第6話味方を作りましょう

 ニーナ・ベンダーとなったセラニーナ・ディフォルトは、今自分の限界を感じていた。


 ニーナはまだたったの六歳。


 いくらこのベンダー男爵家を良くしたいと思っても、子供が言う事を皆が相手にしてくれるはずは無かった。


 メイドのザナや執事のファブリスに話しかけようものなら、「後で遊びましょうね」と軽くあしらわれてしまうし、料理人のエクトルの所へと行けば「厨房は危ないから」と追い払われてしまう。


 庭師のロイクの所へと行けば、これだけ膨大な庭を持つベンダー家の庭の手入れなので、忙しそうでろくに会話もできない。


 それにロイク自身が元々口数の少ない性格のようで、返事もうんとすんしか返っては来なかった。


 これでは何もベンダー家を変えられないと、意を決して兄のディオンと姉のシェリーに話をしようと思ったが、結局妹が何を言おうとも「可愛いなー」で終わってしまうのだ。


 なのでベンダー男爵家の現状は、セラニーナがニーナになってからと言うもの、何も変わってはおらず、行き詰っている状況だった。


「やっぱり……全てを話すしかないのかしら……」


 庭の雑草をむしり取りながら、ニーナはぼそりと呟いた。


 お喋り好きの姉のシェリーにこの近くにある森の話を聞いた。


 そう、ニーナが怪我を負い、倒れて居たあの森だ。


 シェリーの話ではその森は ”ユビキタスの森” と呼ばれていて、魔獣の多い、危険な場所の様だった。


 そしてこのベンダー家の使用人達は皆、そのユビキタスの森の奥深くで倒れていたところを、ニーナたち三兄弟の母親であるアルマに拾われたようだった。


 ニーナはセラニーナ・ディフォルト時代の記憶を思いだし、ユビキタスの森が地図に載っていたかを考えてみた。


 けれどそんな森はなく、そしてベンダー男爵家という名にも覚えが無かった。


 もしや違う国に来てしまったのかしら?


 とも思ったが、国名はリチュオルだと、これは執事のファブリスから聞いた。


 それは確かにセラニーナ・ディフォルトのいた国の名だった。


 つまりベンダー男爵家も、ユビキタスの森も、リチュオル国にいて大聖女にまでなったセラニーナ・ディフォルトが知らなかったことになる。


 聖女として国中を全て回ったと言い切れるにも関わらず、まだ知らない地名が有ったという事に、やはりニーナは納得が行かなかった。


 森の本当の名は、この地で呼ばれて居るユビキタスの森という名とは違うのかもしれない……


 それにベンダー男爵家も……


 元は男爵家でないのかも知れない……




 そして子供であるシェリーからの情報にも限界があった。


 本当はここにずっと住んでいる母親に話が聞ければ一番良いのだけれど、残念ながら今は居ない。


 それに次の重要候補となる父親には会わせて貰えない。


 ニーナは森での一件があったため、一人で領地内に出る事も叶わない。


 そうこれ以上、もう幼いニーナ一人での行動には限界がある事が分かっていた。




「……先ずは子供達の教育からかしら……」


 ニーナはフーッと大きく息を吐き、今夜シェリーとディオンに全ての話をする事を決意した。


 どう転ぶかは分からないが、先に進むためには協力者が必要だ。


 ならばまずは家族に話を……と思い、ニーナはシェリーとディオンを自室に呼び出したのだった。




「……と、言う訳でして、お兄様、お姉様、私はニーナであってニーナでは無いのです。お分かりいただけたでしょうか?」


 ニーナはシェリーとディオンに出来るだけ分かりやすく、ニーナ本人を救う為に、ニーナの体の中に聖女であるセナニーナが入った話をした。


 勿論直ぐに信じて貰えるなどとは思ってはいない。


 それに本物のニーナがどうなっているか分からない今、この二人に妹を返せと責められる可能性もある。


 泣かれて、喚かれて、責められたとしても、ニーナと 「助ける」 と約束した事を守りたかった。


 なのでかなりの覚悟を持って二人を部屋に呼び出し話をしたのだが、シェリーとディオンには特に驚いた様子は見られなかった。


「つまり……ニーナはニーナだけど、聖女のセラニーナ様って事なの?」

「ええ、お兄様、その通りでございますわ。聖女セラニーナをご存知で?」


 ディオンはフルフルと首を横に振った。


 やはり教育が行き届いていないのか、セラニーナの名は知らない様だ。


 一応大聖女とまで言われていただけに、ニーナは少しだけショックを受けていた。


「だからニーナ変だったんだねー。”わ・た・く・し” とかさー、”お兄様” とか ”お姉様” とか、気持ち悪いこと言うのはそのせいだったんだねー。あたし、ニーナが肩だけじゃなくって、頭も打ったせいだと思ってたよー」


 姉に変と言われてニーナはまたここでもショックを受けた。


 確かに孤児院時代の遠い昔の記憶を思い出せば、今のシェリーの様な話し方だったかも知れない。


 つまりシェリーはとても貴族の令嬢には見えないと言う事で、シェリーの淑女教育には時間が掛かりそうだと、また頭が痛くなってしまった。


(とにかくこの二人を立派に育て上げなくては……)


 母親が行方不明だと聞いてから、ニーナは尚更深くそう思う様になっていた。


「コホンッ。それで、ですね。お兄様、お姉様、私、手紙を書きたいのですが、この屋敷に便箋はありますでしょうか?」


 二人はまたキョトンとした後、見つめ合い、そして兄であるディオンが答えた。


「えーと、聖女? セラニーナ様?」

「お兄様、普段通り ”ニーナ” で構いませんわ。今はニーナなのですから」


 ディオンはこくんと頷くと話を続けた。


「あの、びんせん? ってなんですか? 船の事?」

「えっ?」

「それと、手紙は隣町まで行かないと出せないと思う……」

「えっ?」

「えっとね、ニーナは知らないかも知れないけど、ベンダー男爵領には郵便は来ないんだー。隣町まで行かないと郵便物受け取れないんだよ。だから半年に一度ファブリスが町に行ってくれるんだけどねー」

「半年?」

「うん。ウチにいた馬が死んじゃってからは町に行くのは半年に一回なんだよー」


 ニーナはディオンの話を聞いてショックのあまり、ガックリと肩を落としたのだった。

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