第8話開かずの扉

 ニーナはベンダー男爵家の屋敷の掃除をしながら、兄のディオンと姉のシェリーと共に、ベンダー男爵家の ”開かずの扉” ……と言われる場所に来ていた。


 この古く汚い屋敷の中で、この扉の先はもう数年……いえ、数十年使われていない様で、扉は傾き、入口は板でふさがれていた。


「えーと……お兄様、お姉様、ここは何故扉が塞がれているのでしょうか?」

「ああ、うん、この扉がちょっと曲がっているからさー、風がぴゅーぴゅー入るんだー」

「そうなの、だからね、冬になるとすっごく寒くって木で塞いだのー」


 なる程。とニーナは頷いたが、この屋敷で使われている全ての物は古いが元々は良い物でアンティークだと言える。


 この扉だって出すところに出せばいい値で売れるところだろう。


 けれどこうして釘打ちされてしまっていてはもう価値はない。


 屋敷中の有る家具もそうだけれど、古い物だからとこれ迄の家主が適当に扱ってきたのか、残念ながら傷だらけの物ばかりだ。


 もっと大切に扱っていれば売ることが出来、多少なりともお金が入ったのに……と悔やまれたが、どの道、家具を買い取りに来ることが出来る商会も、業者もこのベンダー男爵領の近くにはいないだろう。


 それに馬も馬車も無いベンダー男爵家の者が、買い取ってくれる店へと持っていくこと自体どう考えても無理だ。


 そう思えばこうなるのは致し方が無いことなのかもしれない……


 けれど、全てのことを通し、物はもっと大切に扱って貰う事を覚えて貰いたいとニーナは思った。


「ここを外せば入れそうだな……」


 ディオンが釘を幾つか外してくれたため、板がベロンと下の方だけ外れる様になった。


 大人は無理でもニーナたちのような細い子供ならば、なんとか通れるだけの隙間が出来た。


 板と扉の隙間から、開かずの扉の先へと三人で入っていく。


 そして扉の先の廊下へと入った瞬間、日が差し込んでいないからかヒンヤリとして埃っぽい空気に変わった。


「ハンカチで口元を押さえた方が良さそうですわね……」


 ニーナの言葉にディオンとシェリーは首を傾げる。


 まさかハンカチを知らない、または持っていない貴族の子が居るだなんて……とニーナはまた此処でも少しショックを受けた。


 取りあえず、ディオンは汗拭き用の腰布を口元に、シェリーはエプロンを持ち上げ少し口もとを覆い、ニーナは自室に有ったハンカチらしき代物をポッケに入れていたので、それで口を覆った。


(それにしても……どれだけの間ここは使われていなかったのでしょうか……)


 埃っぽいという言葉だけでは済まないほど、開かずの扉の先に有った廊下は汚れていた。


 カーテンらしき布で廊下は窓から日が入らないようにしてあるが、それが悪いのか何なのか、辺り一帯空気がよどんでいる事が良く分かる。


 それに廊下自体の床が、子供が歩いただけでギシギシと音を立てるぐらい傷んでいる。少し恰幅の良い人間が歩けば穴が開きそうだ。


 日差しが無いため薄暗い廊下の中を三人で歩いてみれば、今生活している居住区と変わらないほどの部屋数がある気がした。


 ニーナになって一週間ちょっとだが、まだまだベンダー男爵の事を分かり切ってはいない事がここでまたハッキリと分かった。


 こちら側もいずれ綺麗にしなければ……とニーナはまたこれからやることを頭に叩き込んでいた。



「ほら、ニーナ、あそこの扉、あの部屋の扉だけ白いだろう? あそこがニーナが言ってた祭壇のある部屋じゃないかなー」


 ディオンの言葉に頷く。


 確かに突き当たりのそこの部屋だけは白い扉で出来ていて、それも扉自体がかなり大きい。


 ディオンは今よりもまだ少し幼い頃、屋敷探検でここ迄来た事が有ったそうだ。


 けれど余りにも薄気味悪く、一度来てからは近寄らなかったらしい。


 それ程この開かずの扉の中は、ベンダー男爵家の誰も気にもしなかったのだろう。


 まああの使用人の数ではそこまで手が回らないのも当然だとニーナは納得していた。


 今現在使用人は四人、その上ベンダー男爵家の主人自身が病気で寝込んでいるし、子供たちの世話や、領の管理。


 ただでさえ大変な状態のベンダー男爵家なのに、使用人だけで屋敷を全て管理しろと言っても無理なのは当然だ。


 けれどこれだけの広さは勿体ない気がした。


 まだまだ使い道は有る。


 ニーナは頭の中でこれからやらなければならない事をまた考え始めていた。




 先へ進み白い扉に手を触れると、扉には鍵が掛けられていた。


 ディオンは慣れた手つきで、針金を使い鍵を開けていく。


「ウチではこれが出来ないと大変な事になるんだー」とディオンは笑いながら言っていたが、貴族の子が鍵開けが得意だなんて……とちょっとだけまた頭が痛くなった。


 けれどお陰でこの部屋に入れたのでニーナは気持ちを切り替えた。


 そう、今は祭壇があるかに集中しよう……ニーナはそう思っていた。



「あ、ありましたわ……」


 白い扉の部屋の中へ入ると、ここの室内だけ何故か澄みきった空気が流れていた。


 埃も被らず綺麗な状態で椅子が並べられていて、祭壇がある正面には日差しが入り輝くステンドグラスが目に入った。


 それに部屋の明かりも、ニーナたち三人が部屋に入った途端光をともした。


 そうまるでここだけは時間が止まり、昔のまま美しく保存されているかの様だった。


(ここには……大掛かりな魔法が掛けられているわ……)


「わーきれいー」とディオンとシェリーの感激している声が聞こえた。


 それもその筈、ベンダー男爵家の他の部屋とはここだけはまったく別世界だ。


 ニーナは先頭で部屋の中を進み、祭壇の前まで行った。


 そして壇上へ登る階段を二つ上がると、祭壇の中を確認した。


(ここは、王都の大聖女教会と変わらない作りだわ……)


 ニーナは聖女時代のセラニーナ・ディフォルトの記憶が甦り、この空間を懐かしく感じた。


 そして祭壇にある聖水を見つけると、これでベンダー男爵を立て直せるとほくそ笑んだ。


「さあ、貴方達、これからベンダー男爵家の未来を切り開きますわよ!」


 そう決意を語ったニーナの言葉に、ディオンとシェリーは意味も分からず「おー」と元気一杯に答えたのだった。

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