは本物のニーナと助けると約束したのだから……
という強い想いがあるからだった。
その約束を絶対に守りたい。
ニーナはそう思っていた。
そして夜になり、夕食の後、皆で食堂に集まった。
ベンダー家のこの食堂もまたとても広い。
テーブルは年季の入ったものだが、元は素材がよく、途中途中で手入れを怠っていなければ、今ももっと良い状態で使えていたことだろう。
室内のアンティークな壁紙は、年代物だが、始めは品が有ってさぞかし素晴らしかった物だろう事が分かる。
残念ながら今は所々剥げてしまい、無惨な状態になっている。
ベンダー男爵領には修復できるほどの技術者が居なかったのだろう。
そして今も、この領にも屋敷にも、補修出来る物は居ない。
それが残念になる程、ここの部屋もまた素晴らしい作りだったと、そう思わせる部屋だった。
そして約束の時間となり、ニーナ、シェリー、ディオンはいつもの自分の席へと座り、使用人の皆にも空いている席へと着いて貰う。
執事のファブリスの呼び掛けで、メイドのザナ、料理人のエクトル、庭師のロイクの使用人たち皆が集まってくれた。
初めは子供とは言え主人一家と同じ席に着くことを申し訳なさそうにしていた皆だったが、昼に作っておいたニーナ特製のお茶菓子を出せば、少しだけホッとしたようだった。
ザラが一緒にベンダー男爵領で採れるお茶を出してくれた。
これが王都では売っていない不思議なお茶であることに、ニーナは気が付いていた。
いずれもう少し体が大きくなって自由にベンダー男爵領内を歩くことが出来るようになったならば、ベンダー男爵領の特産品を作り、領の活性化を図ってい行きたいと、そんな事までニーナは考えて居た。
領の潤いはベンダー男爵家の潤いに繋がる。
貴族に取って財力が有る事は途轍もない力になる。
それをこれ迄のセラニーナ時代に散々目の当たりにして来たニーナは、財力、名声、そして男爵家だからと馬鹿にされない地位を、シェリーとディオンには持たせたいと思っていた。
「皆様、急にお呼び立てして申し訳ありません……私事ですが、皆様にお伝えしたい事があったのですわ……」
ニーナは緊張からか心臓がドキドキとしていた。
これ迄セラニーナ時代にも人前で話す機会は何度もあったが、今回は断罪される可能性もある。
シェリーとディオンもニーナの緊張が伝わったからか、ごくりと喉を鳴らしていた。
そんな二人の様子に頷き「お話いたしますね」と自分に言い聞かせる様に呟く。
そして使用人たちの顔を見てからゆっくりと話しだした。
そう、今のニーナは本物のニーナではなく、聖女セラニーナなのだと伝えると、使用人達は驚きすぎたからか動かなくなってしまった。
そんな使用人たちの様子に益々鼓動が激しくなる。
そしてニーナは何も言ってこない使用人たちに不安になり、自分から声を掛けた。
「……えーと……皆様……私の話しを聞いて何か意見がございましたら、申してくださいませ……」
使用人たち四人はキョロキョロとお互いに顔を見合っていた。
それが何かを目配せしているようで、ニーナはまた心配になった。
ギュっと手に力が入り、何か言われるのを緊張しながら待った。
「えー、ニーナ様」
「は、はい、ファブリス、どうぞ」
ファブリスが皆を代表してか小さく手を上げ声を掛けてきた。
ニーナがどうぞと声を掛けるとこくんと頷いた。
「はい、では皆を代表いたしまして私が言わせて頂きますが……ニーナ様が可笑しい事は使用人皆がとっくに気が付いておりました」
「えっ?」
「「えっ?」」
ニーナが驚くとシェリーとディオンも驚いた。
ファブリスが少し申し訳なさそうな顔をしながら言葉を続けた。
「ニーナ様は森で怪我をされてから全くの別人でしたし、シェリー様やディオン様とお話している声も、私達には聞こえて参りましたし、ニーナ様がセラニーナ様で有る事はとっくに存じておりました」
「えっ?」
「「えっ?」」
ニーナたち三兄弟が驚いて居る中、使用人達は当然のように頷いていた。
上手く本物のニーナのフリが出来ていると思っていたニーナは、少しだけショックを受けた。
けれどその分だけ肩の荷が下り、正直ホッとしたのも本当だった。
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