第7話何も無い家
「勉強はねー、ちょっとだけしたことがあるよー、俺は自分の名前は書ける」
「あたしはー、家族みんなの名前がよめるー」
ドヤ顔でそう言ってくるシェリーとディオンの二人の話を聞いて、ニーナは頭が痛くなった。
貴族学校に入学させるのならば、最低でも三桁の足し算、引き算、それから子供用の小説を読み書き出来るレベルが無ければならいない。
そう、そこが最低レベルだ。
もしベンダー男爵家復興を考えるとしたら、入学試験で上位に入り、一番良いクラスに入学し、高位貴族の子供達と顔見知りになる必要があるだろう。
それにお金のないベンダー男爵家の事を考えれば、学費免除される特待生の推薦枠を取る必要がある。
勿論それは学業だけでなく、剣や武術、それに魔法など、特筆される分野があれば特待生の推薦を取る事が出来る。
でもその場合にしても平均以上の学力が必要だ。
今の二人はハッキリ言って学力も教養も全てゼロに近い状態だ。
それにディオンに至っては後二年しか時間がない。
いや、一年と10か月しか無いと言える。
そう考えると明日からでもディオンには教育が必要だった。
「お兄様、お兄様の属性は何でしょうか?」
「ぞくせい?」
ディオンが首を傾げたのを見てニーナは額に手を置いた。
目に映った自分の手が余りにも小さくて驚いたが、今はそれどころでは無かった。
8歳になれば誰でも無料で教会で受けることが出来る属性検査を、ディオンが受けていない可能性が出てきた。
それで無くても貴族家の子供ならば、祭司などを教会から呼び寄せ、生まれたその日に属性を調べる事が普通だ。
セラニーナだって5歳の時に貴族家に引き取られる可能性が出たため、8歳前に属性検査をした。
庶民でも殆どの者が受けている属性検査を、男爵家とはいえ貴族の子供であるディオンが受けていないことは大問題だった。
親は何を? と思ったが、母親が行方不明で、父親が寝込んでいる今の状態では仕方がないかも知れない。
とにかく先ずはディオンの、そしてついでにシェリーの属性をも調べる必要があった。
「お兄様、お姉様、出来るだけ早く教会へ参りましょう。お二人の属性を調べなければなりません」
属性検査をして、二人の得意分野を探しだし、出来れば学校には特待生として入学できるように準備していかなければならないだろう。
時間はいくらあっても足りない。今現在ディオンは何も教育を受けていない状態に近い。
けれどディオンは家の仕事を手伝っているだけあって、体が丈夫だし、剣の腕を磨いても良いかもしれないとニーナは思いついた。
そう考えると剣術道場に通わせるか、剣の師匠を雇う必要も出てくる。
それから姉のシェリーだが、ニーナは幼いながら森の中で癒しが使えた。
ニーナと姉妹であるシェリーも、聖女の素質があるかもしれない。
ならば早いうちに聖女としての教育を施した方が良いだろう。
そう、出来るだけ早めに……
いや、今の時点でゼロといって良い二人には遅いぐらいのスタートだ。
詰め込み教育はしたくは無いが、こればかりは仕方がないと考えるニーナだった。
「えーと……ニーナ……その、ベンダー男爵領には教会は無いよ……」
「えっ……教会が無い? のですか?」
「あー……うん、正確には昔はあった? みたい。でも森に食べられちゃったみたいだよ」
「森に食べられた?」
ディオンが頷く姿を見て、ニーナは首を傾げた。
(森に食べられたというのはどういう事でしょうか……)
まるで森が生きているみたいなことをディオンは言う。
ベンダー男爵家には、ニーナが知らないところでまだまだ何か隠されている事があるのでは無いかとそんな気がした。
「あ、でもさー、ディオン。隣の隣の町には教会? あるって聞いたよー」
「隣の隣の町?」
「うん、一番近い町のー、隣の町ー。馬でー……」
「三日だよ」
「三日?!」
「そう、馬で三日。歩きだと……往復で一ヶ月は掛かるのかな?」
魔獣も出るしーとディオンは言葉を続けたがニーナはそれどころでは無かった。
つまりこのベンダー男爵領にいる子供たちは、誰も属性検査をしていないのではないかと頭が痛くなった。
(いえ……取りあえず先ずはこの二人の教育が先ね……)
そう領主の子が教育できていない状態なのに、領の子までもとはとても手が回らない。
ニーナはまずはこの二人を育て上げなければと、固い決意を持った。
そこでふとこのベンダー男爵家の屋敷が、男爵に相応しくない程にだっだ広い事を思いだした。
その事でもしや祭壇が屋敷内にあるのでは無いか? とそう気が付いたのだ。
そう、高位の貴族の屋敷ならば祭壇が屋敷に有る事は当然だ。
ベンダー男爵家がもし元々は高位の貴族ならば、その可能性は高かった。
そうでなければこれ程広い屋敷は普通に考えて構える事など出来ないのだから……
「お兄様、お姉様、このお屋敷に祭壇はございますか?」
ニーナの問いに二人は「えー」と言いながら考え始めた。
屋敷の子供が自分の家の中を把握できていない程、この屋敷には部屋がある。
この前ニーナは生い茂った草と木々に囲まれた中に温室を見つけた。
二つの離れのそのまた先に温室は有り、既に外観部分からジャングルと化していた。
そうつまりこの屋敷の者が知らない部屋が有っても、このベンダー男爵家では可笑しくはない。
祭壇が有ればニーナ自身がセラニーナの記憶を頼りに、聖水を作り上げる事が出来る。
そうすれば二人の属性も調べる事が出来る。
そしてこのベンダー男爵領の領民たちの事も……
「ねーねー、ディオン、あの奥の開かずの扉の所は?」
「あー……あそこかー、確かにあそこは行った事がないよなー。うーん、そうだな、あの奥ならあるかも」
「祭壇がありそうなのですね?」
ニーナの質問に二人は首を傾げながら「たぶん……」と答えた。
無い物だらけの屋敷の中で、少しだけ希望が持てたニーナだった。
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