ベンダー男爵家

第11話まず始める事は?

 子供たちの属性も無事に分かり、ニーナはこれからのベンダー男爵家の事を考えて居た。


 先ず、兄のディオン。


 後二年で学科で推薦枠を……そう、学科で特待生を取るのはハッキリ言って難しいだろう。


 ディオンの勉強は、今のベンダー男爵家の状況では働きながら行うことになる。


 そう考えればセラニーナの記憶があるニーナにしてみても、平均値まで持っていくのが精一杯では無いかと思っていた。


 今現在ベンダー男爵家には教科書もノートも何もない。


 ディオンの勉強に使える物は、今の所セラニーナの記憶だけ。


 近いうちに何とかそれらを手に入れようと思っても、最低でも数ヶ月は掛かるだろう。


 聞いている限り近くの町もその隣町も、なんでも揃っている様な町のようには思えない。


 その場合、王都からの取り寄せになる。


 下手をすると、半年は掛かるかも知れない……


 まあ、便箋が手に入ったら、セラニーナだった時の知り合いに手紙を書いて連絡してみようとは思ってはいるが……


「……そう上手く信じてもらえるかは分からないものねー」

「ふぇ? ニーナ、何かいった?」

「いいえ、お兄様、文字は全て書けましたか?」

「うん、あとちょっと」


 今ニーナとディオン、それにシェリーは庭に出て、地面の上で文字の練習をしている。


 ニーナは教える傍ら、草むしりも並行だ。


 実はニーナの属性が分った事で、皆に子供らしくないと気付かれない程度に魔法を少しづつ使い始めていた。


 なので今日中には中庭の草むしりは終わりそうなのだが、今は兄と姉二人の教育をしながら、ニーナ自身の体でどれぐらい魔法が使えるのか試し、魔力量を測っている所でもあった。


(うん、ニーナはかなり魔力量が多いみたいね、これなら町へも魔法で行けそうだわ……)


「終わったー!」

「あたしもー!」


 地面に順番に掛かれた二人の文字を見る。


 基本文字は砂の上ならディオンはもう問題無い様だ。


 シェリーはまだ少し、逆転している文字があるが、これは後数日もすれば問題なくなるだろう。


 ただペンを持ってからはどうなるか分からない……


 ペンの使い方からもう一度学び直しの為、地面に書いている時との違和感から、文字をきちんと書けない可能性もある。


 それを考えると早めにペンを手に入れたい……


 それと勿論紙も……


 二人の為に出来るだけ早く、と、ニーナはそう思っていた。


「ええ、二人共大変素晴らしいですわ。お姉様はもう少し覚える箇所が必要ですが、でも数日でここ迄書けた事はとても素晴らしいです」

「えへへへー、やったー、ほめられたー」

「お兄様は砂の上ではもう文字は完璧ですね。明日からは一つずつ言葉を覚えて参りましょう」

「マジッ! やったー、じゃあ、今日もご褒美あり?」

「ええ、勿論ですわ。草むしりも終わりましたし、厨房へ参りましょうか」

「「やったー!」」


 二人だけはニーナが魔法で家事を熟す事をもう見慣れていた。


 ディオンとシェリーにもいずれは生活魔法を使った作業を教えたいと思っている。


 その前に、先ずは基本文字の習得と、計算力を付ける事、属性魔法の使い方、それに貴族としとのマナーや、教養。


 それからディオンは剣の練習に、シェリーは刺繍などなど、覚える事は山ほどあった。


 けれど楽しみながら覚え無ければ身に付かない。


 今日のように上手く行った時は、ご褒美だと言って美味しいおやつを作る約束をしている。


 また魔法で料理するニーナの姿を見ることも、二人はとても楽しい様だった。


 ディオンとシェリーにとって、これ迄身近な大人と言えば両親ではなく、使用人たちだけだった。


 それも使用人たちは家の管理でいつも忙しい。


 こうやって大人子供のニーナに面倒を見て貰えることは、ディオンもシェリーもとても嬉しい事のようだった。



「今日はパウンドケーキにでもしましょうか?」

「ケーキ?! ケーキが食べられるの?!」

「あたしケーキすきー、ファブリスが町へ行った時のお土産で食べられるのよねー」


 料理人のエクトルは料理の腕前はかなりのものだが、これ迄お菓子というものを食べた事が余り無いからか、ケーキなどを作ることは無かった。


 本もなくレシピも無ければそれも当然で、セラニーナのように脳内に記憶を残しておける魔法でも使えれば別だが、作り慣れない物を作って見ろと言っても無理な話だろう。


 ニーナが厨房に行くと、エクトルが野菜の処理をしている所だった。


 初めは危ないからとニーナが厨房に入ることを拒んでいたエクトルだったが、ディオンの「俺が面倒を見るから大丈夫」という言葉のお陰で、今は自由に出入り出来ている。


 ニーナはいつも道りエクトルに一言断りを入れ厨房を使わせてもらうが、エクトルは最初ニーナのやることに驚いて言葉を失っていた。


 セラニーナにとっては簡単な魔法で、子供であるニーナが使っても、周りに見られても問題ないと思っていても、一般の常識ではそれは違った。


 なので今ではニーナが料理を始めると、エクトルはぴたっと傍にいて作り方をじっくりと観察している。


 ニーナはそれを子供の事を心配してエクトルは傍にいるものだと勘違いしていた。


 そんなニーナが先日作ったプリンはエクトルもレシピを覚えたため、何度か夕食に出てきた。


 そうベンダー男爵家は貧乏でも食材だけはとても豊富だったのだ。



「では、始めましょうか、今日はオーブンに火を入れる作業はお兄様にやって頂こうかしら?」

「えっ? お、俺?」

「ええ、お兄様は少しづつ属性魔法の使い方が上達していますもの、直ぐに火を付けられると思いますわ」

「うん、やる!」

「えっ、ニーナ、じゃあ、あたしは?」

「そうですわね、ではお姉様には食材たちに癒しを掛けて頂きましょうか?」

「あ、お花を育てたやつ?」

「そうですわ、アレを弱ーく優しく行ってくださいませ」

「はーい」


 二人にも、そして興味津々のエクトルにも手伝わせながら、簡単なパウンドケーキを作り上げた。


 エクトルに切れ目を入れてもらい、出来立てを皆で頬張る。


 お砂糖は控えめにして、卵の味がしっかりと出たパウンドケーキは、ディオンとシェリーに大好評だった。


 エクトルが入れてくれたお茶を飲みながら、ニーナはまたボソリと考え事が口から出て居た。


「お兄様に剣を教えてくれる方がどこかにいないかしら……」


 便箋が無い以上、セラニーナの時の知り合いにも連絡が出来ない。


 そう考えるとディオンの剣の教育がどんどん遅れてしまう。


 ディオンとシェリーはお菓子に夢中でニーナの呟きは聞こえなかったのかもしれないが、エクトルはニーナの隣の席に居たためか、呟きがバッチリ聞こえたようだった。


 なのでエクトルは自分への質問だと思ってニーナに答えた。


「ファブリスは剣を使えるはずです」

「へっ?」


 まさかこんなに近くに家庭教師になりそうな人物がいるとは……


 驚いたニーナからは、思わず淑女らしからぬ声が漏れたのだった。

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