第15話金・金・金

(お金が欲しい……)


 セラニーナ・ディフォルトの100年の生涯と、現在ニーナになった二度の人生の中で、これ程お金のことを考えるのはニーナは初めてだった。


 ベンダー男爵家はとにかく現金が無い。


 そう、残念な事にここでは現金が無くても生活が成り立ってしまうのだ。


 領民からの税収入も物で支払われている現状。


 ここは隔離されている土地なのか、王都への呼び出しも何もなく、出かけることさえない。


 ファブリスがたまに町へ行く用足しも物々交換の様だし……


 そう! お金、お金、とにかくお金を作りたい!


 とニーナの頭の中は、まるで強欲な商人の思考のように、お金の事で埋められていた。


 お金を稼ぐ方法は既にニーナの中である程度固まっている。


 ただそれを実践するにはニーナの体は幼く小さい。


 もしニーナが何かを売りに行ったとしても、子供を相手に真剣に商談してくれる商人は少ない……いや、居ないかも知れない。


 そして商談をするならば出来れば貴族に見える、もしくは貴族の者が良い。それも大人に見える貴族だ。


 使用人たちに近場の町に行ってもらい、ニーナが提案する品を売ってもらう事をお願いしたとして、買い叩かれる事は目に見えている。


 商人は貴族との取引には諸手を振るが、庶民には厳しくなる。


 そしてそれ以前に、品の本当の価値が分かる人間がその町にいる可能性が低い。


 出来れば王都の、それも一流商会に持ち込み売りに出したい。


 その為にはその準備としてもお金が必要になる。


 馬も馬車も出来れば欲しい。


 そしてその前に手紙を書ける便箋が欲しい……


(物欲は無い方だと思っていたけれど……こんなにも欲しい物があるだなんて……)


 これ迄の人生を思いだし、セラニーナが孤児院時代でも、そして聖女見習い時代でも、恵まれていたことをニーナは改めて感じていた。


 貧しかったと感じていた孤児院時代でも、今のシェリーやディオンよりはよっぽど自分の物があった気がする。


 それは孤児院長がちゃんとしていた方だった……というのも勿論あるが、田舎では無く、王都の孤児院だったという理由もあるだろう。


 けれど聖女として慰問に訪れた多くの孤児院でも、もっと子供たちは色々な物に触れ合えていた気がした。


 田舎だからとか関係なく、ベンダー男爵家には物が無い。


 そしてお金が無い……


 やはりここは最低限の現金を稼ぐためにも……森へ行くしかないだろう……


 それもニーナ自身がだ。




「ニーナ、どうしたの? 頭痛い?」


 気が付けばニーナは眉間にしわを寄せ、難しい顔をしていたようだ。


 文字の練習中のシェリーが心配そうに訪ねて来た。


「いいえ、お姉様、少し考え事をしていただけですわ。大丈夫ですのよ」

「そうなの? 無理しちゃだめよ。ニーナはあた……私の大切な妹なんだからねー」


 棒で地面に字を書いていたため、砂まみれになった手をパンパンと払うと、シェリーはぎゅっとニーナを抱きしめ、「ニーナはいい子いい子」と言いながら頭を撫でてくれた。


 これ迄セラニーナに弟子は居ても、こんな風に甘やかしてくれる家族など居なかった。


 強いて言えばお世話になった孤児院長や、修行先の大聖女様が家族に近い存在だったかもしれない。


 けれど二人はセラニーナからしたら先生、そう家族というより師という存在だった。


 今現在、理由もなく甘える事が出来るシェリーとディオンの二人に、ニーナは心がくすぐったくなり、そして温かくなる。


 二人がニーナにとって愛おしい相手である様に、シェリーとディオンにとってもニーナは愛すべき存在なのだ。


「あのね、ニーナがいてくれてあたし……私はとっても幸せなのー、ディ……お兄様もねとっても幸せー。だからずっと仲良くしようね、ね、ニーナ」

「ええ、お姉様、勿論ですわ。私達はずっと仲良し家族ですわ」


 シェリーもディオンも親がいない寂しさを抱えていながらも、こうやって自分よりも弱い存在のニーナを可愛がれるだけの優しさがある。


 きっと本物のニーナにも、そう言った慈悲深さがあったのだろう。


 聖女であった自分がベンダー男爵家に呼ばれた理由が少しだけ分かった気がした。


 神様もこの美しい心根の持ち主が集まる家族を、きっと助けたかったのだろう。


 ふと、そんな気がしたニーナだった。


「お姉様、私決めましたわ」

「なにを?」

「お兄様とお姉様にお話したことを、使用人たち皆に話します」

「えっ?」

「これから先の事を考えれば、私達だけの力では無理がございます。立て直しの為にはベンダー男爵家皆の力が必要なのですわ!」


 ニーナの言葉に、シェリーは分かったような分からない様な表情を浮かべながらも頷いていた。


 決意を固めたニーナは、剣の練習兼家の仕事をしているディオンとファブリスの元へと向かった。


 二人の訓練成果はきっと森で役に立つ。


 受験を考えても、どれ程の実力が今のディオンに備わったのかを知りたかった。


 それを確認後この作戦を実行する気でいたのだ。


 ニーナは優雅に歩くように見えながら早足で歩く。


 シェリーはこの歩き方が何故か面白いようで「楽しい」と言ってはえへえへと笑いながらニーナの真似をする。


 まあ浮かべている表情はいずれ直さなければならないが、淑女の早歩きがシェリーにも身に付いてきていた。


 ちょっとの成長がとても嬉しい。


 セラニーナの時の自分の修行の成果が上がるときよりも、二人の成長が分かると、ずっと嬉しくやりがいがあった。


 シェリーとディオンはいつの間にかニーナにはかけがえのない存在になっていた。


 そして今ベンダー男爵家の使用人たちも、ニーナにとっての大切な存在になろうとしているのだった。

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