第4話ニーナの家族

「ニーナ!」

「ニーナ!」


 ニーナの部屋に飛び込んで来たのは、ニーナより年上らしき少年と少女だった。


 そして先程のメイドと、もう一人、使用人らしき男性も入って来た。


 皆ニーナが起き上がっている姿を見てホッとしている様だ。


 少女の方がニーナのベットに近づき泣きながら抱きついて来た。

 

 少年の方はその後ろに立ち涙ぐんでいる。

 

 メイドが呼びに行くと言っていた 『シェリー様』 がこの少女だろうか?


 髪は珊瑚色で、涙がたっぷりと流れているひまわり色の瞳はまつ毛もふさふさでとても大きく、それに可愛い顔立ちをしている。


 きっと大人になればかなりの美人になることだろう。


 後ろに立つ兄らしき人物が 『ディオン様』 だろうか?


 こちらの少年の髪色は亜麻色で美しく、涙をこらえている瞳はオーキッド色でクリッとはっきりしていて、やはり可愛い顔立ちをしている。


 この兄妹は着ている服がボロボロだが、それでも美しく見えるほど顔が良い様だ。


 と言う事はきっとニーナも可愛い顔をしているのだろう。


 残念ながら今のところ鏡を見ていない為、ニーナのハッキリした顔つきは分からない。


 ただ自分から見える髪色は、兄のディオンと同じ亜麻色のようだ。


 まあ兄妹だとしたらニーナだけまったく似ていないと言う事は無いとは思うのだが、もしこの屋敷が貴族家のものだとしたら、この可愛らしい顔はこれからの武器になる事だろう。


 今ニーナとなっているセラニーナ・ディフォルトも顔が良かった事で貴族の目に止まり、聖女になるきっかけを貰えたのだ。


 貴族であれば尚更使える武器は多いほど良いと思う。




「ニーナ、良かった、良かったよー」


 シェリーだと思われる少女はポロポロと涙を流しながらニーナをぎゅっと抱きしめた。


 ディオンだと思われる少年もシェリーの様子を見て遂に涙を堪えれれなくなったのか、オーキッドの瞳からポロリと涙をこぼした。


 兄妹仲が良いことがそれで良く分かったニーナだった。


 セラニーナ・ディフォルトの時には家族も兄弟も居なかった為、二人に心配される事が気恥ずかしく感じたが、でもそのくすぐったい、温かな感情がニーナは嫌では無かった。


「さあ、シェリー様、ディオン様、ニーナ様をもう少し休ませて差し上げましょう」


 ニーナは既に回復し、空腹以外は元気一杯だったが、昨日倒れたと言う事で使用人が心配し、兄と姉をニーナから引き離してくれた。


 そして使用人はメイドに「エクトルに軽めの食事を作って貰う様に」と指示を出していたので、エクトルと言うのが料理人なのだと分かった。


 お腹が空いているニーナとしてはその提案はとても有難かったし、それに一人で考える時間も欲しかった……


 皆が部屋から出て行く際、食事を運んでくるまではニーナはベットで横になっている様に言われた。


 それに頷くだけで合図をし、ニーナは大人しく横になった。


 グーっとお腹が鳴る音を聞きながらニーナはまた考えた。


「助けて」といった本物のニーナの言葉は一体何を指すのか……


 森で倒れていたニーナを救うことは無事にできた。


 けれどニーナが望んでいた事はそれだけだったのか?


 だとしたらセラニーナ・ディフォルトの魂はこの体から抜け、ニーナ本人が戻っても可笑しくはない。


 そしてそこにも疑問が上がる。


 この体の持ち主であるニーナの魂は今どこにあるのかだ。


 普通に考えて一つの体に二つの魂が入ることはあり得ない。


 つまりセラニーナ・ディフォルトの魂がこの体に入った事で、代わりにニーナが天界へ行った事が予想される。


 けれどこれ迄そういった前例がない以上、どこまで考えても予想の範囲から抜け出せはしない。


 後世賢者とまで世間で呼ばれていたセラニーナ・ディフォルトでさえそうなのだ、他の誰かに聞いて分かる事でもないだろう。


 せめて一緒に考えてくれる人物が居たら……


 セラニーナ・ディフォルトの沢山いた弟子の中でも、今二人の人物をニーナは思いだしていた。


 一人は聖女としての最後の弟子シェリル。


 そしてもう一人が研究家としての弟子ベランジェだ。


 二人が居たら答えが出なくても何かいい案が出そうな気がしていた。


 明日にでも手紙を書いてみよう……と思いながら、


 ニーナは紙が見つかればね……とも思っていた。


 はてさてこの屋敷に紙があるかどうか……神のみぞ知ると言ったところだろうか……




「ニーナ様、お食事をお持ちいたしました」


 ニーナがぼんやりと物思いにふけっていると、待ちに待った食事が運ばれて来た。


 持ってきてくれたのは先程のメイドで、この屋敷にはもしかしたらこのメイドしかいないのではないか? と、ニーナは何となくそんな予感がした。


 食事が近づいて来ると、その良い香りに誘われてお腹がグーっとまた大きく鳴った。


 メイドはその様子にクスリと笑い、ニーナを部屋にある年季の入ったテーブルへと抱っこで運んでくれた。


 ここでニーナになって初めて言葉を発した。


「ありがとう」と小さく呟いたその声は、先程のシェリーとよく似ていて可愛い物だった。


 まだ幼い少女。


 セラニーナ・ディフォルトは改めてニーナの小ささを実感した気がした。



「ニーナ様、お一人で召し上がれますか?」


 メイドが肩を怪我したであろうニーナを気遣ってか、それとも幼いからなのか、そんな事を声掛けてくれた。


 ニーナはここでもこくんと頷くだけにとどめた。


 喋ればニーナとは別人だと分かってしまう可能性がある。


 まだ何も分かっていない状況の中で、無駄に誰かを悲しませることはしたくはなかった。


「……おいしい……」


 そう思いながらもポロリと本音が出てしまった。


 これだけ何もない屋敷なので食事も期待してはいなかったのだが、出てきたミルクがゆはとても美味しい物だった。


「フフフ……それはエクトルが喜びますね、ニーナ様が喜んでいたとお伝えいたしますわね」


 メイドの言葉にまたニーナはこくんと頷いた。


 本物のニーナがどうなったか分かるまでは自分がニーナになり切ろう。


 折角のチャンスなので家族の愛を体験してみようと、セラニーナ・ディフォルトはそんな事を思っていた。

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