第12話執事ファブリス

 ニーナは今ぼんやりとファブリスを見つめていた。


 ベンダー男爵家の執事であるファブリスは、二十代後半と言ったところだろうか?

 

 見た目は目が細くスッキリとした顔立ちでローズグレーの髪と瞳を持っている。


 仕事は良く出来る様で、主人不在の中、三人の子供たちを抱えながらも執事の仕事に精一杯取り組んでくれている。


 ベンダー男爵家に馬車も馬も無い今も、町への用足しはファブリスが請け負ってくれている。


 料理人のエクトルの話では一番足が速いから……


 という理由からファブリスが用足し係に決まったらしい。


 そこでニーナには疑問が湧く。


 普通の執事ならば町への用足しなど、別の者に任せるものだろう。


 けれどファブリスにはそれを嫌がるそぶりも無い。


 それにエクトルはファブリスが足が速いと言っていたが、ニーナにはファブリスの足音自体がこれまで聞こえていなかった。


 そう、普段ファブリスを探すとき、ニーナは魔力で感知していた。


 だから当然のようにニーナがファブリスの前に現れると、一瞬驚かれる。


 始めて「ファブリス」と声を掛けながら、後ろから近付いた時は目を丸くされてしまった。


 そして今も、どうして執事であるファブリスが来る必要もない納屋に居る時に、何故ニーナが自分に会いに来れたのかと不思議がっているように感じた。


 そうニーナがファブリスの事を不思議がっているように、ファブリスもニーナの存在を不思議がっていた。


 ニーナとファブリスは今向きあい、お互いに心の感情を出さずに笑顔を浮かべていた。


「ファブリス、少しお話があるのですが……」

「ニーナ様、いかが致しましたか?」


 納屋に保存されているジャガイモや玉ねぎの様子を確認していたであろう手を休め、ファブリスはニーナに笑顔を向ける。


 ニーナも笑顔で一歩近づき、ファブリスにまた声を掛けた。


「ファブリスにお願いがあって参りました。お兄様に剣の稽古を付けて頂けないでしょうか?」

「……剣? でございますか?」

「ええ、そうです、剣です。エクトルからファブリスは剣を扱えると聞きました。私ではお兄様に剣をお教えする事はできませんの、ですからどうかお力をお貸しくださいませ」


 ニーナはこれから学園入学を控えているディオンと、ベンダー男爵家の事情を交えながらファブリスに隠し事をせず話し始めた。


 ベンダー男爵家にはお金が無い。


 なのでディオンは必ず特待生にならなければいけない。


 その場合、学業でトップに躍り出るにはもう既に時間が足りないため、剣術を鍛えて貰いたいこと。


 ディオンの属性は火と水で、戦いには向いていること。


 そしてディオン自身が体を動かすことに向いている。


 そう、つまり運動神経がとても良いことをニーナはファブリスに伝えた。


「貴族の子供は貴族学校を卒業しなければ貴族とは認めては貰えないのです。お兄様はベンダー男爵家の跡取りでもあります。なんとしても貴族学校へ入学をさせ無ければなりません……将来的にはお姉様も貴族学校に入学させますが、お姉様にはまだ時間があります……」


 それにその時までにはベンダー男爵家をお金を稼げる状態にして見せる。


 と、そのことは子供らしくないのでニーナは黙っていたが、ここ迄の話し方からしてまったく子供らしくは無い。


 ニーナの様子が可笑しい事は流石にファブリスも気が付いていたので、突っ込みはしなかったが、ずっと先の事まで見据えて考えて居るニーナの姿に、内心ではとても驚いていたのだった。


「……ニーナ様……申し訳ございません。私はディオン様に剣術をお教えできません……」

「まあ、何故? それは剣は扱えないという事ですか?」


 ファブリスは下を向き唇をかみしめた。


 過去の事はこの屋敷の主人であるエリクとアルマには、森で助け出された日に話してある。


 けれどそれをこの幼いニーナに話して良い物か? と疑問が湧いたが、今のニーナはとても幼い子には見えない。


 いや見た目だけは幼子に見えている。


 そう中身が大人なのだ。


 ファブリスは顔を上げ、ニーナと視線を合わせると、意を決して自分の過去を話すことにした。


「……私は闇ギルドにいた……元暗殺者なのです……」

「暗殺者? つまり暗殺者だと剣を教えられないということですか?」

「えっ? ニーナ様は私が怖くないのですか?」

「怖い? ファブリスの事が?」


 ニーナの中でのファブリスの印象は真面目で仕事熱心な青年だ。


 暗殺者だと聞いてもピンとは来ない。


 これ迄セラニーナ・ディフォルトの人生の中で、何度か命を狙われた事が有った。


 どの暗殺者たちもそれはそれは禍々しいオーラを……つまり魔力を背負っていた。


 けれどファブリスにはそれが無い。


 魔力が高い普通の青年……という言葉が一番正しい表現のような気がする。


 顔つきだって、スッキリとしていて、悪ぶったところなどなにも無い。


 セラニーナが見た暗殺者達は、幾ら綺麗な顔立ちでも染みついた醜悪な物が浮かんでいるように思えた。


 ファブリスの魂は汚されてなどいない。


 ニーナにはそれが感じられたのだ。


「ファブリスの事は怖くなどありませんよ、優しい好青年だと私は思っております……」

「……好青年……?」

「それに……ファブリスは人を殺めた事など無いのではなくって?」

「えっ?」


 ファブリスはこれ迄執事としての表情を浮かべていたが、ニーナに確信を触れられ素の自分が出て居た。


 ファブリスは元暗殺者だったが、落ちこぼれだった。


 だからこそ逃げるようにベンダー男爵家にあるユビキタスの森に来たのだが……


 暗殺者だったことはベンダー男爵夫妻に話しはしたが、落ちこぼれだった事はこれ迄誰にも語った事など無かった。


 今目の前にいる幼女に確信を付かれたファブリスは、元暗殺者でありながら動揺を隠せなかった。

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